5.離脱開始
いつも、真面目に慈善活動をしていた私。
下働き同然だから自分のドレスなんて数枚しか持っていないけど、母親とユナが毎シーズン凄い数を仕立てたり、購入したりするので、シーズンが終わると、大量のドレスを寄付しに行っていたのよね。
おかげで鞄を持って出かけると言っても、執事は疑問に思わなかったみたい。
麻袋は紐を通して腰に括り付け、スカートで隠す。
重いけど。
子爵家の馬車に乗り、孤児院に着くと御者に
夕刻過ぎに迎えに来るよう指示して、馬車を帰らせる。
何だかワクワクしてくる。
こんなに楽しいのは前世と今世合わせて37年で1番だ。
孤児院の横にある木立の影でアリスが服を持って来たドレスに着替える。
メイド服では目立つから。
「私たちは商家の姉妹って事にしましょう」
スキップしたくなるほど浮き立つけど、スカートの中の麻袋が重くて無理だ。
私とアリスは領都への道を歩き出したが、ふとアリスが慌て始める。
「お嬢様、この道はトーマ子爵領とアレン男爵領を繋ぐ一本道ですよ。ユナ様は今日アレン男爵家へ行かれてます。帰りはここを通るのでは」
アリスは恐怖で震えている。
この離脱というか逃亡を知ったら、あのユナがどんな残酷な手に出るかは簡単に予想がつく。
「取り敢えず、木立の中を歩いて行くしかないか」
この道、見通しが良すぎて、歩いていたら、いっぺんにバレちゃう。
軽いとはいえ、アリスには鞄も持たせているし。
「アリス、ごめんね。鞄だって持たせているのに」
木立の中を歩きながら、アリスに謝ると、
「お嬢様のスカートの中の方が重いですよ」
と笑って許してくれる。
優しい。
「アリス、これからは姉妹って事にするから、私のことは、ルナでお願いね」
「わかりました、お嬢様」
「いや、だからルナ」
「はい、ルナ」
6つ違いなのに、顔を赤らめて答えるアリスは本当に可愛らしい。
アリスも21か。
私を庇っているうちに嫁き遅れになってしまった。
王都に着いたら、絶対いい相手を探してあげなきゃ。
そんな事を考えて歩いていると、アレン男爵領から馬車の音が聞こえて来た。
「アリス、馬車が来る。木の陰に隠れよう」
私たちは急いで大きな木が何本か立っているその後ろで身を縮めて馬車が通り過ぎるのを待つ。
ガタガタガタと大きな音を立ててトーマ子爵家の家紋付馬車が走り抜けていく。
ホッとした次の瞬間、馬車が急停止する。
『な、なんでこんな所で停まるのよ』
心の中で悪態をつく。
御者のジョンが扉を開けるより早く、ユナが馬車から降りて辺りをキョロキョロ見回す。
「ユナお嬢様、どうされました」
ビクビクしながらジョンが聞いている。
ユナ怖いもんね、
わかるよ。
「何か違和感を感じたのよ」
違和感?すごいわ、馬車に乗ってるのに私の存在を感じたなら、マジ、エスパーだわ。
怖い、怖い、怖い、この女。
ジョンは困ったように当たりを見回していた
が、一瞬木陰から覗いている私と目が合っちゃった。
ヤバ。
ジョンはそっと目を逸らし、私たちに背を向けて仁王立ちしているユナに言った。
「何も変わった事はないようですが」
ありがとうーーージョン。
庇ってくれたのね。
屋敷ではいつも私の事、気の毒そうに見てたもんね。
ユナは、おかしいわね、と言って馬車に乗り込む。
ジョンは私たちに、小さく会釈をしてから、馬車を再び走らせて去って行った。
「ジョンさん、庇ってくださったのですね」
アリスの言葉に頷くと、ジョンに心の中でお礼を言って、また歩き出す。
やっと木立から出て道を進める。
良かった。
スカートの中がやたら重いので、ペンギンのような歩き方になってしまうが、早くしないと、追ってくる。
父親と母親はどうかわからないけど、あのユナは私が居なくなった事を知れば、必ず追ってくる。
そういう女だ。
「とにかく急ごう」
アリスと私はヨタヨタとアレン領都への道を歩き続けた。