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明けましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いします。
「ご飯ができた。いい加減起きろ」
エルダの家を発ってから五日が経とうとしている。
しっかり者に見えるシンだが朝は弱いらしく、三日目からは俺が朝食を作っている。料理は意外と肌に合っていたようで、毎朝起きて作るのが最近の楽しみになっている。料理とは不思議なもので、切り方や焼き加減の違いで味も見た目も変わるし、加工の仕方によっては元のものが想像できないくらい違ったものになる。「魔法みたいだ」、とシンに言ったらなぜか笑われたのは癪だったが、色々レシピを聞いては試している。今ここにある道具では作れない料理が山ほどあるのがもどかしい。
まあ、俺は食べないが。
「シエンさん……おはようございます」
起きたばかりで欠伸をしているシンにかすれ声で挨拶された。
「ご飯ができてる。今日は昨日採れた葉物とキノコのソテーだ。余りのキノコでスープも作ってみた」
モルガンは隣町までの分の食料を渡したつもりだったが大食漢なシンには足りなかったため、三日目で底をついた。だから、山で食べられそうな植物を採って凌いでいる。
「毎朝ありがとうございます」
いただきますの挨拶をしてスープから口をつける。
「ちょうどいい味付けですね。初めて作った時に瓶の塩を丸ごと入れそうになった人が作ったものとは思えません」
「起きてすぐ人をからかうなんてよほど元気があるみたいだな。今日の荷物持ちはシンにしてもらおうか」
「えーちょっとふざけただけじゃないですかぁ」
開ききってない目にゆっくりとソテーを咀嚼する口。
何かに似ていると思ったが羊か。
「なに人の顔ジロジロ見てるんですか」
「なんでもない」
まだ怪訝そうに見ているが、再び食事に戻った。
「今日中には隣町に着きそうだな」
「ですね。森を抜けるのもあと少しですし」
途中で迷ったりイノシシに追いかけ回されたりしたが、無事ここまで来た。魔法を使えたらもっと簡単なのにと思ったこともあったが、自分の足で進んでいるということを実感すると達成感があってこれはこれで悪くないと思った。
「シンは隣町に行ったことはあるのか?」
「ないです。俺が旅してたのは南の国の方なんで。でも、親父が行ったことあるみたいで話は聞いたことあります」
「どんな町なんだ?」
「ノーラルって名前の町で、隣国に接してる地域なので昔は戦争が頻発してたみたいです。親父が行った時は、ほとんどなかったみたいですけど、戦争の爪痕が残っていたみたいで、何となく町全体がどんよりしてて暗い雰囲気だったって言ってましたね」
戦争の爪痕か。整備や修繕のされていない道や建物、活気のない店たち、疲弊しきった人々の姿が思い浮かんだ。
「深く受けた傷は治るのに時間がかかるからな。戦争なら尚更だ。あれは物理的なダメージより精神が削られる」
「そうですね……けど、親父が行ってから十年以上経ってるし活気が戻ってるといいんですけどね」
「だといいがな」
戦争は、口では言い表せないほど多くのものを失う。
時間をかけても治らないものもある。
しかし、つらくても遣るせなくても、人が前を向かなければ町は息を吹き返さない。
十年か。
全てに区切りをつけて進むには足りないだろうな。
「ごちそうさまでした」
いつの間にか食べ終わったシンは、目が覚めたようでいそいそと出発の準備をしていた。
「なんか喉乾いちゃいました。シエンさん川の音聞こえますか?」
「ああ。近くはないが少し歩けばありそうだ」
精霊は植物に囲まれた土地では感覚が研ぎ澄まされる。住処が森やその近くだから、森の状態を把握したり、外敵が来た時に直ぐに察知できるようにするためだ。
「じゃあ先にお水を飲みに行きましょう」
*****
「シエンさん、まだですか?」
「うむ。こっちから聞こえたんだが」
森は木々や岩があるため反響しやすい。だから、遠くから聞こえた音だと大雑把な位置しか分からない。
いつもなら転移の魔法ですぐなのに。というか、森で探し物をする時は、空中に浮いて上から見下ろして見つけているから音を頼りに見つけるなんて効率の悪いことしたことがない。
「薄々思ってたんですけど、シエンさんて方向音痴ですか?」
「……そんなわけないだろ。心外だ」
「そんな否定されると逆に図星っぽいですよ」
「言葉通りに受け取れ。人間は素直じゃないな」
「でた。シエンさんの人間偏見」
ああ言えばこう言うシンに手を焼いていると、妙な感覚が体を走った。
「静かに」
シンの前に手を出して静止させる。
「どうかしたんですか?」
水場が近い。
だが、さっきまでになかった気配がする。
これは人間? だか、それにしては多すぎる魔力量。
重なり合った木々の先に得体の知れない気配がある。
やけに力強いエネルギーだ。魔法使にはない単純に生き物としての強烈なエネルギーを感じる。
「水場の方向に何かいる」
「何かってなんですか? 盗賊とか??」
「いや、人ならざる者だ」
「人ならざる者……? あぁ、動物ですか」
「それを今から確かめに行く」
「え?! そんないきなり……待ってくださいシエンさん!」
シンを後ろに回して気配のする方にゆっくりと足を進める。途中から、誰かが何度か通った跡のような踏みしめられた道が続いていた。大人が通るにしては細い道だ。試しに道を辿ってみると気配が急激に近くなった。
この気配は……でも、なぜクラルテに?
気配の正体を突き止めるべく道を進み木々をかき分ける。
抜けた先には川があった。
雲が空を流れるようにようにゆるやかで、木々の隙間から差し込む陽に照らされている。
そして、少女が一人。
緑にも金髪にも見える腰まで届く長い髪を垂らして水浴びをしている。
こちらに背を向けているから顔は分からない。
「あの強烈な気配は彼女か」
「全然人間じゃないですか。しかもまだ小さい女の子ですよ」
「いや、恐らくあれは」
不意に少女が振り返る。
翡翠を彷彿とさせる双眸と目があった。
瞬間、身体に電流が走るみたいに頭からつま先の神経が逆撫でされる。
やはり別格だな、竜は。
少女の小さな口が動く。
「ここに何用だ、精霊」