1 俺はこの世界がモブでも最強になれるのを知っている
皆さま、七士七海でございます。
クリスマスという吉日に本作を公開させていただきます!!
宜しければご一読の方、よろしくお願いいたします。
ゲームというものをやっている人にとって、思い出に残る作品っていうのは必ず存在していると俺は思う。
一番好きな作品、一番面白かった作品、一番キャラが好きだった作品。
各々理由は違うだろうし、ジャンルや発売年とさらに条件が加算されればさらに違っているのは当然として、そのいろいろな理由が重なり合ってそれが思い出に残った作品になるのではと思う。
今年で30歳になる若者とおっさんの境界線に足を踏み込んだ、ゲーム好きであり、さりとて仕事が忙しくて積みゲーを作り、どんどんゲームから離れている俺みたいな人間だとふとそんな作品のことを思い出すこともあるのではと。
『フリービルドオンライン』
通称、FBO。
数多あるスキルの中から限られた範囲でスキルや装備を構成して王道であるが色あせることのない剣と魔法のファンタジー世界。
VRMMOと銘を打っておきながら、オンライン要素はクエストをほかのプレイヤーと協力できたり、アイテムを売買できるだけという基本的にソロプレイを推奨しているシステムを導入している。
ゲーム内の仲間と一緒に攻略するのがデフォのゲームだ。
しかし、それでも当時の俺が最高に面白いとはまり、今現在でも色あせることなく思い出に残り、なおかつ人生の中でゲーム最盛期ともいえる時期にはまった作品。
俺がゲームの思い出話で語るとしたらこのゲームを挙げる。
とある時期に起きた映像業界のブレイクスルーのおかげでVRの技術の結晶をふんだんに組み込まれたその世界は現実感を体感させ、その世界に夢中にさせる工夫がされていた。
ゲームの内容は運営が用意したダンジョンを攻略したり、フィールドで素材を集めて生産業をしたりと今になってしまえばごく平凡な世界観であったけど、当時の俺にとっては間違いなく新鮮で楽しいと思わせる要素が満載の世界だった。
作家陣が真剣に考えてくれた数々のストーリーも俺好みだったというのも間違いない。
販売実績も当時ではかなり上位に食い込み話題になった作品の一つ。
神ゲーと一時は言われ、一部からはクソゲーとも言われた時期もあった。
ここまで語りつつも、今ではレトロゲームの仲間入りをしている懐古厨が懐かしむ程度の作品だ。
俺みたいなコアなファンが続編を求めている程度の作品。
では、なんで今俺がそんな懐かしの作品を語っているかというと。
「マジか」
俺はたぶん、FBOの世界に来ているからだ。
他人に言えば、何言ってるんだ?と言われかねないおかしな話かもしれない。
けれど
「これって、オープニングムービーのパレードだよな」
あのとき初めてプレイした感動が今目の前にあった。
違うのはVR技術でも再現できなかった五感要素がより鮮明となったリアルの人間が歩いていること。
しかし、雰囲気がリアルになろうとも何度も何度も見ていたのだから間違えるわけがない。
そんな光景をやせ細り、髪もボサボサ、そして着ている服も小汚い小さな子供の姿になって見ているのは非現実的なのかもしれないけど、さっきから訴えてくる空腹感と歓声を上げる人々の声が、これが夢ではなくて現実だというのを教えてくれる。
ゲームの世界に行きたいとかつては夢想したことも過去にはあった。
それが俺が好きだったFBOの世界であるなら回数など数えるのも面倒なほど思った。
だけど、最近の人生でそう思ったことは覚えている限りはない。
仕事は大変だけど、やりがいと給与は満足している。
会社の同僚や上司部下との関係も良好。
強いて言えば、彼女がここ数年できていないことが気がかりではあったけど、それ以外は問題はなかった。
事故にあったという記憶もない、昔読んだ小説の中で事故死で異世界に行くっていう作品はあった。
だけど、俺の記憶の最後は仕事に疲れて風呂に入ってベッドに入ったところで終わっている。
死んだという記憶はない。
であれば夢か?
