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君を辿る物語  作者: ミツル
対岸の世界
2/7

2

 


 モルガンは以前会った時と同じ姿を確認して安堵すると応接間に案内した。

 部屋は十畳程の広さで、テーブルがひとつとソファが向かい合う形で並んでいる。正方形に四つに区切られた大きな窓が二つあり、部屋の隅には小さな棚と花瓶に花が飾られている。


「狭い部屋で申し訳ございません。どうぞおかげになってください。今、お茶をお持ちします」


 いきなり尋ねてきたのはこちらだと言うのに、相変わらず腰の低い人だ。まあ、婚約者(自分の娘)が失踪したことが原因で来ているのだから、無下にはできないだろうが。考えてみれば、理不尽なことをしているのはあちらなのだから、下手をしたら殴り込まれてもおかしくはないと思っていたのかもしれない。尤も、理不尽と言えば、国同士が決めたこの婚約自体だが。


「お夕食はされましたか?」


 妻のマリーからお茶を受け取り、こちらの様子を伺うように慎重に俺の前に置いた。


「私たちは人間ほど食事をしないので、お気になさらず。むしろ夕食時にお邪魔してしまい申し訳ないです。先にお食事をお済ませ下さい」


「そうなのですね。こちらもちょうど食べ終わったところだったんですよ」


「それなら良かったです」


 互いに気まずさを紛らわせるために微笑みながら話す。だが、こういう気を遣う会話は得意ではない。


「では、さっそく本題に入らせていただいてもよろしいですか?」


 俺は、柔和な笑みを浮かべながらも声を一回り低くする。

 向かいの部屋からはカチャカチャと食器をならす音が聞こえる。さっきまでとは打って変わって、部屋には緊張が走った。


「はい」


 モルガンは不安げにこちらの様子を伺いながらも強く見つめ返してきた。


「何故、エルダさんは姿を消したのでしょうか?」


 長ったらしい過程や感情は置いておいて、彼女の真意を知りたかった。これからのことは、返答によって決めるつもりだ。


 再び静寂が部屋を包んだ。


「それが……私たちにもよく分からないのです」


 期待していた正確な答えが聞けず内心うんざりしたが、想定内の返答だった。モルガンは重い口を開き、ぽつりぽつりと続きを話し出した。


「エルダがいなくなる前の数日間を遡って考えてみたのですが、あの子はいつもと変わった様子はありませんでした。無論、シエン様との結婚に対しても不満は持っていませんでした」


 そんなことがあるだろうか。何処の馬の骨とも分からない異界の男と突然結婚を決められ、不満を持たないものなどいない。それは、親であるモルガンも思っている筈だ。


「では、何か事件に巻き込まれた可能性は? 」

「それも考えたのですが……、エルダの机にこれがあったのです」


 モルガンはポケットから紙切れを出す。





『シエン様へ


  突然姿を消すことをお許し下さい。

  私は最北の国カルティラに向かっています。

  結婚式は雪の降る幻想的な場所で挙げたい

  です。お越しの際は、魔法を使わず人間と同

  じように来て下さい。

  それでは、お待ちしております。


                    エルダ』





 なんともふざけた文である。自分からいなくなったかと思えば結婚式の場所まで指定して、挙句の果てに魔法を使わず来いなどと。早くても三ヶ月はかかるはずだ。しかし、筆跡は彼女のもので間違いはないだろう。一年間の文通で彼女の文字の癖は覚えている。

 俺の機嫌を察してか、察せずともモルガンの顔は青ざめている。


「本当になんとお詫びしたらよいか。子供の出来心だからなどとは言いません。全ては私の目が届かなかったせいです。この責任は私が全て取ります。なので、どうか家族だけは見逃していただきたい」


 このとおりだと言わんばかりにモルガンは頭を深々と下げた。

 正直この手紙には面食らったが、彼女の行方が分かり、本当に結婚の意思が残っているのなら大きな障害は無い。多少結婚の時期はズレるが、かかって四ヶ月だろう。


「頭を上げてください、モルガン殿」


 そう言っても一向に上げようとしない。

 いや、上げられないのか。国同士の約束を反故にするということは、本人だけでなく一族諸共消される可能性がある。易々と頭を上げるなどできないだろう。


「とりあえず、エルダさんが事件に巻き込まれた訳では無いことを知れて安心しました。捜索隊は出されたのですか?確か、彼女が失踪してから二週間ほどたっているはずですが」


 モルガンは顔を上げた。以前として顔色は悪く、眉尻は下がり目は下を向いている。


「はい、メモを見つけてすぐ、町の警備隊に報告してカルティラに行く経路を辿らせましたが一向に見つかず……」

「誰か一緒について行った様子は?」

「私の知る限りではいません」


 メモを見つけてからすぐならば、まだそんなに遠くに行っていなかった筈だ。仮に馬車を借りたとしても警備隊の馬が追いつく。それならば、何者かが手引きしていると考えるのが妥当だろう。


