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君を辿る物語  作者: ミツル
竜の杜
3/7

1

 



 日が昇り始め、外から鶏の声が聞こえる。

 結局、昨日はよく眠れなかったな。

 顔を洗い食卓に向かうと、ナーシャとラオルが席に着いていた。


「おはよう」

「「おはようございます」」


 二人とも眠そうな目をこすりながら返事をした。

 台所では、マリーが朝食の支度をしている。しばらくして、モルガンが外から入ってきた。手には野菜を持っている。


「おはようございます、シエン様。ちょうど今、野菜を採ってきたところです。旅の前ですし、良かったら食べて行きませんか?」


 正直、食べなくても平気だが、せっかくだからご馳走になるか。


「では、お言葉に甘えて」




********


 全員席について食事が始まると、モルガンはカルティラについて教えてくれた。


「カルティラは最北の国で、エルダの生まれ故郷なのです。シエン様もご存知の通り、あの子は私たちの養子です」


 確か、モルガンの古い友人の子がエルダで、両親が亡くなってから引き取られたはずだ。


「あの子があの場所に向かっているのは、もしかしたら故郷のことが関係あるのかもしれません」

聞きたいことはあるが、モルガンの表情からそれ以上の詮索はしないことにした。


 結婚前の里帰りか。

 待つ者がいない場所になんの用があるんだ。

 なぜか腹の奥が冷たく重くなる。


「最北の国は、確か寒さの厳しい国でしたよね?」

「ええ、あそこは、この世界で最も寒い場所です。入国前は必ず防寒をして行ってください」


 寒い場所は苦手だ。ここ数百年は立ち入っていない。

 俺は、まだ湯気の消えない野菜スープをすすった。




********


 朝食を食べ終わって外に出ると、一人の少年が立っていた。


「この子は……」

「はじめまして。シエン様の旅の案内役を務めます、シンと申します。どうぞよろしくお願いします」


 モルガンが話終える前に、少年は自己紹介をした。

 人懐っこい雰囲気でニヤリと笑う。

 モルガンが咳払いをして続ける。


「この子は、シンです。行商人の息子で世界各地を旅しています。きっとシエン様のお役に立てるかと」


 褐色の肌に焦げ茶色の目、少し猫っ毛の柔らかな髪を後ろにまとめている。年は十八くらいか?骨格はまだ細いが、身長はそこそこだ。


「よろしくお願いします、シンくん」


 俺が挨拶すると、シンはまたニヤッと笑った。


「しっかし、銀髪に碧眼なんて初めて見ました。俺とは真逆ですね」


 そう言って、頭から足の先までジロジロ見てきた。

 そんなに遠慮なしに見られると、どんな顔をしていいか分からない。


「こらっ! シン、失礼だぞ」


 モルガンがシンに注意すると、笑いながら謝った。

 反省してなさそうだな。


「シエン様、その見た目だとちょっと目立つんで、変装してもらわないといけないです」

「ああ、それなら」


 俺は、昨日ここに来るまでの平民の姿に変身して見せた。


「わぁ、さっきとは別人ですねぇ」


 そう言って、しげしげと見つめてきた。


「完璧に変身できてるところ悪いんですけど、その格好で…っていうか、農民は旅をしないので不自然だと思います」


 そうなのか。農民も旅人もそこまで意識して見ていなかったから分からなかった。


「そうですか。じゃあ、俺はどんな格好をすればいいですか?」


 シンは顎に手を当てて少し悩む。

「そうですねぇ、俺は行商人なのでシエン様も同じでもいいのですが……」


 そう言いかけると、パッと表情を変えた。


「あ!そうだ。シエン様ってお強いですか?」


 強い、か。抽象的で答え方に困るが、人間よりは強いだろう。


「剣の心得はあります」

「じゃあ、シエン様は傭兵っていう設定にしましょう」


 シンは傭兵の姿を説明した。顔や髪型は特に変わらないが、胸当てを装着したり、動きやすい服装と丈夫なブーツだったり、細かく要求された。おかげでそれらしい姿に変身できた。


