1 再動
俺が神によって転生させられたという新事実がわかった。
いや、可能性の一つとしては考えていたが、俺の知っている神様転生とは条件がかけ離れていたので、ないだろうと思い込んでいた。
「今日より、あなた方の保護者となりますクローディアです。よろしくお願いします」
そんな事実を俺に突きつけた張本人であるクローディアは、家に残っていたイングリットとアミナに挨拶していた。
いきなりの有名人の登場。
「よろしくお願いしますクローディア様。リベルタ様にお仕えするイングリット・グリュレと申します」
「家名持ち、そしてグリュレ家の息女でしたか」
「はい」
「それで、あなたがアミナですか?」
「は、はひ!アミナでしゅ!?」
「緊張しないでください。先ほども言いましたがあなた方が自由に行動できるように私が来たのです」
イングリットはその無表情が一瞬だけ崩れ目を見開いた。
だが、そこからは貴族として礼儀を学んできた実績が役に立ち普通に自己紹介していた。
対してアミナはカチコチに固まって緊張しているのが丸わかりだ。
クローディアも困り顔。
いや、体中にある傷も相まってクローディアは中々の迫力を持っているから、こういう自己紹介の場では毎度こういうやり取りになるのだろうか。
実際、ネルもそうだったし。
「り、リベルタ君!どういうことぉ!?」
「うん、さっき出かけるって言ってた理由がクローディアさんに会うためだったんだ。それで話の流れで俺たちの保護者になってくれるということで」
「具体的にどのようなことがあったのかお聞きしても?」
「リベルタがとんでもない無茶をしたのよ」
「無茶とは?」
そんなやり取りの最中、少しまずい話の流れになった。
「クローディア様に戦いを挑んで、両腕骨折の重傷、治ったからいいって問題じゃないわよこれ」
「それは本当ですか?」
「ええ、まぁ、はい」
「ええ!?大丈夫なの!?痛くない!?」
気まずい。
怪我をしたこともそうだが、格上であるクローディアに挑んだこと自体が皆に黙ってやったことだけあって気まずい。
素直に心配してくれるアミナの心優しさに申し訳なさも感じてしまう。
「痛みはないよ。しっかりと治してもらったし」
「もう、そう言ってもさっきまで本当にボロボロだったんだから!!これを機にしっかりと反省してちょうだい!」
「はい」
クローディアを連れてくるということ自体事前に連絡していないからゴタゴタするだろうなとは思っていたけど、別の意味であわただしくなってしまった。
「ネル、そこら辺にしておいてください。彼に怪我を負わせた私もいたたまれなくなります」
「クローディア様は良いんですよ!リベルタが挑んだ結果ですし、クローディア様はちゃんと注意してくれたんですし」
しょぼんと反省の態度を示す俺に苦笑するクローディア。
「リベルタ様、クローディア様のお部屋はどちらにしましょう?私の隣が空いていますが」
「じゃぁ、そこにお願い。一応最低限の物は用意してありますけど、生活に必要な物があったら言ってください」
「旅を続けていれば屋根があり、横になれる場所があるだけで贅沢と思えますよ。朝と夕に庭で鍛錬をしますのでその許可さえあれば十分です」
話題転換ということで、クローディアの部屋を決め今後の生活を共にすることが決まった。
「それなら大丈夫ですよ。ちなみに俺も一緒にやっていいですか?」
「構いませんよ。鍛錬する相手が一緒にいればより研鑽を積めるというもの。あなたのように神に愛された方でしたらなおのこと」
だが、伝え忘れていたことがもう一つあったようで。
「神に愛された?ねぇ、ネルどういうこと?」
「そのままの意味よ、今日の今日までリベルタ自身も把握していなかったみたいだけど、クローディア様の見立てではリベルタがこの大陸の神託の英雄だって」
「ええ!?それすごいことだよね!?なのになんでネルはそんなに冷静なの!?」
「だって、リベルタよ?今までのことを振り返ったら何が飛び出てきてもおかしくはないわよね」
「あ、それもそうかも。うん、リベルタ君だからね」
「ねぇ、君たち俺のことびっくり箱とでも思ってる?」
「びっくり箱の方が驚くほどリベルタ様は様々なことをご存知だということでしょう」
「イングリットさんもそっち側なんだ」
「はい、こればかりは仕方ないかと。かく言う私も驚きました」
