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第十三話 うしろの正面、狐の面(六)

 女学校の図書室には芳子に聞いたとおり、カウンター近くにある棚の裏は人目にはつきにくい。一番下の棚には学園史が収まっている。

 その本に時間と会いたい場所を書いた花の栞を直は挟むと、兄さまと顔を見合わせた。

 約束通りの時間に待ち合わせの場所にいた彼は、直と兄さまをみて、抑制のない声で告げる。

「探ってたのは、やっぱり、きみ達でしたか」

「白鳥家、久子付きの三郎と言ったか。お前に聞きたいことがある」

「いいですよ。ここでは目立ちますし、場所を変えましょうか」

 三郎と共に誰もいない教室へと入っても、彼は逃げだす様子をみせない。彼は椅子に座ると、直たちにも椅子に座ることを勧めてきた。こっそり、彼を狐の窓でみても、彼の姿が変わることはない。

「私が蕗谷の人間だって知ったん来たんですよね?」

「三郎さん。あなた、ぼくが探っているのを知って、わざとぼくに教えたんじゃないですか?」

 まさかと三郎は肩を竦めた。

「あなた達の方で大体の察しがついている通り、私とキヨ、清子は同じ家で育ったきょうだいのようなものです。兄さんから『逃げろ』と言われ、あの屑の家から逃れたあと、清子は浅野家の養子となり、私は久子さま付きとなりました」

「どうして、女学校で薬を流通させたんだ?」

「金が欲しかったからですよ。これ以上の理由がありますか? 清子に薬を売っていることを知られて、私が彼女を殺めました」

 三郎は両手首をつけると、兄さまの方に手をやる。

「犯人は私です。どうぞ、捕まえてください」

 淡々と口にする三郎に兄さまは首を振った。兄さまも三郎が本当のことを話していないと判断したのだろう。

「あの、三郎さん。芳子さんってご存じですか?」

「あぁ、あのうるさいご令嬢ですか」

『彼女がどうしたのか』と問いてくる三郎に芳子から聞いた、キヨには久子以外に大切に思う人がいたのだと話す。大切な人とは、彼、三郎のことだったのではないだろうか?

「嘘を言わないでくれますか? 清子にとって大切なのはお嬢さまですよ?」

「でも、芳子さんはキヨさんは久子さまの行為を迷惑に思っていたと言ってました」

「嘘だ‼︎」

「……三郎さん?」

「屑同様、俺の血を使えば他人の命を死にやれることが分かった白鳥家は、俺を使って学内で商売を始めやがった。あの女は助けてくれるどころか、久子に媚を売ったんだ。俺は『助けて』って、あいつに言ったのに」

「やっと、面白い話が聞けたね」

 兄さまは口元を綻ばすが、それが彼の癇癪に火をつける。

「面白い? 直、そいつの血は青いのか? 結婚が決まったっていう清子は、彼女を詰る久子の前で、俺が使われた薬を取り出した。そして、久子と取引をしたんだ。『だったら、あなたの物になるから、俺を家から解放して』って。あいつが遺したのは、よりにもよって勿忘草だ。それを見た久子は可笑しくなって、それを喰ったよ。アハハ! なにが忘れないでねだ」

 目から涙を流しながらも、三郎はなにかを呟いた。

『忘れられたら、よかったのに』

 唇の動きで彼の言葉を直が読み終えると、彼は虚空をみつめて綺麗な笑みを浮かべる。咄嗟に直は兄さまの名前を口にした。

「兄さま!」

 自分のズボンのポケットの中から小瓶を取り出し、口にしようとした三郎の手を、もとの姿に戻った兄さまが喰らいつく。小瓶を落とし、自分の手があった場所から血が流れることも気にしないで三郎は直を睨みつけた。