「分かりました。彼女がカルティラに向かっているなら、私も後を追おうと思います」


 憤怒も動揺もない俺の様子に驚いたのだろう。彼はパッと頭を上げ、目を丸くしポカンと口を開けていた。


「……本当にいいのですか?」

「はい。ですが、エルダさんを見つけるにしろ、結婚の時期は遅れると思います。なので、国王には彼女が流行病にかかったとでも言って式を遅らせてもらいたいです。こちらの王には私から伝えておきます」


 モルガンは未だに信じられないというような顔で、俺の目を見つめている。死を覚悟していたのだから無理もないか。


「モルガン殿?」


 俺が声をかけると彼はハッとして我に返った。


「その……寛大なご提案ありがとうございます。しかし、結婚を伸ばしたとして、恐らく四ヶ月はかかると思いますが……」

「たったの四ヶ月ですよ」


 依然として微笑みを崩さず答える。

 そう、たった四ヶ月だ。

 なんなら、一年だって大した差ではない。何千年と生きる俺にとっては、人間で言う数日とさほど変わりないのである。


「結婚を前にして花嫁がマリッジブルーになることは、人間ではよくあるでしょう。これでも人間との結婚は三度目ですので、理解はしているつもりです」


 そういった矢先、一言余計だったと思った。

 俺たちの種族は、長く生きる中で数度の結婚は珍しくない。だが、人間の女性の場合、結婚は一度がほとんどで、さらに三番目の妻となるといい気はしないだろう。

 俺は咳払いをして、先程の失言を払拭するように続けた。


「私としても、将来妻になるエルダさんの心情に配慮が足りなかったと反省しております。必ず連れ戻すとお約束します」


 彼女との関係は悪くなかったはずだ。むしろ、良すぎたんだ。

 一人目の妻は、貴族の娘でプライドの高い生粋の貴族という感じだった。異界の者と結婚することに嫌悪を隠さず、俺を遠ざけた。結果として結婚はできたが、形だけで、結婚後ほとんど会話をした記憶がない。二人目の妻は、商家の娘で穏やかできだてのいい娘だった。彼女には既に心に決めた相手がいたが、国の命令には逆らえず、一事は相手の男と心中まで考えていた。当時は、やむを得ないという形で結婚したが、数年経って彼女もすっかり大人になり、彼女から近づくことも増えた。さらに、子供もできたことで結婚前の危うさはなくなった。ただ、彼女が息を引き取るその時まで、夫として最低限のことしかできなかったと思う。


 だから、結婚にいい思い出はない。


 そう考えると、三人目の妻になるエルダは、結婚に対して文句のひとつも言わず、月に一度手紙を送り、歩み寄ろうとしていたように思える。過去の出来事から目を逸らして、何も言わない彼女に俺は甘えていたのだろう。異なる種族同士が共存することが易しくはないことは、痛いほど分かっていたのに。

 どちらにしても、この件をそのまま報告して後で面倒なことになるのはごめんだ。ここは大人しく彼女を探し出して、穏便に結婚するのがいいだろう。


 時間は余るほどある。


「なんと寛大で慈悲深いお方だ……! 貴方が娘の婚約者で本当に良かった」


 モルガンは涙ぐみながら言った。これは本心だろう。皮肉なことだが、このような状況にならなければ心からそんな風に思うことはなかっただろうが。


「とんでもないです。さっそく明日から捜索したいと考えております。なので、本日は一晩泊めていただけませんか?」

「もちろんです。何もない家ですが、ゆっくりおやすみください」

「ありがとうございます」

「ただ、客室用の部屋の片付けがされていないので、お休みいただく部屋がエルダの部屋になってしまうのですが…よろしいでしょうか?」

「私は構いませんよ」

 と言ったものの、結婚前の相手の部屋で過ごすことに、罪悪感を感じずにはいれなかった。




********


 部屋は、二階に上った突き当たりにあった。左右の部屋にはエルダの弟と妹の部屋がある。ドアを開くと、微かにやわらかい香りがした。入って正面と左側に窓があり、近くにベッドがあった。


「シエン様にはエルダのベッドは少し小さいかもしれませんね」

「一晩だけですし、ご用意していただけるだけありがたいです」


 一通り部屋のことを教えられると、モルガンは風呂の準備をしに行った。

 中央にあるひとりがけのソファに身を任せると、急に疲れを感じた。移動が大半だったが、二つの世界を行き来したことで体力を使ったのだろう。風呂に呼ばれるまで暇だし、部屋を見てみるか。もちろん、引き出しを開けたりはしない。ただ見るだけだ。

 部屋にはベッドの他に、勉強机、本棚、タンス、立ち見とひとりがけのソファとテーブルがある。特に変わった物が置いているわけではないが、一点――ドレッサーが目に付いた。シンプルな作りであるが、真白な塗料に、所々銀の装飾がされたそれは、平民の娘が持つものとしては違和感を感じる。

