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幼気な様相とは裏腹に、肌が痺れるような気迫を纏っている。
「ここに何用だ、精霊」
「なんのことだ」
「惚けなくていい。見た目を変えているようだけど、その魔力量で人間という方が無理がある」
隠している魔力を見破れるのか。もっと制御しないとな。
観念したように緊張を解いた。
「ここには水を飲みに来ただけだ。妙な気配を感じたから少し構えたが、危害を加えるつもりはない」
敵意がないことを示したが、少女の警戒は解けない。
「私がここにいることはどこで知った?」
「そんなことは知らなかった」
翡翠の双眸と視線が交わる。
吸い込まれそうな緑の瞳から目を逸らしたくなる気持ちを抑えて見つめ返す。
「嘘はついていないようね」
先程まで感じていたビリビリとした気配が消えた。
だからと言って容易に近づけるような雰囲気ではないが。
少女は踵を返し、川から出て服を着始めた。
シンはなんの話かわからないようで混乱している。
「なんであの子、シエンさんが精霊ってわかったんですか?」
「彼女がドラゴンだからだ」
「ドラゴン!? ドラゴンってあの翼があって火を吹くやつですか?」
「まぁ、そんなところか。ドラゴンはクラルテの生物で、膨大な魔力と高い戦闘力を誇る。俺は魔力を常に隠しているが、ドラゴンは普通の生物よりも感覚が鋭いから俺の魔力に気づいたみたいだ」
「びっくりしすぎて内容が全然入ってこないです。というか、ドラゴンって実在したんですね」
あまりの衝撃にシンは目を白黒させる。
「でも、あの子見た目は人間ですよ?」
「普段は人型なんだ。戦闘時はドラゴンの姿になる」
シンにドラゴンの話をしているうちに少女の着替えが済んだ。
「水なら好きに飲むといい」
そう言って俺たちと反対方向に足を運ぶ。
正直、こんなところにドラゴンがいる理由は気になるが、普段から単独行動を好む種族とは下手に関わらない方が身のためだ。あっちから離れてくれるなら好都合。
「きみ!! 本当にドラゴンなの?」
!?
シンが口に両手を当てて少女に叫ぶ。
「おいっ! 何言って……」
「だったら?」
凍てつくような声色に辺りの気温が一回り下がったように感じる。鳥たちが一斉に飛び立って、羽音だけが森に響く。
「……俺、やばいこと聞いちゃいました? いや〜、ドラゴンなんて初めて見るし、こんな森にいるのが不思議で聞いてみたんですけど」
少女の醸し出す雰囲気を察してシンが遠慮がちに話す。
こいつ、軽率というか大胆というか、好奇心がすぎるな。
向こうは俺たちと関わりたくはなさそうだが、この際聞いてみるか。
「この子はクラルテでの俺の案内役の人間だ。君に敵意は無いし本当にただの好奇心で聞いたんだ。それに、なんでドラゴンがクラルテにいるのか、俺も気になっている」
「人の素性を知りたいならまず自分のことを話さないと」
少女がムスッとしながら俺を見つめる。
「それもそうだな、悪かった。俺は、シエン。精霊王の命令で人間と婚約を結んでいて、来月に結婚の予定だったが、婚約者が失踪して捜索中だ」
「逃げられたということね。お気の毒に」
少女は眉一つ動かさないでそう言った。
「今は隣町のノーラルに向かっている途中だ。案内役は、人間のシンがしてくれている」
「シンです。さっきは、いきなりすみませんでした」
シンが頭に手をやりながら、人懐こい笑みを浮かべる。
少女は何も言わずに、目を伏せる。
許してもらったことにしよう。
「なぜ、わざわざ歩いて移動を?」
転移魔法を使わないのをおかしく思ったのだろう。
魔力を持つものなら至極まともな考えだ。
「そういう約束なんだ。婚約者を見つけるまで魔法は使わない」
「ふーん。随分と人間に従順なのね」
呆れているのか興味が無いのか、彼女の表情は依然読めない。
「私がどうしてここにいるか、知りたいのよね」
「ああ」
少女が近くの岩に腰をかけて話し始める。
少しは警戒を解いてくれたようだ。
*****
「私は、ミラ。あなたが…シエンが言うようにドラゴンよ。けれど、人間と竜のハーフのね」
「ということは」
「ええ、あなたが人間と結婚するように、私の父と母も国同士の異種族婚をした」
