12 狸錬金
あの狸狩りの一件で、ネルのリアルラックの恐ろしさを体験しつつ、そのあと何か反動ですごいトラブルに巻き込まれるのではと俺とデントさんは戦々恐々とした。
おかげで、森に入って狸を狩るネルをすごく警戒しながら見守る事になってしまった。
そして結果は何事もなく帰宅、警戒しすぎて疲れた俺とデントさんの顔と比べて満面の笑みで成果を両親に報告するネルを見て、その日は終わった。
「マジで手に入っちまった」
俺は俺で、手に入れたいとは思っていたが、こんなに早く手に入るとは思っていなかった鍵を見て藁のベッドの上で見つめていた。
全てのモンスターで超低確率でドロップするレアアイテム、ダンジョンの鍵。
一度使えば、その場にドロップしたモンスターしか出ないダンジョンを生成することができるというレアアイテム。
その中で最弱であるが、レアアイテムを手に入れられたのを俺はまだ夢の中にいるのではと思ってしまうほど現実として受け入れられなかった。
「これもネルのおかげか」
俺のリアルラックがゴミなので、下手したら一生手に入らなかったかもしれない物体が手元にあることに感謝しつつ、明日はこれを出してくれたネルに恩返ししなければと旅疲れもあってそのまま寝た。
「リベルタ、おはよう!」
「ああ、ネル。おはよう」
そして次の日の朝も、ネルは元気に俺の前に現れた。
「今日は何するの?」
「今日は商人らしいことをしまーす」
その片手には、昨日の成果である狸の毛皮が入った背負い籠の紐が握られていた。
「商人らしいこと!?値切るの!?それとも買い取り額を増やすの!?」
籠に入っている狸の毛皮の量は、計四十枚。
予定よりも大幅に多くて、このまま売ってもそれなりの財産になるのはわかっているけど。
「物々交換します!」
「物々交換?」
狸の毛皮の売値はせいぜいが五ゼニ、全部売れば二百ゼニくらいにしかならない。
日給二万円と考えればかなり多いとは思うけど、これをさらに増やす方法がある。
「ネルは、商売の基本って何か知ってる?」
「安く仕入れて高く売る!」
「正解!」
「ふふん!!」
「その商売の基本を物々交換に合わせると、安い狸の毛皮を高い物へと交換し続けます!!」
「すごい!」
まぁ、どこの誰がどういうものを欲しがっているか、ゲームの情報が頭の中に入っているからこそできるんだけど、こうやって尊敬されてぱちぱちと拍手されるのは悪くない気分だ。
「最終目標は、元値の十倍を目指すよ!!」
「おー!!」
ゲームの知識が頼りにならなかったら、最悪二倍くらいに増やして終了だろうけど。
「よし!それじゃ出発!!」
「出発!」
「お弁当忘れるんじゃないよ!!」
「「あ」」
これからやることに興奮していた俺たちは、ついそのまま出発しようとしたけど、テレサさんに言われてお弁当を受け取って、再度出発した。
「まずどこに行くの?」
「ひとまずはこっちに行くよ」
「こっちだと……あれ?ここって、お薬屋さん?」
出発したのはいいけど、最初の目的地は目と鼻の先、店主さんのアクセサリー屋さんから三軒隣の薬屋さん。
「おや、いらっしゃい。可愛らしいお客さんだこと」
ここには様々な薬、ポーションと呼ばれるアイテムが売られている。
NPC産のポーションは最低ランクのクラス1のポーションから三段階、クラス3のポーションまでしか売っていない。
それ以降だと、確率で失敗するオーダーメイドか、確実に成功させるために育成したプレイヤーメイドのポーションしかないのだ。
だけど、この世界だとポーションは貴重で需要がある。
「狸の毛皮要りませんか?」
「要りませんか?」
「おや、かわいらしい商人さんたちだったかい、どれどれ商品を見せておくれ」
そしてゲームのクエストだと、交換できるNPCには交換難易度と交換品の品が設定されている。
ここの薬屋さんは難易度も低く、さらには需要が多いポーションと交換してくれる。
「はぁ、結構な数だね。いくつあるんだい?」
「四十枚あるわ!」
「そうかい、なら、そろそろひざ掛けを新調しようと思っていたところだし、これを全部いただこうかね。お代はそうだね」
ポーションにはジャンルがあり、HPを回復してくれるライフポーション、SPを回復してくれるマナポーション、状態異常を回復してくれる各種ポーションなど多岐にわたる。
