10 湯気の中の珍道中
俺たちは今熱い湯気の中を突っ切るような形で全力で駆け抜けている。
「本当に快適に動き回ることができるんですね」
「一パーティーに一人サポート型メイドです。イングリットがいるおかげでここまで快適にトレントを探すことができるんですよ」
「お役に立てているのでしたら何よりです」
走っているのは俺、クローディア、イングリットの三人。
アミナとネルは別行動をしている。
湯気と熱気をかき分けるように進めているのはイングリットのスキルのおかげだ。
エアクリーンとサーモコントロールのスキルはスキル使用者を中心として発動する。
だから、イングリットを中央にして左右に俺とクローディアが走ればその効果の恩恵を受けることができる。
「ああ、役に立っている。だからこうやっておっと」
人間にとって視界が良好というのが日常的なのだ。
それが、視界を遮る湯気というバッドコンディションを受けるだけで人間が受け取るべき視覚情報を受け取れず、人間の反応速度を機能不全に陥らせる。
地面から攻撃を受けると知っていたとしても、こうやって視界が良好でなかったら簡単に躱すことなどできないだろう。
「躱すことができる」
踏み込む直前に、地面から根っこの先端がこんにちは。
竹槍のように鋭くなっている根っこが突き出され、それを軽く躱すが、それは追尾してきて弧を描き、そのまま走り去ろうとする俺の背を突き刺そうとするが。
「ほいっと、んー攻撃の濃度が薄くなってきてるのでこっちじゃないですね。東の方向に進路を取りましょう」
「わかりました」
そんな攻撃などいくらでも捌くことはできる。
クローディアみたいな理不尽なコンボをかましてくるわけでもなく、ただ鋭いだけの波状攻撃はシューティングゲームの鬼畜弾幕を見てから出直してこいと言いたくなるくらいに隙間がある。
マジックエッジを起動して、刈り取るように斬り裂くこともできるとなればなおのことだ。
クラス6相当の強さを持っているのなら根っこももっと硬いかと思われたが、竜種と比べればトレントはまだダメージが入る。
ステータスの割り振り的に言えば、攻撃や防御ではなく生命力に極振り一歩手前のステータスだと言えばいいだろうか。
とにかく生命力があふれていて、回復力がすさまじくて削るのに精神的なタフさがいるような感じの敵だ。
一撃で特大のダメージを加えるか、回復を妨害しないと倒せないような敵だと思えばいいだろう。
おまけにかくれんぼが得意な奴と来た。
イングリットのおかげで視界が開けていると言っても、その範囲はせいぜい半径五メートルと言ったところ。
現在進行形でエアクリーンとサーモコントロールのスキルレベルは上がっていて徐々に効果範囲と魔力効率は上がっているけど、それでも十分とは言い難い。
「渓谷の上の方にいる可能性が高いとは思うけど、対岸にいることだけは勘弁してほしいなぁ」
一寸先は闇ではなく、湯気。
イングリットのサーモコントロールのおかげで、気温は快適な温度に保たれている。
それでもそっと軽く触れた木々の熱さが残り、俺たちが通り過ぎるついさっきまで暑かったことが示されている。
そんな場所に隠れるトレントを探す方法と言えば。
「少し、攻撃の密度が上がりましたね」
「進路修正でもう少し東寄りにしますか」
相手の攻撃密度から配置を絞り出す外ない。
頭の中には事前にサトスさんから教えてもらった地図が入っている。
その地図を参考に動き回り、そして相手の攻撃の密度を参考に近づいているか離れているかを判断。
「リベルタ様、この先は山道となりますが」
「その道はたぶん罠だらけだろうね、けど道なき道を行くのは視界の状態を考えれば悪手」
攻撃の密度が増えれば、それは敵に近づいているという証拠。
根を張り始めたエリアが一番高密度のトレントの根の縄張りということになる。
実際、ゲーム時代も進化しすぎたトレントを伐採するために手間をかけて走り回った。
立ち止まると途端に集中砲火で根っこが飛んでくるから、走ることは止めることができない。
地図を頭の中で浮かび上がらせ、そしてこの後どうするかという判断をする。
「良し。山道を無視して、獣道を進む」
「かしこまりました」
「足元が見えなくなりますが、その辺はどうするのですか?」
山道には近寄らせたくないがために、隙間なく根っこが張り巡らされているはず。