それもない。
壁伝いで歩いてきた俺の指先から伝わるレンガの質感、耳にうるさいと思うくらいに響く歓声、わずかに感じる生活臭、そして鮮明といえるほどのまばゆいパレード。
これが夢だというなら俺は相当リアルな夢を見ているということになる。
「……夢なら、夢でもいいか」
そして、頭の中で考えていたのはこれが夢幻であって問題があるかどうかという話になる。
結論、俺の頭は問題ないと断じた。
現実世界に未練はある。
だけど、若いころにあこがれていたゲームの世界に来れたという価値の方が俺にとって非常に重要だ。
憧れが現実に、ずいぶんとズタボロな体ではあるけど、それを以てしてもなおこの世界の大地に立ったという現実がうれしかった。
元の肉体がどうなったかはわからないが、せめて親不孝なことにはなってくれていないように祈りつつ、とりあえずあこがれとなった現実と向き合わないと。
「さてと、問題は」
憧れていた世界に来れて万事良いことだけかと言われればそうでもないんだよな。
「こんなキャラ、いたか?本気で誰?」
まず最初に挙げる問題点は、俺は主人公ではないということだ。
主人公、いわゆるプレイヤーの分身ともいえる存在はアバターでいろいろな容姿を設定できる。
だから俺みたいな薄汚れた茶髪の百点満点中五十点以上六十点未満なんていうモブ顔かつちびガリ少年、なんて容姿を作ることも可能。
だけど、どんな主人公の容姿だろうとも絶対的に不変の共通点がある。
それは主人公は辺境の貴族だということ。
物語の始まりは、妾の母が亡くなったことによって貴族の家に居づらくなり、家を出ることになった主人公が地元の領地から旅立つという導入で始まる。
ゲームが始まる最初の神からの質問で生まれの地方は変わるが、それでも貴族の家という部分は決して変わらない。
そして家から出る前に亡き母親に連れられ今俺が見ているパレードにあこがれて、冒険者を目指すと語っていた。
すなわち、その時点まで主人公は貴族の一員であったということになる。
どう見ても浮浪者、ストリートチルドレンといえるような格好の俺ではない。
それにパレードを見ているときは主人公は母親と一緒に宿屋の窓から見ていた。
こんな路地裏で倒れかけている子供が遠目で見るという状況ではない。
となると真剣に俺は誰だということになる。
主要キャラは昔の作品であっても顔と名前くらいは憶えている。
それこそとことんまでやりこんだ作品だ。
モブに近いネームドの容姿から性格と、公式ガイドブックを読み込んで得た情報を思い返すこともできる。
しかし、そんな俺の記憶の中にも将来的に成長変化を加味し、イケメンになったりする可能性もなくはないが、少なくとも窓ガラスに映ったこんなキャラは見覚えはない。
だとすると、俺は完全にオリキャラという名のモブに転生したということになる。
「となると、もろもろの加護なしスタートかー」
FBOの何らかのキャラに転生したとなれば、幾人かの外れキャラを引かない限り誰かしらの助力を得ることができる。
だけど、この体には親すらいない。
ついさっき目覚めたときなんて、路地裏に空腹でうずくまっているところスタートだったよ。
いや、あれはマジで餓死するまでカウントダウンが入っている。
「うん、とりあえず腹ごしらえしないとダメか」
どこのだれかは知らない。
知り合いもいない。
きっと孤独に生きてきていた少年の体を奪うことに対して罪悪感はある。
なのでパレードが通り過ぎて、静かになりつつある場所で合掌してから次の行動に移ろう。とりわけ必要なのは空腹感をなくすための努力だ。
「あれが使えなかったら、マジで危ない橋を渡らないといけないなぁ」
餓死一歩手前の体って初めて経験したけど、本当に力が入らない。
わずかに残っているこの体の記憶をたどると、ごみ箱の残飯とかあさっている記憶があってマジで泣けてくる。
ふらふらと壁伝いに、行きながら、このゲームをやっていた時の記憶を頼りに歩く。
オープニングパレードが行われている場所であるなら、ここがどこの街かも把握できる。
「ああ、細かいグラフィックとかあやふやだけど、こうやってみると本当にきれいな街だな。そうそう、こんな感じの街でさぁ」
何か口ずさんでいないと意識が飛びそう。
なんでこんなぎりぎりの体で転生させてくれたんだよ。
地位は求めないけど、もうちょっと健康的な体が欲しかったよ全く。
ただでさえ元気のない体なのに加えて俺の今の体は子供、歩幅が小さい。
歩行速度なんてお察しだ。
これで記憶違いを起こして、何もないところに出てしまったら本気でやばい。