「全く表情変わってないよね?」
「動きましたよ、眉のあたりが」
神の落とし子。
俺が転生者であるとは言っていないが、それでも神様、俺の場合は知恵の女神ケフェリから特典を与えられた存在だと思われる。
前世の知識、そして記憶力。
この二つは確かに強力な能力だとは思うが、神様から何も言われていないので俺は何をすればいいかわからない。
なので当初の予定通り強くなるということを前提に今後の動きを進めていく。
「ねぇ、リベルタ君。クローディア様も僕たちみたいなことをするの?」
表情の変化が、とあるファミリーレストランのランチシートにある間違い探しクイズのようなレベルで、変わったところがわからないイングリットの顔をじっと見ていると、ネルと話していたアミナがクローディアもこの家に住むという意味を指す大事な部分に触れてきた。
アミナたちと一緒のこと、それすなわちレベリングのことだ。
「いや、クローディアさんには悪いけどしばらくはこのままでいてもらうよ。俺たちと同じレベリングをするためには、クローディアさんはどうあがいても一時的に弱体化してしまうから、俺たちの保護者としている間は俺式のレベリングはしないよ」
秘密としてある、俺の強さの根源たるレベリング方法はクローディアにはまだ伝えていない。
強さの秘訣はあるとは教えているが、裏を返せばそれ以外は教えていない。
神の落とし子という不確かな理由で保護者を請け負ってくれた。
本来であれば、そこに信頼関係など発生しないはずなのだが、こと彼女に限っては裏切るという心配はない。
「はい、ある程度あなた方が強くなるまでは私が弱くなるわけにはいきませんので」
大きな理由として挙げられるのは彼女の信条が真っ先に思いつく。
「ええ、強くなってください。そして強くなった暁にはリベルタ、あなたとは再戦したいものです。今度は縛りなく真っ向から」
今もこうやって好敵手として、強くなることが神によって約束された少年を見て未来を楽しみにしている。
こういう理由があるからこそ、保護者を受けてくれてなおかつ裏切らず、秘密に関してもまだ明かさなくていいという都合のいい条件を結べたわけだ。
「まぁ、近いうちにそれは叶うと思いますが」
「なら重畳です」
「その、支払いを先延ばしにする形になっている状態で非常に申し上げにくいのですけど、お願いがありまして」
そんな彼女にさらにお願いをするのは心苦しいが、保護者として動いてくれるというのならこれを頼まないということはない。
「お願いですか。仮初でありますがあなたの保護者になったのです。話は聞きますよ」
「実は明日公爵家に行く予定がありまして、それに同行してもらえませんか」
「……貴族の令嬢がこの家にいるというのはそういうことでしたか。グリュレ家の人間がいるから何かあるとは思っておりましたが、公爵家。エーデルガルド家ですね?」
来たる日の明日。
エーデルガルド公爵との面会に一緒に来てくれないかと頼んでみた。
呼ばれたのは俺だけだが、保護者としての立場のある彼女であれば同行しても問題はないはず。
「はい、故あって縁ができました」
「どういういきさつかは後で聞きます。あなたを呼んだのはどなたですか?」
「エーデルガルド公爵閣下ですね」
「……当主自らですか。それは重要な話をすることになりそうですね」
「俺もそんな気がしています」
「呼び出される内容に心当たりは?」
「大まかな予想で言うなら、まだ攻略ができていないダンジョンに関してですかね?」
「あのスタンピードの発生したダンジョンですか。順調に攻略が進んでいるとは聞いていましたが、最近は不穏な話も聞きますのであり得る話ですか」
エスメラルダ嬢は身内の不穏分子は排除したから大丈夫だとは言っていたが、むしろ排除後に俺に話があると言うのが不穏すぎるんだよ。
俺だけだと押し込まれる可能性もあるからクローディアにはストッパーとして来てほしい。
「公爵自身はあなたが神の落とし子であると思っている節はありますか?」
「今思うとあると思いますよ。最初は俺自身に興味があるのかなぁと思ってましたけど、たぶんその要素もあるからつながりを保とうと思ったのと、俺に対する行動が慎重なんだと思います。じゃないとこんな子供あっという間に取り込もうとするか、排除すると思いますし」