「うんうん、素晴らしいです。どこからどう見ても死線をくぐり抜けた戦士に見えます! 特にこの傷とかいい味出してますね」


 俺の右腕にある火傷の跡を見て、シンは満足気に頷いた。


「これは元々の傷なんです。体に残った傷は隠すのに力を多く使うからそのままにしておきました」


「え……」


 シンは気まずそうに黙ってしまった。

 そんなつもりじゃなかったんだが。


「お気になさらず。カモフラージュになったなら良かったです」


 話をそらすために武器について聞いた。


「そういえば、傭兵なら堂々と武器を持ち歩いてもいいのですか?」

「そうですね。普通の人が大振りの剣を持ってたら目立ちますが、傭兵なら自然です」


 それを聞いて、俺は自分の剣を転送した。


「おぉ! そんなことも出来るんですね」


 転送を初めて見たのか、シンは目を丸くしている。

 表情がコロコロ変わるな。

 昨日までは、目的地を目指すだけの静かな旅を想像していたが、そうはならないような気がした。



 支度が整うと、モルガンは食料とお金をくれた。


「少しばかりですが、隣町に行くまでの足しにしてください」

「ありがとうございます」

「くれぐれも、どうか娘をお願いします。シン、シエン様をしっかりご案内してくれ」


 ファンティーヌ家に挨拶すると、俺とシンは町を後にした。




********


 俺たちは、はじめに隣町を目指して歩いた。馬車を乗り継いでの旅になるかと思ったが、最短で行くのなら馬車の通らない森や地形を通る方が早いということで歩くことにした。


「そういえば、シエン様は瞬間移動みたいなやつできないんですか?」


 ファンティーヌ家から十分ほどしてシンが尋ねた。


「できますよ。ただ、エルダのメモに魔法は使わないようにと書いてあったの。」


 シンは目を丸くしていた。


「わざわざ律儀に守ってるんですねぇ。なんか意外です」

「婚約者の要求には答えるようにしていますから」

「そうですか」


 急に興味を失ったように答える。


「律儀と言えばその敬語。シエン様は敬語を使わなくてもいいんですよ。見た目も中身も圧倒的に僕よりも上ですし」


 見た目も……か。二十代半ばをイメージして変身したつもりだったが。


「歳のことを言えば人間は皆私より下です。これは礼儀としてです」

「シエン様は真面目な方ですね。でも、俺よりも年上のあなたに敬語を使われると窮屈に感じてしまいます」


 シンも引かない。

 仕方ない。相手が気まずくなるなら意地になる必要もないか。


「じゃあ、お互いに敬語はやめましょう」

「それはできません。俺は父から礼儀として、年上は敬うものと教えられてきましたので」


 シンは得意げに言った。

 人の礼儀は断るくせに傲慢にも自分の礼儀は通すのか。とはいえ、父親の教えを守ろうとしているなら、少々生意気ではあるが、悪い子ではないだろう。


「分かりました。あなたの好きなようにしてください」

「ありがとうございます。あ、でも、シエン様の年齢なら、人間だったらじいさんどころか骨すら残ってないかもですね」


 そして、例のごとくニヤリと笑った。

 前言を撤回しよう。



「そういえばシエン様は実際のところ何歳なんですか?」

「だいたい七百三十歳だ」

「おぉ…。思ってたよりご高齢ですね」

「シンがいくら生きようが、敬っても敬いきれないほど生きている」

「え、俺の年齢知ってるんですか?」

「十八くらいだろう?」


 シンは少し嬉しそうに鼻を鳴らした。


「違いますよ。俺は十七です」


 大人に見られて嬉しいか。十七も十八もそんなに変わらないだろ。


「シエン様は、見た目はお若そうでしたけど、人間に例えると何歳くらいですか?」

「多分二十歳くらいだ。個々によって生きる長さが変わるからなんとも言えないが、平均的に考えるとそれくらいだ」

「じゃあ、俺と近いですね!」


 今度は、屈託のない顔で笑った。こうして見るとただの無邪気な少年なんだが。


 それから俺たちは他愛もないことを話して歩いた。


「シエン様」

「シエンでいい。モルガン殿もそうだが、人間は俺たちを特別視しすぎている。それに、傭兵相手に『様』はおかしいだろ」

「んー。それもそうですけど……」


 シンは口篭りながら納得しない。こいつも頑固なやつだな。


「また礼儀か?」

「……いえ」


 シンは恥ずかしそうに頭を掻きながら続けた。


「実は俺、字は読めるんですけど、親父と二人で色々な国を飛び回ってたので、ろくに学校にも行ったことがなくて歴史が分からないんです。だから、シエン様の世界のことも種族のこともよく分からなくて、なんとなく神々しいイメージがあるので、様をつけてしまうんです」


 そういうことか。寿命の短い人間にとって長く生きることが崇めるに値するのかは分からないが、昔どこかの民族神話を読んだ時に、俺たちの種族が神の使いだと記されてたことを思い出した。


「分かった。じゃあ隣町に着くまで俺が知り得る俺の世界とシンの世界について教えよう」


 シンは褒められた犬みたいに、目をきらきらさせて俺を見つめる。


 しっぽが見えそうだな。



 俺が住む世界と人間が住む世界は、ひとつの海で隔てられている。それも、左右ではなく()()にだ。人間の住む世界はクラルテ、俺が住む世界はテネブルと呼ばれている。テネブルは、クラルテの上に存在する。テネブルの中心には大きな穴が空いていて、そこから海が流れ落ちる。その海はクラルテの海と繋がっていて、クラルテもまた世界の中心に海がある。俺たちは今、そのドーナツ型の世界の北西にいる。

 テネブルには大きく分けて二つの種族がいる。一つは俺の種族である精霊族とその守護者だ。精霊族は、二つの世界のあらゆる生命の安定を守っている。もう一つは、魔族だ。魔族は破壊と暴力を繰り返す。奴らはそうすることでしか快楽を感じることができない。つまり、それが奴らの生きる意味なのだ。