竜族は、テネブルの種族の中でも、群れず、規則に縛られず自由に生きる種族だ。
人間との婚約に応じるのは、かなり珍しい。
「父親が物好きでね、人間に興味を持ったの。それで、気まぐれに結婚して子を作り、私が誕生した」
「竜族は、特に魔力量が多い種族だ。母体にはかなり負担だっただろう」
「ええ、母は強い人よ。父なんかよりもずっと強い」
そう言って、側にある大木を見つめる目は、遠い。
「精霊伝説があるように、ドラゴンにも伝説があるのは知ってる?」
『竜の伝説』と聞いて、シンの目が輝いた。
「知ってるよ! 双剣の勇者と竜王の話だよね」
昔、テネブルの生活に飽きた竜王が、さらなる刺激を求めてクラルテに降り立った。竜王は、『我に勝つ者、全てを得ん』と謳い、挑みに来る強欲な人間たちを屠り続けた。しかし、ある日、双剣の使い手が現れ、三日三晩の死闘の末に、ついに竜王は倒れた。竜王は、この人間に敬意を示し、約束通り、望みをなんでも叶えることにした。そして、その人間は、竜王に『自分がいなくなったあとも、故郷の町を護る』ことを望み、竜王は、これを承諾して、その人間の故郷を守り続け、町の繁栄に繋げた。
「以来、双剣の勇者と竜王の伝説として語り継がれている」
休憩なしで興奮気味に話しているからか、シンの肩が微かに上下している。
よくできた話だが、ツッコミどころは満載である。
ミラの眉も下がり気味で、恐らく同じことを思っているのだろう。
「シンって言ってたね。説明してもらったところ悪いけど、あなたの話した『竜の伝説』は、脚色がかかりすぎて、ほとんど嘘よ」
「えー!」と、今度はシンの眉が下がる。
「まぁ、最後の『町の繁栄』ってところは、あながち間違いではないけど」
「どういうこと?」
「竜族は他の種族に比べて魔力量が多い。魔力量が多いっていうのは利点があってね。単純に強いってことと、生命に活力を与えるってこと」
竜族は精霊族とは同種に近い。つまり、魔力の性質は精霊族のそれと同じだ。竜族そのものが、生命の安定を保つように働きかけることはないが、彼らの近くにいる生命体は、ドラゴンから溢れ出す魔力によって活力を得る。だから、ドラゴンが護る土地は、豊かな作物と人々の活気が満ち、『繁栄』に繋がると言える。
「そういうことだから、竜族との結婚を望む人間もいる。母の家は、男爵家だったのだけど、元々いい土地じゃなくてね。治める町々は常に困窮していた。そこに、隣国からの攻撃も重なって、いよいよ手に負えなくなってた。だから、当時の男爵は、藁にもすがる思いで、母を竜族と結婚させたの」
竜族との結婚は初めて聞いたが、異種族間の結婚は、いずれも政治的立場やなんらかの取引が絡むため、こういった結婚は、珍しいことではない。だが、条件付きの婚姻で生まれた彼女が、男爵家ではなくここにいるということは…。
俺の表情を察してか、ミラが苦笑する。
「お察しの通り、この結婚は失敗した。最終的にね」
「最終的に、というと?」
「父が母と結婚して、ノーラルで生活し始めてから、土地は息を吹き返すように豊かになった。土地が肥えれば作物が育ち、人々の腹は満たされ、活力を得る。これまでの貧困が嘘みたいに、町は笑顔で溢れていた」
「さっき話していた、竜の魔力の効果か?」
「そうね。父は並の竜よりも魔力があったし、土地との相性も良かったみたい。それに、ドラゴンの治める土地と聞いて、それまで戦争していた敵国も容易に攻撃できなくなった。そして、そうこうしているうちに、私が生まれたの」
自身の誕生というのに、ミラの声色はますます沈んで聞こえる。
「難産だったみたいで、母はとても苦労したらしい。父は、私と母と一定の距離を置いていたけど、私が生まれてきたことは、喜んでいたと思う」
喜ぶべきか悲しむべきか分からない、といった表情だ。
ミラの父親が、ミラを拒否していた訳ではないと知って、なぜか安堵する。
それと同時に、母子と距離をとって接する、父親の心の内もなんとなく分かってしまう自身を恨めしく思う。
「あの、今までの話だけ聞くと、この結婚は成功している気がするんですけど…」
シンが、恐る恐る尋ねる。
不意にミラが上を向く。
さっきまで晴れていた空に雲がかかっている。
左頬に水滴が落ちてきた。
「あの頃は良かったの。父が家を、クラルテを去る前までは」




