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帝国陸軍第一支部シリーズ

ノットイコール

作者: ゼン

 グレースの母は、美しい。


 その母にそっくりなグレースは、言わずもがな自分が美しいと思っていた。


 そう、自惚れていた。


 あの言葉を聞くまでは。


『グレース? ああ、別に? あいつ、全然可愛くないって。近くで見たら大したことないし、我が儘で自分のこと可愛いって勘違いしてる痛い奴だよ。幼馴染だか何だか知らないけど、付き纏われて迷惑してるんだ。だからお前も近付かない方がいい』


 一つ年上の幼馴染で、グレースの好きな男の子──レオン・ヴァルコンの言葉だ。

 仲の良い男子で集まり話していた内容は、グレースを酷く傷付けた。


 父の仕事関係で集まった大きなパーティーでの出来事だった。

 仲良しのアーティとお揃いのドレスを着て、大人達に挨拶すれば皆二人をベタ褒めした。


『あら、可愛い』


 その言葉を至極当然に思っていた。

 お世辞だったのに、それを鵜呑みにして調子付いたのだ。



 アーティに手を引かれ、庭のベンチに座った二人はまるで通夜みたいな顔をしていたと思う。

 アーティには悪いことをした。完全に巻き添えである──こんな勘違いで痛い奴なんかのせいで。


 レオンに迷惑をかけていたなんて知らなかった。


 軍学校で寮生活をしている彼に週一で手紙を書いたり、夏季休暇と冬季休暇の帰省の際に遊びに連れて行ってもらったり、家に押し掛けたり……思い返せば、付き纏い(ストーカー)だ。



