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第十二話 うしろの正面、狐の面(五)

 職場に繋がる店の主人が持っているコップに、棚から取り出したある銘柄の酒を注いでいく。そうすれば職場に繋がる扉とは異なり、今まで起こった事件が纏められている部屋が開かれる。あまり、使われていない部屋だからなのか、埃っぽさに、直は咳こみつつも棚を探していく。

 過去、事件があった新聞記事が纏められているファイルを手に取ると、ある人の歳を逆算して割り出して、その年代の記事をみれば、直の予想は当たっていた。

『放火か⁉︎ 研究者として有名だった蕗谷氏の屋敷が燃えたと、近隣住人からの通報があった。残念ながら、蕗谷氏と御夫人と共に焼死。息子は行方不明』

 以前、ワンコさんが話していた慈善家の被害者たちの名前も調べてみれば、『清子』の名前も記載がある。

 扉の叩く音にそちらを直がそちらに顔を向ければ、ワンコさんが扉に背を預けていた。

「ワンコさんが書庫にくるなんて珍しいですね」

「あいつに泣きつかれたんだ。直が反抗期だってな」

「……反抗期ですか」

 兄さまからしてみれば、直との仲違いの理由は反抗期に分類されてしまうらしい。

「仲直り、出来ないのか?」

「ワンコさん。僕、まだ迷ってるんです。この世界にいるか、元の世界に帰るか」

「そうか」

 直が元の世界に帰るということは、この世界を壊してしまうことになるのに、ワンコさんの返事は兄さま同様、呆気ないものだ。

「ワンコさんも『帰らないでくれ』って言わないんですね」

「直はおチビの頃よりは成長したと思ったが、まだまだ、お子さまだなぁ」

 ワンコさんの楽しげな言葉に、直は頬を膨らませる。ワンコさんを含め花影の皆の歳は分からないが、孫のような態度で直を扱う。

「あいつに『帰らないでくれ』って言われたかったんだろう? お前も知っているが、俺よりも――の方が、人間の感情に疎い……って、直?」

 ワンコさんの思ってもいなかった言葉に、直は顔はじょじょに赤くなっていく。これでは、彼の言っている通り、拗ねているのと変わりない。ワンコさんは直が恥じらいを覚えた理由に気づくと、意地悪そうに唇を上げる。

「俺で良ければ言ってやろうか? あーっ、直、帰らないで……」

 直はワンコさんの面の口を両手で塞ぐが、これは意味があるのだろうか。

「ふたりして楽しそうじゃないか」

 少しだけ、不満を混えた声の方向をみれば、つまらなそうな顔をしている白い狐の面と目が合う。

「……兄さま」

 ほらっ、とワンコさんに背を押されて、直は首を上に上げる。

「あの、兄さまは、ぼくが元の世界に帰ったら、寂しいですか?」

 どうして、そんなことを聞かれるのかが分からないように、兄さまは小首を傾げた。

「寂しいけれど。それがどうしたんだ?」

 直がワンコさんの方を向けば、呆れたような顔をした。

「なぁ、兄弟。未だに人というものが、分からないようだな」

「――になら分かるのか? 直、言いたいことがあれば言ってくれ。私は言われなければ、お前がどうしたいのかまでは分からない」

「兄さまは、元の世界にぼくが帰る選択をすれば、兄さまの真名を壊して帰るということは知ってますよね?」

「ああ」

「兎さんも言っていましたが、兄さまとワンコさんはこの世界にとっての特別な役割があります。兄さまの真名をぼくが壊すことは、この世界を壊してしまうことと変わりないのに、どうして、帰るなと言わないんですか? 世界が壊れてしまうかもしれないのに」

「私はこの世界を大切にしてない管理者だからな」

「は、はい⁉︎」

「上司から任されてはいるから管理はするが、壊れたなら壊れたで、私は仕方がないと思っている。どの世界にも言えることだが、始まりがあるからこそ、終わりも存在する。私からしてみれば、私の周りにいる人が安穏で過ごす為に、こんな面倒なことを引き受けているわけだ。だから、直にも好きにしろと言ったんだよ」

 なにか自分は間違っていることを言ったのだろうかと不安げにこちらを見てくる兄さまに対し、兄さまの代わりに自分がこの世界の人々を守らなければいけないという気持ちが徐々に湧いてくる。

 兄さまの気まぐれで、自分の世界を見捨てられるなんて冗談じゃない。

「こういう奴だから、俺が――まで苦労をするんだ。こいつの本音なんて碌なもんじゃない」

「……兄さま、僕は帰りませんから‼︎」

「そう? 直が決意をしたのなら、私はそれを尊重しよう。そういえば、直はなにを探していたんだ?」

 直は兄さまとワンコさんに、新聞の記事を見せる。

「兄さま。慈善家事件の被害者だった『清子』さんって、女学校の『キヨ』さんと同一人物だと思うんです」

 兄さまに直は自分が思いついた仮説を口にする。

 まず、蕗谷家で火災の事件があった。その後、行方不明になっていた蕗谷少年は慈善家の家に引き取られるが青年が自分たちを逃してくれたことで、清子や他の子達と一緒に脱出する。

 その後、詳しい経由は不明だが、清子は名前を『キヨ』に変えて浅野家に。蕗谷少年も白鳥家に仕えることになった。

「なるほど」

「なので、三郎さんが今回の件に関係あるとは思うんですが、薬の件までは分からなくて」

「簡単じゃないか。三郎に話して貰えばいい」

「はい⁉︎」

「直のことだ。彼を呼ぶ為の方法も分かっているんだろう? その方法で誘き寄せればいい」

 数多くある作品の中からお読み頂き、有難うございます。よろしければ、ブクマや評価を頂ければ、嬉しいです。

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