 誰か、特別な相手からでも贈られたのだろうか。彼女にも想いを寄せる相手がいてもおかしくはない。

 改めて見渡してみると、埃ひとつなく、綺麗に整頓された部屋は、一人部屋にしては広く感じた。


 俺と結婚しても、きっと彼女はこの部屋で一人で過ごすことになるだろう。




********


 風呂から上がり、寝る前に明日の支度をしていると、廊下から軽い足音が聞こえた。足音は部屋の前で止まったが、一向にドアをノックする音は聞こえない。

 夜遅くに一体誰だ?

 音を立てずにゆっくりとドアに近づく。

 慎重に取っ手を握り、素早くドアを開く。


「「わっ!!」」


 目線の先には誰もいなかった――が、足元から小さな声が聞こえた。目線を下に移すと、子供が二人いる。小さな子が男の子で、一回り大きい子は女の子のようだ。

 二人ともバツが悪そうに俯いている。


「……君たちは?」


 そう聞くと、男の子の目にみるみるうちに涙が溜まっていく。


「うわあぁぁぁぁん!」


「こら! 泣いちゃダメ!! お父さんにバレちゃうじゃない!」


 女の子は男の子を嗜めながら、顔を覆うように抱きしめている。

 俺は目を白黒させた。

 一体誰なんだ。エルダには妹と弟がいると聞いていたが、この子たちか?というか、何で突然泣くんだ。

 なんだか悪いことをした気分だ。


「君たち、もしかしてエルダさんの妹弟かな?」

 今度はなるべく笑顔を意識して話した。

「……はい」


 女の子が答える。


「お名前は?」

「私は、ナーシャです。弟は、ラオル」


 ラオルはまだ鼻をすすっているが、ナーシャは答えてくれた。


「そうか。はじめまして、ナーシャ、ラオル。俺は、シエン・ジェラール。君たちのお姉さんの婚約者だ」

「知ってます」

「……そうか」


 姉の婚約者に興味でも湧いて見に来たのだろうか。


「ここにはどうしているのかな?」


 にこやかに、決して責め立てていると感じさせないように聞いた。


「お、お姉ちゃんをきらいにならないで!」


 突然ラオルが叫んだ。


「お姉ちゃんは勝手にでていっちゃたけど、帰ってくるって…、お兄さんのこときらいになったわけじゃないから、だから……ぐすっ……」

「お姉ちゃんを見つけたら魔族に引き渡すんですか?! お姉ちゃんのこと、傷つけないでください!!」


 ラオルに釣られたのか、ナーシャも感情を強く表に出した。口々に叫ばれて頭の中がぐちゃぐちゃになる。


 子供と会話したのなんて何十年…いや、何百年ぶりだ?


 足元で声が止まない。

 そうか、目線を合わせて話していなかった。

 俺はしゃがんで二人の顔を見つめた。二人と距離が近づく。すると、ナーシャはラオルをかばうように前に出た。


「ダメ! ラオルのことも傷つけちゃダメ!!」


 ラオルを守ろうと小さな体を必死に広げている。それを見てラオルはまた泣きだした。

 もはや手のつけようがない。

 俺は困り果てて深いため息をついた。

 そうこうしていると、階段から足音が聞こえた。


「お前たち!何をしているんだ!」


 見ると、モルガンが血相を変えて駆け寄ってくる。


「シエン様、この子達がなにかご無礼を……」


 状況から見るに、無礼を働いたのは俺のように見えると思うが……。


「いえ、たまたま廊下で会って、驚かせてしまったみたいで。何しろ、私と会うのは今日が初めてなので、動揺してしまうのも無理はないかと」


 本当はこの子たちの方から来たのだが、言えば叱られてしまうだろう。

 再び二人に向き合う。


「とにかく、エルダさんを傷つけるようなことはしない。無事に連れ戻すと約束する」


 視線が交差した。

 まだ恐れの色が残っているが、しっかりと目を合わせてくれた。今はとにかく安心してもらいたい。


「うん、約束だから」


 ラオルが小さく呟いた。

 二人ともまだ十歳にもなっていないはずだ。

 彼女は勇敢で優しい妹弟をもったな。



 モルガンは軽く二人に注意すると部屋に入れた。俺もそろそろ寝ないとな。明日から数ヶ月の旅になる。俺の体よりも二回り小さいベッドに身を縮めながら、ふとエルダのことを考えた。

 彼女は今、ベッドで寝れているのだろうか。気温は低くないとはいえ、か弱い彼女が野宿に耐えられるとは思えない。今まで、寝る前にエルダのことを考えたことはなかった。だが、今夜は彼女のベッドに寝ているからか――彼女が頭から離れなかった。



 

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