9 二つ名 至高の歌姫
さて、ネルが気合を入れてジョブ取得に挑むということで、残るアミナとイングリットの二つ名獲得のためにも行動を起こさないといけない。
「ひとまずは、家に帰ろうか。沼竜の素材もしまわないといけないし」
「はーい、ネル帰るよ」
「十万ゼニ?沼竜の素材を売れば確保できるけど、売り先には注意を払わないと、それに新商品?私が知らないだけで世界にあったらダメなの?」
「ネル様、手をお取りしますのでこちらに」
十万ゼニを三日で生み出し、さらに新商品のアイディアをひねり出さないといけなくなったネルの脳みそはフル稼働中。
ブツブツと独り言をつぶやき、そして自分の知恵と知識を総動員して万能の二つ名獲得の条件に何とか対応しようとしているが、その所為で体の動きがおざなりになり、イングリットに手を引かれながら集まり転移のペンデュラムでホームに帰ることとなった。
「お茶をご用意いたしますか?」
「ああ、二人の二つ名について少し説明が長くなりそうだからね。ネルはこうだし。俺とクローディアさんで片付けておくから。アミナはイングリットを手伝ってくれ」
「まかせて!」
ひとまずはネルをソファーに座らせ、俺とクローディアで武器や素材を片付ける。
二人でやれば片付けなどあっという間に終わるし、湯沸かしの魔道具があるからお茶も用意するのは早い。
さっきみたいに外で話すのではなく、リビングでの雑談みたいな形で説明を始める。
ネルは考え過ぎて頭がオーバーヒート気味なので、一旦脳に糖分を補給するためにお菓子を食べている。
一応話は聞いているようで、耳はしっかりとこっちを向いている。
「さて、次はアミナだな。ジョブは歌い手でいいんだよな?」
「うん!」
「ひとまず、歌い手になるための手順だが、まずは王都の西の方にある分神殿の一つ芸能神トプファ様のところで試練を受ける必要がある」
FBOの世界は多神教の文明だ。
さすがに日本の八百万の神々とまではいかないが、神様の数は相応に多い。
アミナが試練を受けるのは、芸能を司る神ことトプファ。
神の像から容姿を察するに細身のイケメンなのだろうが、俺の中の印象は顔は良いけど売れないロック歌手だ。
リュートを持つ姿が神像となり、それゆえに芸能の神と思われている。
実際に歌だけではなく、演奏、演技、踊りにと芸能分野全般を司っているから間違ってはいない
「歌い手の試練はいたって単純、分神殿で奉納という形で歌えばいい」
「え、それだけ?」
試練もその系統に分類される。
てっきり、ネルみたいに無理難題を与えられると身構えていたアミナは、あっさりとした試練の内容になんだと肩の力を抜いた。
「ああ、あくまで普通の歌い手になるのなら、これだけだ。ただ、歌い手系のジョブは本気で実力勝負になる。アミナなら心配ないと思うし、そのためのスキルを用意した。だけど特別な二つ名を獲得するには、歌唱術を最終段階の歌唱神術まで上げることも覚悟してくれ」
「う、うん」
しかし、俺が真剣な目でここからが本番だぞというと彼女の体に再び力がこもる。
「まず第一に、歌い手のジョブは三段階に分かれる。これは進化するとかじゃなくて、三段階評価で分別されるんだ」
俺は一旦カップを置き、立ち上がってリビングに設置されている黒板の前に立つ。
チョークを手に取って大きく三角を描き、その三角の中に横線を二本書いて三分割する。
「まず一番下の歌い手エリア、さっき言ったただの歌い手はここに入る。ここでも一応二つ名はあるけど、特別な二つ名は手に入らないし歌スキルに影響する効果量も実用的とは言えない。いわば気持ち程度の効果量でしかないんだ」
そして一番下の段に歌い手と書く。
このエリアはいわば歌で金を稼ぐ気がない、趣味で歌を楽しむカラオケでエンジョイみたいな感じのエリアだ。