「どうして、清子のところに行かせてくれないんだ!」

「だって、彼女は三郎さんに『忘れないで』って言ったんだろう?」

「……ああ」

「だったら、三郎さんが生きて、彼女を覚えてなくちゃ駄目だよ」

 真剣な表情で伝える直に、三郎は乞う。

「なら、ひとつだけ、お前に頼んでもいいか?」

「ぼくにできることなら」

「『生きて』って言ってくれないか?」

 思いもよらない願いに瞬きをすると、三郎に清子の想いが伝わるように、直は告げた。

「生きてよ、三郎」

「ああ、姉さん。俺は姉さんの分も生きるよ」

 兄さまはまずいものを喰らったように、ペッと三郎の手を吐き出した。

「おいっ、小僧。十二階に急ぐぞ。まだ、お前の手は繋げられるし、詳しい話を聞かなくちゃいけない」

「……分かりました」

 青白い顔をしながらも、三郎は頷いた。

 兄さまの部下に医療技術に優れた隊員がいるらしい。三郎は彼の手によって縫合されると、以前のように動きにくくはなったものの、手を失うことはなかった。



 後日。兄さまから聞いた、三郎が語らなかった話だ。 

 研究者であった三郎の父は息子の血液が普通の子とは違うことに気づき、その血液を医療に利用出来ないかと考えたらしい。彼の研究内容に興味を抱いた白鳥家が研究内容に多額の額を投資する。

 研究を進めていく内に、三郎の血液から作られる薬は医療を発展させるどころか、人を死なせる毒薬だと気づいた父は放火に見せかけて、研究内容の全てを燃やしてしまった。

 しかし、息子は一緒に殺めることが出来なかったらしい。その後は三郎の語った通り、慈善家の家で生活をしたあとで、三郎を探していた白鳥家に引き取られる。

 白鳥家の当主から父に研究費用として、莫大な金を渡していたことを聞かされた三郎は薬を作ると当主に渡し、女学校でも借金を減らす為に、薬を欲しい生徒がいれば栞のやりとりで渡していたらしい。

 慈善家から別々に逃げたたあと、三郎は清子がどうなったのかは知らなかったが、女学校で『キヨ』として再び、出会えば図書館の栞を使って、会っていたということだった。

「じゃあ、久子さまがキヨさんを好きだったっていうのは」

「三角関係だな。三郎はキヨが久子のことを愛したからこそ、自分を裏切ったと思ったらしい。キヨは三郎のことを思って、独占欲の強かった久子のことを好きな振りをしていた」

「キヨさんの結婚相手は?」

「歳の離れた相手の後妻だったらしいな。そのこともあり、ふたりの前でキヨは薬を飲んだのかもしれないが、彼女がいない今は推しあてるしかない」

「……久子さまはどうなるのでしょう」

 自分でキヨを食しながらも、彼女がいなくなったと思っていた彼女だ。キヨがいなくなったとき、彼女の心も壊れてしまったのだろう。

「婚約破棄をして病院で静養するらしい。白鳥家にもなにかしらの沙汰があるだろう」

「そうですか」

 今回の事件でよかったことは、兄さまが変質しなかったことだけだろう。三郎が自分に大切な言葉は伝えた方がいいと言ったのは、自分のことがあったからなのかもしれない。

「兄さま。ぼくは亡くなっても、花にはならないですよね?」

「直はあちら側の人間だからな。こちらの人間とは違って、なにも残らない」

「そうですか」

 もしも、直が元々、この世界の人間で兄さまに花となって言葉を遺せるとしたら、どんな花になるのだろうと考える。

「花言葉なんて信じていなかったんです。だって、言いたい者勝ちじゃないですか。けど、今は最期のときに言葉を遺せるこの世界の人々を少しだけ、うらやましく思います」

「……そうか」

「だから、花になって遺せない分、兄さまとはたくさん、話さないといけないと思うんです。例えば、この請求書のこととか」

 直が兄さまに請求書を見せると、彼の目は泳ぐ。ワンコさんから今回の経費だと兄さまから渡されたと言われたが、なにか知っているかと渡されたが、直はこんなにお金を使った覚えはない。

 自分がみていない間に、兄さまが散財したのだろう。

「新作の私に似合いそうな服が売っていて」

「……兄さま」

「それに」

「兄さま!」

「わ、わかった。――には、私の給与から差し引いてもらうように伝える」

「ぼくが見張ってないと、本当に兄さまは駄目になりましたね。兄さまがだらしないせいで、ぼくはこの世界に残るんですからね?」

 元の世界に帰りたいと思う日もあるかもしれないが、直は兄さまと事件を解決しながらも、こうした何気ない日々を過ごしていくのだろう。

 その場に佇んでしまった兄さまを、直が振り返れば、彼の唇が綺麗な弧を描いた。

 数多くある作品の中からお読み頂き、有難うございます。よろしければ、ブクマや評価を頂ければ、嬉しいです。

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