18 精霊回廊
「うははははは!!楽しいぞ、よもやここまで楽しめるとは思わなかったぞ!!」
本当に精霊という存在はチートすぎる。
「ネル!俺がレシーブするからトスよろしく!!」
「任せて!!」
一人と言えばいいのか、一体とカウントすればいいのかはわからないが、この場は一人ということにして。
愉快な笑い声をあげながら、高く跳びあがる偉丈夫を前にして油断も慢心もなく、全力で応えようと構える。
羽子板の次にやっているのは、なんちゃってバレーボールだ。
どちらかと言えばビーチバレーに近い、二対二での小さなコートでの戦いだ。
こんな硬い地面でやるなと思うかもしれないが。
「さすが地の精霊だ!絶妙なトスだ」
「おほめに与り光栄だ!決めろ風の!!」
何故か山の中だと言うのに、ふわふわの砂浜のような砂地が出来上がっているんだよな。
その原因が、ダブルス戦で風の大精霊と組んでいる〝地の大精霊〟なのだから最早笑い話にもならん。
さっきまで素人であったはずなのに、綺麗に指で三角を作り、足元の悪い砂地を軽快に蹴りぬき空へと舞い上がった偉丈夫へ向けて、スムーズとしか形容のできない流れでガタイのいい親方と呼びたくなる褐色肌でこげ茶色の髪をした男がボールを宙に飛ばす。
「おう!任せろ地の!」
最初は風の大精霊と一緒に羽子板をしていたが、そこに地の大精霊がやって来て俺も混ぜろと言い出して、二対二で遊べるビーチバレーと相成った。ネルも参加して白熱した試合をしていると、楽しい雰囲気というのに精霊たちは敏感であったようで、最初は遠目でこちらを眺めるように見ていた小精霊たち。
次に集まったのはほかの属性の小精霊、そして流れるように中位精霊も来て。
気づいたら。
「人間さーんがんばってー!!」
「オラァ!!決めたらんかい!!」
目の前でバレーを楽しむ地の大精霊に続いて俺たちを応援してくれる水の大精霊とヤジのようなものを飛ばす火の大精霊まで集まってきてしまっていた。
うん、訳が分からんから、今は全力で風の大精霊が全力で放ったスパイクに対応する。
こちとら、ナイトメアモードを攻略するためにVRバレーボールゲームに出張して世界チームと対戦してきたんだぞ!!
「どっせい!!」
「うお!?あの人間、風のやつのを受け止めやがった!!」
「それに綺麗に上にあげたわね」
「来るぞ風の!!」
「うむ、かかってくるがよい!!」
このステータスでも取れる!
ただし、腕がめちゃくそ痛いけどな!!
痛いで済ませている俺のテクニックを誉めてくれ!!
「リベルタ、行くよ!!」
「おう!!」
痛みを堪えて、砂地を走り、助走をつける。
俺がレシーブしたボールはネット際より少し手前に、その下にネルが走り込んで、その場で跳びあがってトスの体勢。
ちらりと交わすアイコンタクト。
俺は砂地を蹴り上げ、空に飛び上がるように体をのけぞらせスパイクの姿勢をとる。
そしてネルはそのままトス。
「ぬぁ!?」
「しまった!?」
せず、そっと横に押すように相手コートの中に落とした。
「ナイスネル!」
「ふふふ、私たちの勝ち!!」
「ヌガアアアアアアア!!油断した!!子供たちよもう一度だ!!もう一度勝負だ!!」
「そうだ!!次は絶対に油断せんぞ!!」
大人の姿の大精霊たちが心の底から悔しがり地団太を踏んでいるが、彼らの口元は笑みに彩られている。
「は?なにを言っている。次は俺だ!!行くぞ水の!!」
「ええ、そのための順番待ちですもの、ほらとっととどきなさい」
リベンジを願うのはこれが楽しいから、そして順番待ちをしてくれるのはこの遊戯に真剣に向き合ってくれているから。
これだけ大勢の精霊が集まることなんてゲームでもなかった。
「残った!残った!残った!!」
隣に作った土俵では、熊の中位精霊とクローディアが相撲を取り始めており、そして行司としてアミナがその取組をさばいている。
まわしなんてない。
互いに腰に手を回し、投げるか押し飛ばすだけの簡易版の相撲モドキ。
それでも周囲には様々な精霊が、声援を送り楽しんでいる。
「ふん!」
「ぐあ!?」
結果はクローディアが自分よりも体格の大きい熊の精霊を投げ飛ばすという金太郎顔負けの取組みを見せて、精霊からの大歓声を一心に浴びている。
「リベルタ様」
「お、どうした?」
「申し訳ありません、材料の方が」