「次に、歌人と呼ばれるジョブのエリア。ここに入るには、奉納の歌を捧げる場所で十人以上五百人以下の客に歌を聞かせ奉納の儀を済ませる必要がある。人数が多ければ多いほど二つ名が取れる可能性が上がる」
次に真ん中のエリアに歌人と書き加える。
ここはいわばプロの歌手になり、売り出し始めた人たちのエリアと言えばいいだろうか。
人気歌手になるかならないか、才能が未知数。
「ジョブ効果量的には実用的にはなるが、満足とは言い難い量だ。ここでしか手に入らないユニーク二つ名もあるけど、正直、この上のエリアで手に入る二つ名と比べたら効果はしょぼい」
「十人からだから友達に声をかけて・・・・・」
その段階で、知り合いに声をかけまくってどうにか対応しようというアミナの魂胆がこぼれ出て、俺は苦笑を浮かべる。
「アミナ様、リベルタ様の説明ですと最低でも五百人以上は集めないといけないことになりますが」
「五百人ってどれくらい?」
友達百人できるかなと小学生のころに聞いた歌があったが、それでも目標人数には到底及ばない。
その人数規模がわからないアミナはイングリットの説明に対して想像ができていなかった。
「……おおよそ早朝の混み具合が過ぎたころの市場にいる人くらいかと」
「たくさんだ!ええ!?そんなに集めないとダメなの!?」
「ダメなんだよな」
小首をかしげて教えを乞うアミナに対して、イングリットは数秒間考えた後、一番近い人数をあげるとアミナはギョッとし、次に慌てて俺の方に確認をしてきたから俺は無情にも首を横に振るしかなかった。
「リベルタ、あなたの言い方から察しますと、五百人でも足りないということですか?」
「はい、最低でも必要な人数は千人以上ですね」
「千人?」
「王都で開かれるお祭りの際に道が人であふれかえります。その時の一本の道にいる人の数くらいかと」
「いっぱいだ!ええ!?無理、無理、無理!!!!」
さらにひどい現実に気づいたクローディアが、恐る恐るという形で俺へ問いかけてきた。
ネルの条件でもかなり厳しいというのに、アミナにも試練を与えるのかと聞かれれば俺は無情にも頷くしかない。
「できれば一万は欲しいんですけどねぇ。千だと確実とは言えないので」
「一万?」
「王都中の手すきの住民を集めれば何とかといったところでしょうか」
「王都中!?王様も来るの!?」
「いえ、さすがに陛下がお越しになることはないかと思いますが。アミナ様は陛下がお暇だと思っていらっしゃるのですか?」
「あ、えへへへへ」
不幸中の幸いなのが、このジョブに関してはランダム性が薄く、本当に一万人という大勢の観衆の前で歌うことができれば普通に一番上の二つ名が手に入るようになっている。
しかしガチャで言う天井が一万人に設定されているということは、そこを基準に減れば減るほど獲得確率が減るということ。
九千人で90パーセント。
八千人で80パーセント。
という風に二つ名を得られるかどうか決まる。
「リベルタ、このままいくとアミナが驚きのあまり気絶してしまいそうですので獲得条件はひとまず置いておきましょう。得られた際のメリットはどのような物なのですか?」
だからこそ、大勢の前で歌えるという環境を用意しないといけないのだが、これ以上難易度を説明するとアミナが気絶してしまうと忠告を受けてしまった。
「俺が知りうる限り、女性の歌系のジョブで最高峰である二つ名付きのジョブは、至高の歌姫。効果は、歌系スキル効果の上昇というシンプルな効果だけど、最大まで育成を完了するとパッシブで効果量が1.5倍になる。歌い手が5パーセントで歌人が15パーセントなことを考えると驚異の五割増し」
なので、至高という二つ名を持った歌姫の効果を説明する。
これの何がすごいのかというと、バフを振りまく歌の効果が五割増しになるんだ。
頭がおかしい上昇量だろ?