となればそれ以外の道の方が比較的警戒網が薄くなる。
と言っても比較的マシ、というレベルだが、隙間があればねじ込んででも進むのが我らゲーマーという生き物だ。
「こうしますよっと!!」
マジックエッジにはこういう使い方もあると証明するかのように、目の前に現れた山道の雑草を鎌状にした刃で切り開く。
大きめの刃を作れば、一気に道なき道に道を作り出すことだができる。
「なるほど、ショートカットですか」
「腕が思った以上にきついのが難点ですけど!!」
返す刃で、さらに雑草を刈り取りそして進めば遅れて反応するかのように、山道から飛び出てくる根っこがこっちに向かってくる。
「ヒールを定期的にかければ問題はないでしょう?」
「そーですねぇ!!」
明日は筋肉痛確定かと、おっさん染みた思考を走らせながら目指すは山頂。
この世界の住人はそこに必要な素材があるか、測量とかの用事があるか、よほどの阿呆でもない限り山に登るようなことはしない。
そこに山があるからとかいうロマンだけの言葉で、モンスターがはびこる自然の中に入り込めないからだ。
だからトレントの習性的に単純かつ明快な理由で一番人が来づらく、そして木こりに狙われにくい山頂にトレント本体がいると言うのはあり得る話なのだ。
山登りというか、パルクールと言えばいいのか。
そこを槍を振り回しながら進む少年と、時折飛んでくる根っこを四肢で弾き飛ばす道着の女性と、箒を片手に持つメイド。
山の中で見るには珍百景過ぎる一行は、淡々と走り抜けていく。
「しかし、リベルタあなたはすごいですね。このような視界不良の中でも方向を見失わないのですから」
「そうですか?意外と簡単ですけど」
「そう言えるのはあなたがたやすくやっているからでしょうが、常人であればこうも走り回れば自然と方向を見失うのですよ。ですがあなたは迷いなく山の上を目指している」
その動きに迷いはない。
その事に疑問を抱いたクローディアがコツがあるのかと聞いてくるが。
「慣れですね」
「慣れですか」
できる理由は至ってシンプル、繰り返し練習し体にしみ込ませただけだ。
自分の体をどのくらい傾ければどれくらいの角度動いたかそれがわかる。
今も、右に三十二度動いたと感覚的にわかるだけで・・・・・当たり前にできていたし、これを自慢したこともないけど、あれ、これって結構異常なのでは?
「そうとしか言えないです」
「そこまでの修練を積んだということですか、神はやはり逸材を選んでいるということですか」
ゲーマーの中ではコンマ数ミリの調整ができて一流という感覚がある。
FPSの照準とかがそうじゃないだろうか、わずかな手のブレが、ターゲットにヒットする弾の数を減らす。
これをこうすれば当たると、体感で覚えている人が大半で、口で説明することは難しい。
胸元を狙うとか、ヘッドショットするときはここら辺を狙うとか軽いアドバイスはできるけど、結局のところ最終的には自分の感覚次第ということにならないだろうか。
指を折る仕草でさえ、人の動きは千差万別。
トリガーを引く動作自体だけでもいろいろな感覚がある。
体に刷り込ませる方法だっていろいろな方法があって、俺のこの方角を覚える感覚も俺が意識して数値化して覚えたわけじゃない。
体感的にこれくらいかというのを繰り返してしみ込ませたのだ。
これくらいできないと、ゲーム後半のダンジョンでガチで迷子になる。
方向感覚はダンジョンの探索の必須技能。
斥候系のキャラを愛用している身としては、このスキル外スキルとしても使える感覚は必要だから身に着けたに過ぎない。
おかげで迷いの森系みたいなダンジョンでも方向感覚が狂わなくて済んでいる。
トレントからすれば、俺みたいな斥候系のキャラは天敵と言っていいし、俺からしてもトレントは美味しいカモなのだ。
おまけに敵としても御しやすく、倒せば素材としても美味しいとカモネギ状態なのだ。
「こっちですね。密度が上がりましたし、攻撃速度が速まりました」
「そのようですね」
「イングリット、今のうちにポーションで魔力を補給しておいてくれ、たぶん三十分もしないうちに接敵する」
「かしこまりました」
道なき道を進み続け、方向転換を繰り返すとだんだんと、トレントの位置がわかるようになってきた。