「ああ、そりゃ、そうだよな」
そして残ったイングリットはどうしていたかというと、周囲の精霊たちに協力してもらって景品用の料理を作っていた。
元々用意していたクッキーはすでに空っぽ。
追加で作った簡易的なお菓子も、すでに底が尽きそうだ。
「もともと、ここまで集まるとは思ってなかったからなぁ」
俺の予想では、まずは小さな精霊が集まってきて、そこにクッキーを配って一緒に遊んでそこから中位精霊がやってくるのを待つという下から順番に段階を経る予定だった。
だけど、最初に釣れたのがまさかまさかの大精霊だと誰が思う。
ゲームではこのエリアでの出現確率は限りなくゼロに近いはずの存在。
「少年、どうした?」
「いや、景品のお菓子が無くなりそうで」
「む、それはいかんな。どれ、他の者に頼んで木の実を集めさせよう」
「そんなことより、俺たちが木を育ててそこから果実を生み出した方が早くねぇか?」
「いっちょやるか!地水火風が揃ってれば木の一本や二本育てるのは簡単だぜ!!」
「あら、いいわね。久しぶりにやっちゃう?」
ゲームではあり得なかった大精霊が四人も集まって、中位精霊がたくさん、それより下の精霊は数えきれない。
ここが人里離れた山奥で良かったし、人面樹のおかげでモンスターもいない。
「元からここに住み着いたトレントを討伐するつもりで来ていたのだ。力の方は有り余っておる」
「え、あの人面樹を?」
だからこそ、ここまで精霊が集まるのは何故だろうと思っているとこれもまさかの話が出てきた。
もしかして原作でもそうであったかもしれない情報。
「そうだ、そなたたちが倒してくれた人面樹は私が倒すつもりであったのだ。あの人面樹の根がこの温泉にまで伸び始めていてな。ここは精霊たちの憩いの場、荒らされるのは我慢ならんと行こうとした矢先に、人面樹と戦っている人間の子供がいるではないか」
あの街が人面樹によって滅ばなかった理由、ゲームの原作でも残っていた理由。
それはあの蒸気を生み出す人面樹を倒す存在がいたということ。
「なかなかに見事な戦いっぷりであったぞ!!まるで未来を知っているかの如くの快勝!いやぁ、思わずお前たちの前に出て褒めたたえようとしたが、さすがに見も知らぬ者の前に姿を現すのはな?」
そして、ここでの出会いが偶然ではなく意図的であったのがわかった。
「そんな少年の一行が山の中に入り、この地に向かっているとなれば何かあると踏んで追いかけてきて観察しておったら、まさか遊び始めるとは思わなんだ」
カラカラと快活に笑う偉丈夫。
精霊から見れば、人面樹という人の手には余りかねないモンスターを倒した一行は興味の対象になるらしい。
いや、俺が彼の立場であっても何をするのだと警戒して観察する。
「君には悪意がない、一瞬なにか考えているのはわかったが、すぐに切り替えて全力で遊ぶことに集中した。ほかのことは二の次でな」
そしてその観察対象に入っていた俺にウィンクする偉丈夫は俺が目的を持ってここに来ていたのはわかっているらしい。
悪意がない、その点はすでに信頼を得ているようだ。
「ここまで楽しませてもらい、あの人面樹の所為で気が休まらなかったこの森にすむ精霊たちを救ってもらった礼をしたい。君の目的を教えてくれないか?」
俺たちは十分に目的は達成していたようで、遊びすぎたのではと逆に思ってしまうほどだ。
いや、本気で遊び倒したからこそこの結果が生まれたのだと思おう。
目的と言われて、思い出すのに時間を要したほど遊びに没頭していたのは心の中にしまいつつ。
「えっと、精霊回廊に生えている精霊石を採掘できたらなぁと」
「なんと!!君は精霊回廊の掃除をしに来てくれたのか!!」
「本当か!!是非とも俺のところやってくれよ!!こびりついた頑固な奴が多くてよ」
「あなたの所より、私のところでしょ!!私のところもとげとげした奴が多くて困ってるの」
「いやいや、遊び合った仲というこで、某のところをぜひ、少々厄介者がいてな」
「ええい!私が最初に出会ったのだ、私のところが最初だ!!」
しれっと目的を言ってみると、一瞬精霊たちの周囲の空気がざわめきだした。
そして風の大精霊が目を見開き、我先にと俺の下に集う大精霊たち。
この話を受ければ地水火風の大精霊の精霊回廊に入ることができるかもしれない。