これが、魔力消費無しで二十四時間三百六十五日常時発動する効果なんだよ。
「しかも、このジョブ効果は戦闘時に敵のデバフ攻撃の効果の対象にならないから、打ち消されるどころか減少されることすらない。歌系のスキルの中にはデバフを防ぐバフ歌があるから、基本的にこの歌を歌っておけば他の歌を阻害される心配がないほどなんだよな」
そしてこのジョブ効果、効果範囲は歌系スキル全般なんだよ。
そう、アクティブもパッシブも問わないんだ。
通常歌唱術では10パーセントしか効果上昇量がないけど、このジョブをマスターすると効果量は15パーセントになる。
となるとこの上昇量が歌系のアクティブスキルに適用されて、バフ効果がさらに上昇して、そのバフ効果の影響を受ける俺たちの戦闘能力がさらに上がるというヤバイ効果を持っている。
「……軍がこれを知ればそれ専用の部隊を作りそうですね」
「聖歌隊も同じようなことができると聞き及んでおりますが」
「軍隊に対してはリベルタが言うほどの効果はありません。気休め程度の効果しかありませんし、彼らはそもそもレベルが低いので、戦闘能力も低いままです」
その説明をして、アミナの最終形態の片鱗を知ったクローディアが真剣な顔でアミナの顔を見た。
「????」
当人はすごいということは理解しているが、ヤバイということは理解していないようだ。
どちらかというと一万人の人をどうやって集めればいいのかと悩んでいる様子。
まぁ、アミナに関して言えば一つ心当たりがあるから、そこまで心配する必要はないと思う。
「おまけってわけじゃないですけど、至高の歌姫が使えるユニークスキルも中々やばいですよ」
「これ以上心臓に悪いことを言わないでほしいのですが、ひとまずは聞いておきます。ネルが得ようとしているスキルよりもまずいのですか?」
そしてここまでヤバイ支援性能を見せておいて、至高の歌姫のみが許されるユニークスキルが残っているのだ。
「まずいかどうかでの判断で言うのでしたら、なんでこんなスキルを作ったんだと言いたくなるくらいやばいです」
「……聞きましょう」
習得条件が難しい上に、さらに使いどころが難しい、されど間違いなくユニークの名前にふさわしい強力無比なスキル。
「ユニークスキルの名はラストソング。このスキルを使用した直後の歌スキルの効果を十倍にします」
「……十倍ですか」
「はい、十倍です」
一日に一度しか使えず、使用後はリキャスト時間が二十四時間なところまではネルの招福招来と一緒。
招福招来と違うのはデメリットがあること。
ラストソングはスキル効果時間がスキルを使った後に発動した歌系アクティブスキルを歌い切った後になるまでに設定されている。
これはライブとの最後の歌にかけているのだと思うが、スキル名通り最後の歌ということで、一曲歌い切るとその後十二時間は歌系スキルが一切使えなくなるという欠点がある。
「ですが、思っていたよりも普通の効果ですね。私はもっととてつもない効果を予想していましたが」
「十分とてつもない効果ですよ。クローディアさん。仮にラストソングを発動した際に一番最初に適用されるスキルって何だと思います?」
「それは、次に使うスキルではないですか?」
「それよりも前に発動しているスキルがあるじゃないですか」
「……まさか」
そしてこのラストソングの一番やばいところ。
それはアクティブスキルだけじゃなくてパッシブスキルにも影響を及ぼすことができるのだ。
「はい、このスキル、歌系のパッシブスキルを持っていたら常時発動している全ての歌系パッシブスキルに効果が乗ります。そしてその効果は次に発動する歌系アクティブスキルを歌いきるまで続きます」
「待ちなさい、彼女が持っている歌系のパッシブスキルは歌唱術系統だけのはず、他にパッシブスキルなんて」
「あるんですよ、歌系スキルを強化できるパッシブスキルはいくらでもあるんです」
これが、他のバッファーを差し置いて、歌い手が最強のバッファーの名を冠する所以。
前に話した天声術もそうだが、他にも音感スキルやリズム感スキルなんて物もある。
「で、ですが。さすがに効果範囲は一つですよね?」
「常時発動しているパッシブスキルは、並列で発動し続けています。最初に取得したスキルからという縛りはありません」
どうやら、クローディアもこのラストソングの恐ろしさを理解し始めたようだ。
パッシブ効果をすべて同時に十倍にしてしまったら、最後に歌う曲のスキル効果がどうなるかはお察しだ。
「しかも、歌系バフ強化スキルの中で平均的に全体強化してくれる歌があるんです。そいつは単体で歌うと、他の曲を重ね掛けした方が良いと思われる程度の上昇量なんですけど、ラストソングを使うと」
「化けるというわけですか」
「はい」
「……なんと恐ろしい」
「まぁ、ラストソングの効果が出るのは一曲で長くても数十分。最後のごり押し用のスキルです。それにクローディアさんの言う通り、今のアミナじゃそこまで高い効果を得られるわけじゃないですからね。しっかりとパッシブスキルを育て切ってこそ効果のあるスキルです。成長した先にとてつもないスキルが待っている。これも立派なメリットですよ」
「????ねぇ。リベルタ君。つまりどういうことなの?」
ここまで熱く語っておいて、十倍という数字の単語が出た途端に理解ができなくなったアミナが首をかしげる。
「アミナが至高の歌姫になるととてつもない人になれるって言う話だよ」
「そうかぁ、じゃぁ、僕頑張る!!」
うん、こうやって無邪気にやる気を出されると、魔改造している俺の心が汚いような気がしてならん。
「ああ、俺も手伝うから頑張ろうな!」
「うん!」
せめて罪悪感を少しでも和らげるために、手伝うことを心に誓うのであった。
「まぁ、地獄のようなスケジュールになるかもしれないけど」
「え、地獄?」
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