 この日から、グレースは着飾るのをやめ、レオンに一切近寄らなくなった。

 グレースは、アーティにこの出来事について箝口令(かんこうれい)を強いた。




「本当に行かない?」

「も〜! 私の娘なのに信じられな〜い!!」


 困った顔の父と、むくれた母がグレースに言う。


 あの出来事から二年、大好きだったお洒落も、パーティーの参加もしなくなった娘に両親は困っている──グレースは盛大に(こじ)らせていた。


 しかし、自分は『我が儘で自分のこと可愛いって勘違いしてる痛い奴』なので、家で大人しくしているのが一番良い。


「じゃあ、行ってくるね」


 父が、何か言いたげな母を連れて出て行くのを見送ったグレースは部屋に籠り本を読む。

 活字は良い。文字の世界に浸らせ、現実を忘れさせてくれる。



 ──レオンのあの日の言葉で、グレースは変わってしまった。



 二年前のことを引きずり過ぎる自分を馬鹿だとも思うが、平気な顔で彼に会うことなんて、もうできない。


 レオンは、今年(もうすぐ)十八歳になる。

 彼は軍学校を卒業し、帝国陸軍第一支部の第一番隊に配属された。


 軍のトップ、花形支部へ入隊した彼の人気は凄まじい。帝都中の女が彼を狙っているだろう。

 なんて言ったって、彼は肩書きに加えて顔もすこぶる良い。

 銀髪に琥珀色(アンバー)の瞳を持つ彼は、端正且つ男らしい顔をしている。

 背は高く、体は鍛えられていて女どころか男からも憧れられているような人物だ。


 机の上にあるゴシップ雑誌を開けば、彼がいる。第一支部に合格した男の特集ページは人気があるのだ。

 掲載されている彼は、冷たい表情をして近寄り難いが『そこが良い』らしい。

 分かるような分からないような……世間の評価というのは分からない。


 随分と差が開いたものだ。


 父同士が上司と部下で、母同士が大親友という間柄で幼い頃から親しくしていたのに、今では──


 そのうち彼の熱愛報道も、こんな下世話なゴシップ雑誌で知るのかと思うともやもやした気持ちになる。


 あんなことがあったのに、グレースが今もまだレオンを好きなんてことはない。

 もう二年だ、諦めは完全に付いている。


 ──ならば、なぜ彼が載っているゴシップ雑誌なんて買ったのか。


「……私って本当に『痛い奴』」


 グレースは、ぽそりと呟いてから雑誌をゴミ箱に丸めて捨てた。

 もう本を読む気持ちは萎え、グレースは不貞寝を決めた。






「え、お嬢さん(グレース)は、来てないんですか?」

「そうなの。あの子ったら新刊が出たから読みたいって言って聞かないの。暗いわよね~? 誰に似たのかしらね」


 パーティー会場で幼馴染の母親を見つけた時に生まれた期待は、消滅した。


 ──今日こそ会えると思ったのに。


 第一支部に入隊が決まった自分に祝いの言葉があるだろうと、謎の確信があった。

 しかし、そうはならなかった。祝いの言葉どころか、彼女は姿も見せてくれない。


 二年間、レオンはグレースに一度も会えていない。

 長期休みには、いの一番に会いに来てくれたのに、ぱったりなくなった。

 そして、手紙も来なくなった。


 彼女の誕生日をきっかけにレオンは毎年恒例のカードを送り、お礼の手紙が届いた時には心の底から安心した。

 だが、内容は他人行儀でいつものグレースの感じはなく、レオンの手紙に未だに返事はない。


 そうこうしているうちに、第一支部への入隊が決まり、長期休みを理由に会えなくなってしまった。


 本当に分からない──お手上げだ。


 グレースの母と別れると、第一支部の男狙いの女達がレオンに群がる。

 これが、グレースならいいのに。


 パーティーに彼女がいないのは、男達に変な目で見られなくていいが、自分も会えないとなると話は別だ。


「──アーティ!」


 言い寄る女達から逃れ、グレースの親友に駆け寄ると彼女は一緒にいる男の背中に隠れてしまった。


「おい、アーティが怖がるから、大声出すな」


 周囲を意識しているのか、声は穏やかだが目がまるで笑っていない男は、第一支部で第一番隊の一つ年上の先輩であり幼馴染のブレットだ。


 グレースが、ここにいれば幼馴染の図は完成したのに、二年前からグレースは姿を見せない。

 その理由をレオンは知りたい。


「ああ。大声出して悪かった。アーティ、久しぶりだな」

「うん」


 ほにゃ、と微笑む彼女はどうやら怒っていないらしい。

 これならグレースのことを聞けるかも知れない。


「なあ、ブレット、アーティのことちょっと貸してくれない?」

「はあ?」

「すぐ返す」

「用があるなら、ここで話せ」


 相変わらず、独占欲が酷い。

 これで「アーティは妹みたいなもんだ」と言うのだから驚きだ。弟しかいないくせに、何が妹だ。


 アーティがあわあわしながら、二人の幼馴染を見上げる。


 ブレットも、レオンに負けず劣らず見た目と肩書が目立つ男のなので、目立つのを好まないアーティはこの状況から逃げ出したい。

 そしてアーティはものではないので『貸す貸さない』の話はやめてほしい。


「……パパのとこ行く」

 アーティが困った時に思い浮かぶのは、十六になった今でも(パパ)である。

 (パパ)(ママ)のところに行って、三人でケーキを食べよう、そうしよう。


 しかしアーティの願いは叶わなかった。

 腕をブレットに掴まれ逃げれないのだ。


「……幼馴染で積もる話でもしようか、レオン()

「そうですね、ブレット()()

「わ、私、やだ……行きたくない」

「ケーキなら後で取ってきてやる」

「ほら、場所移動するぞ」

「やだよぅ……」


 アーティが嫌がるのを知らんぷりしながら、やや強引に歓談室に入る。


 テーブル席十五のうち、二席しか埋まっていない部屋に安堵したのはアーティだ。


「二人は人気あるんだから、人が多いところでこういうことやめてよ」

 席に着くなり、アーティは言いにくそうに男二人に文句を言う。


「なんでだ?」

「……」

 ブレットが、アーティの頬をむにっと摘みながら質問するが、彼女は答えない。


 そこで、レオンは気付いた。


 二年前、グレースは()()()()()()()()()()()()()のではないか?

 アーティが言われるのを恐れているようなことを言われ、レオンの前に現れなくなったのではないか、と。


「グレースがここ二年で急に大人しくなったのって、()()()()()()()()()()からか?」


「……」

 レオンの言葉に、アーティが恨めしい視線を寄越してきた。


「何だ、その目は」

「威嚇すんな、馬鹿」

「威嚇なんてしていない」


 これだから、ブレットを交えたくなかったのだ。例えアーティが悪かったとしても、この男は問答無用で『妹みたいな』彼女の味方だ。


「なあ、アーティは何か知ってるんだろ? 教えてくれないか?」

「でも、内緒ってグレースに言われてるから……」

「じゃあ、『内緒にすることを内緒』にしよう? な?」

「ばあーか。言いたくねえって言ってんだろが、しつけえな」

「あ?」

「んだよ、クソ餓鬼」

「……一年しか変わらない」

「一年()違うんだ、敬語使え」

「敬ってない奴に使えるかよ」


 ──子供みたいな言い方をするのも、怒りを煽るのも、どちらも女の子の憧れ男である。

 彼等は昔から()()だ。

 仲良く話していたと思ったら喧嘩するし、大人しくなったかと思えば、また別の誰かと喧嘩を始める。


 男の子って分からない。

 いつまでたっても子供である。


「っは! よく吠えるなあ、さすがワンコロ」

「……今日こそぶっ殺してやる」


 ジャケットを脱ぎ、腕まくりをして、ネクタイを放り投げている二人を横目に、アーティは談話室を急いで抜け出す。


 男子二人の喧嘩を止めてもらわねばならない!


「パパ!」


 アーティが呼ぶと、三人の男達が同時に振り返った──アーティの(パパ)と、ブレットの父とレオンの父だ。

 ブレットとレオンの父二人は、自身に娘がいないからかアーティとグレースを息子より可愛がる節がある。


「ブレットとレオンが喧嘩しそう……もう、してるかも」

「へえ?」

「ふうん?」


 此の親にして此の子あり、とでも言うのだろうか。


「レオンが勝って先輩の面目を潰すかもな」

「宅の坊ちゃんをブレットがボコボコにしてたらすみません」


 ブレットとレオンの父は、自分の息子の方が勝つと言い合い賭けを始めるので、頼れるのはアーティの(パパ)だけである。


「パパ……」

「大丈夫、分かってる。ママとケーキでも食べてきな。パパが二人のこと叱っておくよ」

「うん」


 やはり頼りになるのは(パパ)だ、と頭を撫でられながら思う。

 グレースの父も頼りになる。優しいし、温厚だし、笑顔が素敵だ。

 しかし、ブレットとレオンの父はダメだ。『いつまでたっても子供』の代表である。




 グレースがパーティに来なくなってから、アーティはつまらない。

 女学校の友人が一人も来ないパーティなので、グレースがいないと母や母の友人達に混ざるしかない。


 ブレットはレオンと顔を合わせなければ、普通に一緒にいれるが……どうせ喧嘩が始まってしまう。

 二人は第一番隊で所属部隊が同じなのに、あの調子で大丈夫なのだろうか。


 フォローが上手な親友(グレース)がここにいれば収まったのだが、彼女はここにいない。

 こうやって『仲良し幼馴染』の関係はなくなってしまうのだろうか。



 寂しさと、少しの諦めと期待が入り混じる気持ちで口にしたケーキは、あまり美味しくなかった。





【完】

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