「さすが王都、でも王様直轄の街なら俺みたいな孤児ももう少し手厚く保護してくれよな」
しかもここは南の大陸の国の王都、レンデルには似たような道がたくさんある。
ところどころ記憶にないような店もある。
ゲームと違うエリアが多数あるってことか。
だから方角を間違えると本気で詰む。
このまま第二の人生を終わらせてしまったら死んでも死にきれない。
たまにすれ違う人も俺のみすぼらしい姿とぶつぶつと小声で歩く孤児なんて要素のおかげで、だれも見向きもしない。
いやはや、本当に冷たい。
途中、屋台の匂いが鼻孔をくすぐって余計に腹が減る。
足を止めたらマジでヤバイ、本能でそっちに引き寄せられそうになったけど、強面の店長の眼力のおかげで目が覚めてひたすら目的地に進むことができた。
「それにしてもゲームをしていた時と比べて、人が多い。子供の体だと本当に歩きづらい」
路地裏といってもパレード直後っていうのもあって、抜け道感覚で通る人もいる。
普段だったら閑散としている道でも、ざわめき、和気あいあいと通り過ぎる人はいる。
ゲームの時近道で使ったこともあるけど、協力プレイをするときも、一定の人数制限があったから、こうやって人が道にあふれるという光景は新鮮だ。
新鮮な気持ちも抱くけど、それよりも危機感の方が強い。
「…冒険者も多いな」
兵士と違って服装もまちまち、だけど共通して何らかの武器を持っている人が一番見かける。
さすがに大型の武器を持ち歩いていないけど、実剣を持ち歩いている人が過ぎ去るのは結構怖いんだな。
こっちは見ての通り戦闘能力ゼロの子供。
文字通り、からまれたら一巻の終わりというわけだ。
だけど、冒険者が多いというのも仕方ない。
この街レンデルを統べる王族は、もともとは冒険者だったという設定があるから、その慣例に従って王族も冒険者を支援している。
このゲームの世界の国の王族は元筋をたどると全員が冒険者出身だ。
それももともと開拓してこの土地を開墾し、この土地に国を興した、なんて伝承があることはゲームの中でも有名な話。
冒険者ギルドという組織も、その開拓時代の名残として長い歴史の下運営し続けているという設定。
ゆえに、この世界は冒険者ギルドの発言力は馬鹿にできない。
だからこそ、大手を振って武器を携帯している人が多いというわけ。
「憧れていた世界の現実って、やっぱり差があるよな」
そして憧れていた世界であってもやはり、恐ろしい部分も存在する。
FBOというゲームは、そのタイトル通り自由にその強さを構築することが面白さにつながっていた。
特に戦闘系においてはその力の入れようは顕著。
裏を返せば、この世界では自由に力を手に入れられる世界でもある。
その理由がステータスという、モンスターと呼ばれるこの世界で人間族共通の敵を倒すことで得られる能力が関わってくる。
レベルを上げ、その際に手に入れるポイントを駆使して能力を得て強くなる。
工程としてはシンプルだけど、その幅はアップデートを繰り返し続けて、幅を広げ続けた。
おかげで強さというのはこの世界では財力、権力にならぶステータスとなっている。
ゲームでも、そのステータス至上主義という文化を良しとする風潮も語られている。
よく言えば実力主義だが、それで困っている人も一定数はいるわけか。
今も、親子が冒険者に道を譲ってひっそりと通り過ぎるのを待っている。
楽しい世界観の中であるシリアスな一面、この体はまだ強さを持っていないけど、俺の知識がこの世界で通用するのであればそのシリアスにも対応できるはず。
それを信じてどうにか止まらないように、進み。
「よかった、記憶違いじゃなくて」
ようやく目的地に着くことができた。
とにもかくにもひ弱な無一文では、この世界を生き抜くことはできない。
腹を膨らませるにも、強くなるにもどちらにしてもお金はいる。
水場、というよりは洗い場だろうか。
パレードを見に行く人が多いせいで、その場はだれもおらず独占できる。
ここでゲーム時代にできたとあるクエストがあった。
それは初心者救済というよりは、プレイヤーの発想力を試すような感じのクエスト。
プレイヤーたちからは、実利をとるか見栄をとるかと揶揄される金策方法。
「さてと、ハゲ金策を始めるとするかね」
通称、ハゲクエストを始めるために俺はまずはくすんで汚れている髪をその洗い場で洗い始めるのであった。
読んでいただきありがとうございます。
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楽しんでいただけたのなら幸いです。
ひとまずは、一か月ほどは毎日連載を行いますのでよろしくお願いいたします!