需要が高いのは、ライフポーションとマナポーションだ。
「クラス3のライフポーション三つでどうだい?」
「もう一声!」
そこで出てきたのは、店売りライフポーションの最高峰だ。
クラス3のライフポーションの販売価格は、百ゼニ。
価格的にはすでに五割増しだ。
悪くないと思い、俺はそれで了承しようと思ったがネルはもう少し押せると思ったのか交渉を始めた。
「んー、じゃぁ、クラス2のポーション五つでどうだい?」
ダメだ、価値が下がった。
クラス2のポーションは販売価格が五十ゼニ、それにクラス3の方が需要が高くて交換しやすいんだ。
顔に出さないようにしているけど、失敗には違いない。
たぶんだけど、子供俺たちからすれば数が増えれば満足するだろうと思われたか。
「ふふん!マーシャさん私を舐めないでね!!数は多くなっているけど、価値は下がっているわ!それだとダメね!クラス2だったらそうね切りよく十本は欲しいわね」
「十本は吹っ掛けすぎだよ、ネルのお嬢ちゃん」
「狸の毛皮って市場にあまり出ないでしょ?それは冒険者たちがあまりやりたがらないからよ!需要はこんなに多いのに、供給が間に合っていないの、だからもし仮にこの量でひざ掛けを作って、その商品を買おうとしたら、これでも安いくらいね」
「そりゃ、手間賃っていうものはいるよ。職人たちの技術料が入っていれば元の商品の値段はさらに下がるくらいだね。クラス2六本だね」
「これでも商人の娘よ、それが安すぎるっていうのもわかるわ!技術料を差し引いてもそこまで安くならないわ!クラス3二本とクラス2五本ね!」
「いたいけな老婆をいじめないでおくれ、クラス3二本とクラス2三本でどうだい?」
「これでもご近所っていうことで割引しているわよ。それじゃぁ、クラス3三本とクラス2二本でどう?」
しかし、ネルは一切引かない。
自分の持っている知識を全力で活用して、店主の老婆と互角に渡り合っている。
交渉するのが近所の人ということで、遠慮がないのか、それとも交渉すること自体が楽しいのか活発に交渉の火花を散らす。
「……そうだね、そこら辺が落としどころだね。まったく、そこの坊主ならもう少し安く買えたのに」
「……」
「ふふん!私がいる限り、そんな大安売りはさせないわよ!」
「ジンクの坊やもなかなかいい後継者を育てているじゃないか、ハイ、約束のポーションだよ。空き瓶ができたら持ってきな買い取ってあげるよ」
「その時はお願いするわね」
これが商売人の生の勝負なのか、ゲームでは感じ取れなかった迫力がそこにあった。
そしてどうやら俺はこの店主からしたらカモだったようで、残念そうに俺を見ていた。
狸の毛皮をカウンターに乗せて枚数を数え始め、数を確認したら代金代わりのポーションが渡される。
「また毛皮が入ったら持っておいで、最近は服屋のやつが値上げしやがってね。こっちは冬用のコートが欲しいのに足元見てきてね」
「わかったわ!仕入れられたら持ってくるわね」
「頼むよ。もう少し量が多かったら色付けてあげるから」
「期待してるわ」
それを受け取ったネルは小さな籠の方に詰めて、その隙間に割れないように緩衝材を入れて、その上に布をかぶせる。
「次はどこかしら!」
「次は」
そしてまだまだ商売は始まったばかり、一転がし目が成功して上機嫌なネルを引き連れて、次の目的地に向かう。
「もう一声!!」
次は建築ギルド、生傷絶えない職場ではポーションというのはかなり重要なアイテムだ。
いざという時に使えるよう、ポーションを常備しておくのは悪くない話だ。
今回の交渉内容はポーション全部と。
「じゃぁ、車輪の整備もつけようじゃねぇか」
「交渉成立!」
ぼろい中古の荷馬車だ。
中古の荷馬車の価格はピンキリだけど、現物引き渡しじゃなくてある程度の整備をしての引き渡しなら耐久値も回復してくるからかなりいい取引になる。
強面の建築ギルドの職員相手にもひかず、商売をしたネルは満足気に笑って取引相手と握手するけど、ギルド職員は子供相手に苦笑している。
契約書と権利書をもらって後日引き渡されるという約束をして、次に向かうは。
「もう一声!!」
「こ、これ以上は」
商人ギルド、相手は駆け出しの商人。
