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いつのまにか剥き終わったのか、シンの足元には野菜の皮が山になっている。
「シエンさんは少なめの方がいいですよね? たくさん食べたら太っちゃいますもんね」
「いや、俺たちの身体は多少食べすぎても人間のようにすぐには太らない。適切な栄養量しか変換されないようになっているからな」
「それ世の女性陣が聞いたら相当妬まれますよ」
「まぁ、運動しないで毎日食べれば太るから、そこは変わらないんじゃないか? あ、量は少なくて大丈夫だ」
「結局食べないじゃないですか」
シンが、ブツクサ言いながら野菜を炒める。
料理風景を見てると不思議と落ち着く。
野菜が切られる音、切った野菜の一つが落ちてしまう様子を目で追う、野菜を火にかけて炒める音、調合する時のスパイスの香り。
全てが心地いい。
「シエンさんは普段何食べてるんですか?」
「基本的には果物と木の実だな。火で調理しなくていいし、どこにでもあるから。でも、タンパク質も摂らないといけないから豆も食べるぞ」
「なんか森にいる小動物みたいな生活してますね」
「バカにしてるだろ」
「してませんよぉ。シエンさん小動物って体格じゃないですし」
そう言いながら、ケラケラ笑っている。
小動物の中にいる俺を想像して笑ったな。
「俺たちは、生命を守る役割があるんだ。むやみやたらに採取すれば自然破壊につながる。大体、お前たち人間は食料を摂りすぎなんだ。料理すれば味付けに本来いらない分の植物を使うだろ」
思わず余計なことを言ってしまった。これからシンが作った料理を食べるのに。気を悪くしただろうか。
「俺たちだって自分で食料育ててますよ。それに、料理って本当にすごいんですよ。食べるだけじゃなくて、作る時にも食べた後にもいろんな効果があるんです」
そう言うと、火が通った野菜炒めを木の皿によそって、俺の前に置いた。
「まだ食べちゃダメですよ」
シンが右手を胸の前に置く。
「俺の真似してください」
言われた通りに胸の前に手を置いた。
「女神エウラ、生きとし生けるものに感謝して、いただきます」
シンがフォークを手に取ると、食べていいですよと言った。
「今のはなんだったんだ?」
「あれは、食べる前に女神様とこの世の生命に対する感謝の言葉です。さっきシエンさんが言ったみたいに、俺たちは生きるためにたくさんの生命を食べています。でも、それが当たり前と思わず、感謝して食べてるんです。もちろん、生命を守っているシエンさんたちにも感謝してますよ」
少し胸の辺りがくすぐったくなった。
そういえば、ファンティーヌ家で朝食を食べた時も何か言っていたっけ。
「そんなことを思っていつも食べていたんだな。さっきはきつい言い方を言ってしまってすまない」
「謝りすぎですよ! シエンさん人間学初心者なんだから分からなくて当たり前じゃないですか」
「うん……」
その言葉も結構胸に刺さる。
こいつ、結構言うな。これからは慎重に言葉を選ぼう。
「早く食べてください」
シンに促されて野菜炒めを食べる。
「……おいしい」
少し辛味があるが、刺激的な辛さではなく香りからくるような辛さだ。野菜本来の味を消していない味付けで、食べやすい。
「やった!」
へへっ、と笑うシンの顔を見ていると、なぜか俺も嬉しくなった。
これから関わり続けるかどうかとか、寿命とかほんの少しだけどうでも良くなった。
「よく料理はするのか?」
「しますよ。親父と色んな国回る時に野宿すると自分で作らないといけないし、それに、俺の母さんもう居ないんですけど、病弱な人だったから小さい頃から料理は手伝ってました」
「そうか。自分の役割を見つけて努めるのは立派なことだ」
「大袈裟だなぁ」
言葉では謙遜しているが、フォークを手の中で遊ばせているところを見ると、照れ隠しなのが分かる。きっと、今までそれが当たり前だったから、褒められることもなかったのかもしれないな。大人っぽく振舞っているが、やはり中身は年相応なんだな。
「そういうことは認めてやれ。強みを知ることも強みになる。年上からの助言だ」
「なんか調子狂うなぁ。まぁ、シエンさんが言うならそうします」
それからは野菜炒めを堪能した。
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