そうすれば当初の予定である、クラス3の精霊石を上回る精霊石を手に入れられる。
大精霊の精霊回廊であれば、最低でもクラス6は固い。
放置しているという雰囲気を感じ取れる当たり、もしかしたらクラス8の精霊石が手に入る可能性すらある。
「……すみません。さすがに大精霊様の精霊回廊に入れるとは思っておらず、装備がたりません」
「「「「なん、だと」」」」
だけど、本当に、心の底からこのチャンスを不意にしてしまうのが悔しい。
握りこぶしを作り、ゲーマーとして心の底から不覚と叫びたい気持ちを一心に抑えるも顔に出るほど本当に悔しいという気持ちがあふれてくる。
採掘という作業。
それを聞くとハンマーやつるはし、そしてスコップみたいな道具があれば普通にできるのではと思うかもしれない。
実際、その通りだ。
採掘スキルはその作業を効率化したり負担を減らしてくれるスキルであって、採掘そのものを可能にするスキルではない。
だけど、採掘する物によっては道具の方が歯が立たないケースがFBOでは存在するのだ。
今回もそのケースに合致する。
「俺たちが用意した道具はこれなんですけど、できますかね?」
「「「「・・・・・」」」」
公爵家に頼み、採掘スキルを付与してもらっている道具を見せる。
俺からすれば最高でもクラス5の精霊石だからこれで十分だろうと踏んで持ってきた魔鉄のつるはし。
それをじっと見ていた大精霊たちは、残念そうに全員揃って首を振り。
「砕けるのはそのつるはしの先端であろうな」
「俺のところだと溶けるぜ」
「私のところだと錆びちゃうかも」
「某のところはほかのところよりも硬いので傷すらつかんだろうな」
地水火風の大精霊たちの精霊回廊には準備不足という判断が下された。
こうなることがわかっていたのなら、絶対に無理をしててでも最低でもクラス7の精霊石が採掘できる道具を用意したというのに!!
「残念です、心の底から残念です!!悔しいと言っても過言ではありません!!」
歯を食いしばり、もしかしたら血涙すら流してしまいかねないほど、このチャンスをものにできなかったのが悔しい。
「そうであるのなら、また来てくれればいい。遊びの誘いはいつでも大歓迎だぞ」
「いいんですか?」
「ああ。だが毎度いるわけではない。しかし、今回の催しは楽しかった。また参加したいからこの森に住む仲間に知らせるように頼んでおこう」
「俺もだ!ここは火のやつも少ないけどいるからな!!」
「私もいいかしら?水の中まで出張ってくれる人って少なくてね、ここなら私も来れるの」
「当然、某もだ」
しかし縁はつながった。
最近苦労が多いから、神様がご褒美でイベントクエストでもくれたのかな?
「はい!是非に!!早急に装備を整えてやってまいります!!」
「うむ、期待している。ではせっかくの機会だ。我々以外にも困っている者はおる。その道具で他の者の精霊回廊を綺麗にしてくれぬか?」
「喜んで!!」
どっちにしろ俺にとってはかなり好都合な展開だ。
「まずは力の弱い彼らのを頼めるかな?彼らにとって精霊回廊というのは命綱なのだよ」
「任せてください!全力で掘らせていただきます」
たとえそれが、下位の力のない精霊たちの精霊回廊の清掃チャンスであっても問題ない。
小さな精霊石でも、十分に役にたつ。
「頼もしいね、それじゃ君たち彼に道を開いてあげなさい」
大精霊の音頭の下、足元に集まった小柄な精霊たちは、一心に祈るように目を閉じ、そしてその体を光らせた。
「これが、精霊回廊?」
「ああ、早速行くぞ」
「クローディア様たちはいかがいたしますか?」
「盛り上がっているところに水を差すのもなんだし、とりあえず俺たちだけで行こうか」
そして目の前に現れる靄のような空間。
それはダンジョンの入り口に近い風体。
それもそのはず、精霊回廊も異界であるのだから性質的には似たようなものだ。
唯一違うのはそれをくぐった先の世界だ。
いまだに盛り上がっている相撲会場を中断させてまで呼ぶのもなんだし、俺はネルとイングリットを引き連れてその靄を潜り抜け。
「綺麗」
「はい、そうとしか言いようがありません」
緑色の宝石がちりばめられた洞窟のような通路に入り込むのであった。
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