荷馬車というのは商人にとって必須アイテムであるが、商売を始めるからさて荷馬車を買おうとしてすぐに手に入るわけではない。
この世界はすべてがオーダーメイドの受注生産。
材料の仕入れと作る時間がかかり、新品を手に入れるのにかなりのお金と時間が動く。
時は金なりと言わんばかりに、商売できる時間を削減されるのは商人にとって痛手、そこで期日には手に入る荷馬車というのはかなり需要が高い。
この駆け出し商人は相手が子供だからと侮って交渉に挑んだが、今はネルが相手の弱味に気づいて揺さぶりをかけて陥落寸前というところ。
「わ、わかりました。ではこちらの魔宝石でお願いします」
「交渉成立!!」
そして最後は相手に商人ギルドの立会人の料金を負担させ、契約書を作成。
五粒の火属性の魔石、属性魔石と呼ばれる魔石の上位互換と交換することに成功する。
この段階で、売値は三千ゼニを超える。
目標の十五倍を達成していたりする。
子供に負けたことにショックを受ける駆け出し商人に憐れみの視線が集まり、ネルには侮れないと対等に見る視線が集まる。
「リベルタ、次は?」
しかし、その視線を華麗にスルーしてネルは俺のもとに魔石を持ちながらニコニコとご満悦な感じで駆け寄ってくる。
「んー、もうすぐ時間切れかな」
「ええー、もうそんな時間?」
狸の毛皮が多かったからここまで増えるのが早かった。本来だったらもっと時間をかけてクエストを進めるんだけど、あっさりとこのクエストで手に入る金額の限界を超えてしまった。
時間ももうすぐ夕方になる。
「大丈夫、最後の大勝負を用意しているから」
「本当!?」
「うん、ネルにとって越えなければいけない壁だよ」
最後に買い取りの交渉をすると、ネルは燃えてきたと、少し獣っぽい獰猛な笑みを見せてくる。
締めの時間にはちょうどいいと商人ギルドを後にして、帰路につく。
「????ねぇ、リベルタ、この道って」
「大丈夫、大丈夫、合ってるよ」
そして進めば進むほどって、見覚えのある道になり、ネルの頭の中ではどこに向かっているかは想像できそうだけどなんでこの道を進むかがわからないようだ。
「お父さんのお店?」
「そう、ジンクさんのお店はアクセサリーショップ、それなら」
そしてついたのは俺が居候している馬小屋があるジンク店主のあるお店だ。
ネルからしたら実家だ。
「それが売れるし、この一連のやり取りの最後ならここが一番いいでしょ?」
「!うん!がんばる!!」
普段なら、裏手に入って母屋の方に行くのだけど、ネルはこれから実の父親に商人として挑むという大事な勝負に胸を躍らせて正面の店の入り口から入っていく。
「いらっしゃい、おや、ネルとリベルタ君じゃないか。わざわざお店の方に来るなんて何か用かい?」
「お父さん、買い取り査定お願い」
「……なるほど、これは気合を入れないといけないね」
そしてネルが差し出した籠の中に入っていた物が狸の毛皮から、お店からしても利益になる魔石に代わっているのを見て店主さんの目が娘を見る目から商人の目に変わる。
「家で査定すれば甘めに見てあげるけど、良いんだね?」
「当然!」
「なら、娘だからって遠慮はしないよ」
娘の気合十分な姿を見て、満足気に頷いた後のジンクさんは真剣な目で魔石を鑑定しその結果。
「うー、りべるたぁ」
ネルはけちょんけちょんにされてしまった。
「ハハハハハ!品質の確認の目をしっかりと磨くんだね!」
買い取り額は俺の予想の三千ゼニから減額の二千五百ゼニ。
傷や透明具合に魔力の蓄積具合を指摘され、それを必死にネルはネルで持っている知識で対抗しようと思ったが、経験の差は埋まらず。
大人げないと思うかもしれないが、値段に納得させられネルは涙目で俺を見て、手元に残った金額を見せてきた。
「いや、元値を考えれば十分な結果だと思うけど」
「悔しい!!もう一回!!もう一回やる!!」
狸の毛皮が、こんな大金に変わったのなら十分だと思うけど、ネルにとっては最後の勝負の結果に不満が残るようで、再チャレンジを誓ったようだ。
しかし、最初の目的のダッセ何某を見返すのは完全に忘れているようだがいいのだろうか?
楽しんでいただけましたでしょうか?
楽しんでいただけたのなら幸いです。
そして誤字の指摘ありがとうございます。




