2話 泉のほとりで眠る少女
・・・4年前・・・
いつものように小屋の手入れをしていると、森の中に何かを感じた。
魔物の禍々しさは無かったが、何かが『いる』。
俺の魔力は膨大だ。だからこそ、この『暗黒の森』で生きていける。
常時小屋の周囲直径150メルト程に地中を含む球形の結界を張っている。
普通はこれだけの結界を張るには術士が10人は必要だし常時張るのは不可能に近い。
この結界には隠蔽もかけてあるから空中からも簡単には見つからない。
そして常に半径千メルトほどの範囲に薄く索敵魔術を展開している。
力の弱い魔物は引っかからないが、ある程度大きな魔物ならすぐに感知できる。
感じたのは魔物の気配ではない。
…人か?
人が森に迷い込んだのであれば下手をすると森が荒れる。
魔物が人の気配を感じて集まり、食べた後に小屋の方へ集団で流れてくると厄介だ。
生きているなら村へ移動させるのが手っ取り早い。
持っていた鋤を片付け剣を持ち、気配を辿って森の奥へ奥へと歩いていく。
…やはりおかしい。魔物がいない。森が静かすぎる。動くものの気配がない。
そうして1時間ほど歩いた先に、ぽっかりと森が開けて小さな泉があった。
…こんなところに泉があったか…?
草をかき分けて泉に近づくと、そのほとりに人がうつ伏せに倒れているのが見えた。
…こんな森の奥に人が?子供……?
天から陽の光が差し込み泉の水面がきらきらと反射している。
サラリとした長い銀髪が裸の少女の肩から背中に流れ、まだ未熟な腰から尻へのラインが浮き出るように見えている。彼女の身体の周りは銀色の粉が振り撒かれたように輝いている。髪の間からわずかに見える顔はまだ年若い少女のもの。
息をするのも忘れてその場に立ちつくした。
ざあっという音とともに風が吹き、彼女の銀髪が風になびいて浮き上がり、キラキラと輝く。
…ピー、ピュイイー……
近くで聞こえた鳥の声に我に返った。
…生きているのか?
ゆっくりと少女に近づき、髪を払って頬に触れる。温かい。表情は苦しそうではなく、ただ眠っているようだ。
整った顔だちだがまだ子供だ。
なぜこんなところに?それも裸で。
他に人気は無い。索敵範囲を広げるが探知できる範囲に人はいない。少なくとも生きている人間はいない。死んでいればわからないが。
…人どころか、魔物も見当たらない。この森には弱い魔物はどこへ行ってもある程度はいる。何か強い魔物が近づいていて逃げたのかもしれない。早く連れ帰らなければ。強い魔物が来たら厄介だ。
着ていたマントを裸の少女にかけて抱き上げ、小屋へ向かって歩き出す。少女は存外軽く、温かな体温を伝えている。抱えて歩く間、少女は全く起きる気配がなかった。
小屋へ着き、一つしかないベッドに寝かせる。
被せていたマントをとり、毛布をかけてやる。マントに血はついていない。外傷はないようだ。うつぶせにして治癒魔法で内臓を確認していくが、内臓にも問題はなさそうだ。毒にやられたようでもない。
足に土がついていないということは、歩いて泉へ来たのではない。
攫われて捨てられた?ここは強い魔物がいる危険な森だ。普通人は来ない。
いずれにしてもよくあんな場所で魔物に食われずにいたものだ。こんな子供が……。
貴族の令嬢だろうか。
働く者の手足をしていないし、髪の手入れもされている。これだけ長い髪は裕福な証だ。高位貴族であれば髪の手入れをするための侍女を雇う夫人もいる。爪も綺麗にそろえられている。
傷一つない綺麗な身体だ。
……事情は目を覚ましたらわかるだろう。
眠り続ける少女を残して寝室を出た。
お読みいただきありがとうございました。
魔法についての設定はご都合主義です。あまり深くお考えいただきませんよう・・・
1メルト=1メートルくらい