「そして、クラルテに住む種族が、俺たち人間なんですね」

「そうだ」


 人間が誕生したのは、魔族と精霊族よりもあとのことだ。人間が誕生した理由は、テネブルに溜まった魔力を循環させるためである。ある時から魔族の勢いは増していき、精霊族の力を上回った。過剰な闇魔力の放出により、テネブルは魔力飽和を起こし、生命の均衡は揺らぎつつあった。そこで、この世の絶対である女神エウラは、テネブルの中心を開き、その下に土地を作り、人間を置いた。人間は新たな土地で生活をはじめ、さらに新たな生命を育むことでクラルテは一つの「世界」となった。こうやって二つの世界は、お互いに不可欠なものになる。


「なるほど。今までテネブルがどんなのか分からなかったんですけど、テネブルにも海があるんですね。ていうか、なんで浮いてるんですか?」


「それは、まだよく分かっていない。女神様の力は俺たちも解明できていないことが多いんだ」


「そうなんですね。そういえば、むかしクラルテとテネブルって戦争してましたよね?今は和平条約結んでるけど」


「そうだ。今みたいに平和的に行き来出来るようになったのは、ここ二百年辺りからだ」


 テネブルとクラルテの戦争と言っても、人間が魔族の侵略を食い止めるクラルテの防衛戦であった。


「なんで和平条約を結んだんですか?魔族はクラルテ一部を侵略するくらい押してたんですよね?」


「そうだ。だが、それが原因の一つで和平条約を結んだとも言える」


「どういうことですか?」


「クラルテが元々できたことを考えると、魔族の力が大きくなればなるほど世界が壊れてしまう。魔族は生命を育てることが出来ないからクラルテを侵略しても、ただ土地を枯らすだけだった。それを危惧した精霊族が、クラルテの救済に動いた。魔族の魔王五人とコンタクトを取って、これ以上の侵略をやめることを要求した。魔族側の承諾を得るのには時間がかかったが、魔族側の条件を呑むことで交渉は成立した」


「条件って?」


「魔族が侵略した土地は返還せず、そこに魔族を住まわせることだ」


 シンの目が剣呑になる。


「東にあるダークタウンですね」


 顔をしかめるのも無理はない。あの場所は人間にとって脅威であり、忌むべき場所だ。


「ああ。そこに魔族の土地を置くことで、奴らはいつでもクラルテを蹂躙できると思ってる」

「そんなこと、許されていいわけがない」


 今度は明確な感情を露にした。


「そのために精霊族と人間は互いに協力関係を結んでいる。さっきも話したが、生命を育むことが出来るのは精霊族と人間だけであり、精霊族は特にその力が強い」


「魔法を使えるからですか?」


「ああ。闇魔法を使う魔族と違って、精霊族は光魔法を使える。光魔法は主に、対象の回復や成長を促すことが出来る。そして、光魔法は魔族にとって毒だ。光魔法で攻撃すれば、少しの魔力で魔族を葬ることが出来る。魔族からそれぞれの世界を守るために、精霊族(俺たち)は、人間にもこの力を与えようとした。だから、和平条約を結んで種族間で結婚することになったんだ」


「そういうことだったんですね。大まかには聞いたことがありましたが、初めて知ることも多いですね。でも、精霊族との結婚って、普通貴族がしますよね。なんで平民のエルダとなんですか?」


 シンは、ただ疑問を聞いただけだ。それなのに、その目は異様に静かだった。



「それは、彼女が普通の人間よりも魔力を持っているからだ。正確に言えば、魔力に対しての抗体があると言える」


「抗体って?」


「精霊族と人間の間に子ができると、一番負担になるのは母親だ。精霊と人間は近しいと言っても精霊は生まれつき膨大な魔力を持っていて、それを身体の中で循環させている。実は、人間も魔力を身体の中で循環させているが、かなり微量でどうこうできるほどではない。だから、大きな魔力を持った子供を母親が宿すと、身体に負担がかかり、 衰弱してしまうんだ。しかし、稀に、人間の割に魔力量が多い人間が存在する。魔法使いはその最たる者だな。あとは、魔法使いと結婚していた貴族の家系だったり、その遠い親戚だったりな」


「じゃあ、エルダは魔法使いってことですか?」

「それはないだろう。彼女からは微量の魔力しか感じなかった。子を宿すだけなら問題ない程だがな。遠い親戚に魔法使いがいるんじゃないか?」

「そうなんですかね」


 俯きながらそうつぶやくシンはどこか淋しげだ。


「そういえば、エルダとはどんな関係なんだ?」

「俺とエルダは幼馴染です。小さい頃は母親と二人でエルダの家の近くで暮らしてたんです。よく森に行って遊んでました。大きくなってからは親父の仕事を手伝ってたからそんなに会ってないですけど。だから、久々に会った時、あいつから結婚するって……しかも、精霊様とって聞いた時は心底驚きましたよ」


「そうか。精霊と結婚なんて人間にとってはおとぎ話みたいなものだしな」

「……そうですね。」


 それからしばらくシンは口を開かなかった。



 

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