こっちに来るなという拒否感。
隠そうとせず、寄せ付けないようにする威圧感。
本命が見つかったという経験から来る勘はドンドンこっちが正解だと確信を与えてくる。
岩を飛び越え、ついさっきまでいた場所にあった岩にめがけて根っこが突き刺さる光景が湯気の中に消える。
「ふーむ、今回のトレントは少しだけ性格が悪いか」
「どういうことですか?」
「たぶん山頂にはいないですね、方角的に山頂にいるように思わせてますけど、たぶん少し下りた所。傾斜面の所に隠れてます」
その攻撃頻度から、再度計算すると山頂の方からちょっとだけずれているような気がする。
たぶん、ここまで迫って山頂だと確信して突き進んだ結果そこに必殺の罠が発動して敵対する者を殺しにかかるだろう。
こういう手合いはいた。
「確信があるのですか?」
「なんとなくという言葉が頭につきますけど、十中八九当たりです」
モンスターにも性格があるかのように、行動パターンはいくつか分かれている。
まっすぐに相手を迎撃するために陣地を形成するトレント。
こういう手合いは枯れ木のままの姿で能力を上げる手合いだ。
擬態し、森に溶け込むタイプのトレントは戦闘能力はそこまで高くないがトラップをうまく活用し、自分の居場所を悟らせないようにすることに長けている。
今回は後者、そしてこういった手合いは性格が少しねじ曲がっていて、一癖も二癖もある。
「ついでに言えば、デコイも置いているでしょうね。近くにトレントみたいな普通の木を用意して、ここまで来るのに苦労した輩の期待を裏切るように、見つけると襲い掛かってきて、倒せたと思ったときに後ろからぐさりという感じに」
戦った経験上、トレントは性格が悪い部類のモンスターだ。
長年潜伏するという知恵の意味を理解しているから、悪辣な手こそ本懐と言わんばかりにその戦法を磨く。
「面倒ですね」
「その分素材は美味しいですよ。木材もさることながら、薬草系の素材が出ればなお良しです」
「リベルタ様、楽しんでいますね」
「イングリット、こういう敵こそ後の楽しみを考えないとモチベーションが維持できないんだ。手間暇を惜しんで安全をないがしろにするのはもってのほかだけど、それでも面倒だというのは気分を落とすんだ」
視界不良という状態も相手からしたら、生きるための生存戦略なんだ。
俺たち側からしたら、手間暇を押し付けられ要らない時間を費やしているが、それこそがトレントの戦略。
その戦略に踊らされたらこっちの命が刈り取られる。
モチベーションというのはそういう事態を避けるために、必要な気持ちなのだ。
「捕らぬ狸の皮算用にならない程度に楽しみを考えておく、それで危険を回避できるんだよ」
飛び出してきた根っこを切り裂きながら、そんな持論を展開してみるがイングリットにはイマイチ理解できないようで、首を傾げられてしまった。
「おしゃべりはここまでのようです。リベルタ、あそこを」
「うっすらと見える巨大な樹木、トレントのデコイですね」
そこにさらに説明を入れる必要はないけど、ちょっと解説したいなと思ったタイミングでどうやら目的地に着いたようだ。
湯気の先に見える、巨大な樹木の影。
山頂に続く道の途中に見えたあからさまに怪しい影、一見すればそれが本体のように見える。
モンスターの知性を侮るような輩にとって、鬱憤を溜めに溜めた今の状況だったら我先にと襲い掛かるような奴だろ。
「となると、ここら辺で怪しそうな木は」
だけど、擬態を主体とするトレントにしてはその樹木の大きさはあからさますぎて、違うと判断した俺はその木を中心に右に旋回し始める。
イングリットのエアクリーンの効果範囲、そこに入り込む木々を見分けながら探していくと。
「あいつか」
俺の中で違和感の塊のような木を一本見つけた。
木々の陰の中に潜むような一本の木。
一見すれば、何の変哲もないような木に見える。
木も枝も葉もすべて周りの木と同一種に見え、そういう風に生えていると言えばそれまでの木だ。
だけど。
「根っこ多すぎでしょ」
他の木と違って、地面の根の数がその木だけ多かった。
俺たちが進路をその木に向けたとたん。
『■■■■■■■■!!!』
木の化け物は正体を現した。
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