「そうでしょうね、行動が慎重なのがなによりの証拠です。確証はないが確信はあると言ったところでしょう。そうなると私が同行するとその確証を与えることになりますが」
神殿関係者というのは諸刃の剣になる。
神殿関係者の保護下に置かれると言うだけで公爵家であってもおいそれと手を出すことはできなくなる。
冒険者など言うに及ばず、大司教になった人物が相手だとなると下手をすれば王族であっても手を出しにくくなっている。
だが、裏を返すとそれほどの人物が俺を保護下に置いているという事実ができてしまうわけで。
「構いません、ここまでくれば逆に開き直る必要が出てくると思います。こうなったら、一気に駆け抜けるだけです」
その事実が周知されるまで時間に猶予はほとんどないだろう。
そうしたら元大司教に保護された子供という情報がどんな影響を生むかなんて考えなくてもわかる。
絶対に碌なことにはならない。
だが、隠れてジッとしていることももうできなくなってきて限界を感じている。
だとすれば、そう簡単に手出しできないような領域に早々に上り詰めればいいだけのこと。
「わかりました。勝算があるようですね。ひとまずの問題である明日の公爵家への訪問には私も一緒に行きます。そうすれば悪いことにはならないでしょう」
「助かります」
目先の問題として、俺に先に目をつけていた公爵家との距離感をどうするかだ。
クローディアも万能ではない。
過信して、足をすくわれるようなことだけは回避しなければならない。
だけど警戒しすぎて、敵対することも回避しないといけない。
理想は持ちつ持たれつといった関係が良い。
「イングリット、あれから公爵閣下からの連絡はあった?」
「いえ、ございません」
「となると、明日は一日家に待機しておかないといけないか」
はてさて、一体全体明日は何を言われるのか。
不安で眠れない。
なんてことはないとは思うが、それでも考えてしまう。
「じゃあ、モチダンジョン周回だな」
「「ええ!?」」
「かしこまりました」
明日の予定をどうしようかと。
「当たり前だろ、少しでも強くなるために必要なことなんだから。ちなみに明日はアミナもダンジョン周回な。米化粧水は作らなくていいから」
「はーい」
「いいわよ、明日リベルタが帰ってくるまでに黄金の鍵を出してみせるわ!」
現状クローディアさんがいれば変な冒険者に絡まれる心配はないので、公爵閣下の呼び出しさえ終わってしまえばあとは自由に動ける。
次のクラスに上がるにはスキル進化が必須条件なのが痛い。
スキル昇段のオーブを手に入れるには、今のところモチダンジョンから出る黄金のモチダンジョンの鍵で作る黄金のモチダンジョンしかない。
それ以外で手に入れる方法がないわけじゃないけど、今のステータスだと厳しいものがある。
せめてクラス3になれば話は別なのだが、そこまで行くのにまずはスキル進化させないといけないというジレンマ状態。
「イングリットは二人のサポートを頼んでいいか?」
「かしこまりました」
それを解消する確率を引き寄せることができる豪運のネルがやる気を出しているので近日中には解決できそうな気がする。
そうなると次の準備をしておかないといけないな。
「良い雰囲気ですね」
「そうですか?」
「はい、私はそう感じますね」
そんな俺たちのやり取りを見て、クローディアは微笑んだ。
「そして将来が楽しみだと思ったパーティーも久しぶりです」
「神の落とし子の俺がいるからですか?」
「さぁ、どうでしょう。他の落とし子を見ましたがここまで和やかな雰囲気があったわけではありませんからね。北は殺伐とし、東はお金が絡み、西は見れませんでしたが心を支配されていると感じ取れるような雰囲気でした。落とし子と言えど千差万別。良いところもあれば悪いところもある」
「そういうものですか」
「ええ、ですので私はあなたを見定めましょう」
少なくとも今は俺たちの未来に期待してくれているのだろう。
「将来どんな英雄になるか」
その言葉の裏に、拳で語れる相手となるかどうか、彼女の俺への期待が詰まっていることには目を背けることはできないことが唯一の懸念点だったりするのであった。
「楽しみです」
ちょっとだけ艶やかな雰囲気を感じ取りつつ、明日の公爵閣下との会談のことを考えよう。
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