言ってはならない言葉
休憩をとってすぐ、一行は進み始めた。
暗くなる前に安全な場所まで進みたいという。
わたしはできるだけ頑張って歩いた。すると、テオが立ち止まりわたしを抱き上げて歩き始めた。
「アメリア姫と何を話したんだ?」
テオの質問に答えたかったが、まさか、自分は本当のミアではない、とは言い出せなかった。
それよりも、本当のミアはどうしたのだろう。ミアという女の子は何者なんだろう。
アメリアが魔法が使えるというのであれば、この世界には魔法使いがたくさんいるかもしれなかった。
「アメリアは、しんぱいちなくていいよ、っていっちぇくれちゃの」
「そうか……」
テオも不思議な男の子だ。
きれいな黒髪に青い瞳の男の子。
マエストーソも碧眼ではあったが、テオの瞳は淡い青と深みのある濃いブルーが混ざりあい、珍しい瞳をしていた。
「テオのひとみ、とてもきれい」
そう言うと、テオの表情が翳った。
「とちたの?」
「この瞳のせいで、貴族だってすぐにバレる。みんな、何も言わないけれど、俺もミアも貴族だから、これからはもっと用心しないとダメだ」
え? わたしたちは貴族?
だから、絹のシャツやワンピースを着ていたんだ。でも、テオの背中の袋にはたくさんものが入っているようには見えなかった。
わたしが驚いているのを見て、テオが怪訝な顔をした。
「まさか、知らなかったのか? この国の人間が瞳で区別されていること。お前の青紫の瞳は特に珍しく、めったにいない。だから……」
テオはぐっと口を引き締めた。思い出したくないことでもあるのだろうか。
苦しげな顔をしたあとに続けた。
「瞳の色は、この戦争の引き金のひとつでもあるんだ」
幼いミアとテオが助けを求めて旅に出ているのは、何か深い事情がありそうだった。
「テオ、あたちがちゅいてるから」
「え?」
だって、わたしは外見は三歳でも中身は十六歳だもの。か弱く見えても中身は図太いのだ。見たところ、テオはわたしよりずっと年下だから、何かあったらわたしが守ってあげる。
どんっと小さな胸を叩いて見せた。
テオは呆気にとられた顔でいたが、肩を揺すってクックッと笑い始めた。
「知らなかったよ。ミアがこんなにも心強かったなんて」
「たよっちぇいいよ」
ドレンテであった時も好奇心旺盛な女の子で、まわりから変人のように見られていた。
マエストーソだけは、こんなわたしでも好きだと言ってくれた。優しくて温かい人。
マエストーソはどうしているだろう。わたしが消えて驚いているかもしれない。マエストーソがそばにいないなんて。
暗く考え始めてあわててそれを振り払った。
今は目の前のことに必死になるべきだ。
わたしはそうやって生きてきたもの。
「テオ、おちえて。とこと、とこか、ちぇんちょーちてるの?」
「……」
一瞬、テオが黙り込みわたしの言葉を考えているようだった。
「それは、キャクタス国が始めたことだから……」
キャクタス国。
その言葉を耳にしたとたん、わたしの腕にゾワッと鳥肌が立った。
「……あっ」
「しまった! 言っちゃいけなかったんだ!」
そう叫ぶと、テオはわたしを抱えたまま、アメリアのいる先頭にかけていった。
「アメリアっ。アメリア姫っ」
血相を変えたテオを見て、アメリアが身構えた。
「どうしたの?」
「ゴーレが襲ってくる」
「え?」
すると、急に空が暗くなり、見上げると黒い塊がどんどんこちらへ近づいてくるのが見えた。旅の一行はパニックになり悲鳴が上がる。
「みんな、走って。戦える人は剣をとって」
男たちが剣を抜いて身構え、女性と子供たちは荷物を捨てて走り始めた。
「テオっ、あなたはミアを守って」
「はい!」
アメリアに背を向けて、テオが走り始めた。
ゴーレが次々にアメリアの方へ向かってくる。アメリアは剣を構えて、ゴーレの黒い翼を切ったり、胴体を貫いたり、華麗な剣さばきであっという間に数体倒した。
しかし、まだ、空には旋回しているゴーレがいて、急降下してきた。
あの化け物はなんなのか。
「テオ、おちえて。あれはなんにゃにょ?」
「しゃべるなっ。舌を噛むぞっ」
あんな化け物を相手にアメリアが戦っているなんて。わたしは自分の無力さが悔しかった。
なんでこんなに小さいんだろう。
ううん。嘆いても仕方ない。今は安全な場所に逃げなきゃ。
わたしは振り落とされまいと必死でテオにしがみついた。
逃げている一行が森の中に入り、みんな、見えないように隠れて、息を潜めてじっとした。
すると、立ち向かったアメリアや男の人たちが、投げ出した荷物を持って追いついてきた。
被害は少なかったらしく、ケガをしている人はいなかった。
アメリアは、すぐさまテオを呼んだ。
「テオっ、どこにいるの? 聞きたいことがあるのっ」
テオは、わたしを抱いたままアメリアの方へ向かった。アメリアが、テオの肩をつかんだ。
「教えて! 何があったの。なぜ、ゴーレが襲ってきたのっ」
アメリアの気迫に押されて、テオが恐る恐る答えた。
「お、俺、言ってはならない国の名前を話してしまって、そしたら、ミアの腕に鳥肌が立って」
アメリアは目を見開いた。
「あなたは知っていたのね。言葉に出してはいけないって」
「うん……。俺たちの国では常識だから」
「その言葉はなに? 私に教えて」
「ミアに聞かれたんだ。戦争をしている国はどこかって」
「そう……。わかったわ」
アメリアはくこりとうなずいた。
「ひとつ謎がとけたわ。ゴーレが襲ってくる理由。ありがとうテオ、教えてくれて。これで、ゴーレから身を隠せるわ」
「どういうことですか?」
テオは、責められると思っていたのかもしれない。わたしも責任を感じていたが、どうやらアメリアは逆に考えていたようだった。
「ゴーレについては謎だらけなの。奴らが上空を旋回していることだけはわかっている。でも、襲ってくる理由がわからなかった。あなたの話でそれがわかったわ。ゴーレは私たちの恐怖を感じとっているのよ。そして、その口に出してはいけない言葉に反応するように魔法がかけられている。ありがとう。みんなに伝えるわ」
みんなは知っているんだ。
キャクタス国が戦争を始めた国だと。でも、わたしは何も知らない。
口に出してはいけなければ、どうやって知っていけばいいの?
ふと不安に駆られる。でもすぐに、その不安を振り払った。わからなければ調べればいい。
わからないってちゃんと伝えて、教えてもらう。
生き抜くにはそうやっていくしかない。
わたしはみんなに置いてきぼりにされないように唇を噛んだ。
ついていく。
何があっても。