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双禍の後宮  作者: 時雨笠ミコト
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細家の宴

黎明曰く

一番怒らせたくないのは、はーちゃん。

一番敵に回したくないのは、雅亮。

一番叱られたくないのは、麗孝。

芳しさを過剰供給している香、彩りを一瓶に詰め込みすぎている華、可愛らしいが大きすぎる鳴き声で大合唱している鳥達、豪華絢爛さを求めすぎてモチーフが分からなくなっている装飾品。

なんと言うかそこは、より優れた形であろうとした結果、本来の価値すら失った物の詰め合わせのような空間であった。

……可能な限り簡潔に言うと、趣味が悪い。

だが皮肉と言うか何と言うか、その趣味の悪い詰め合わせの空間を作り上げたであろう目の前の女主人は、極限まで磨き上げられた宝石ような美しさを持っていた。

「あら、鼠が一匹紛れ込んでいるわ。誰が招き入れたのかしら」

 宮に踏み入れた歩数、二歩。宮に入ってたった秒数、多分一秒そこら。

普通であれば挨拶しているかどうかも怪しい程の速さで貶された。

不必要なほど鍛え上げられている罵倒の技術、いっそ見事である。

「……急な訪問失礼致しました、淑妃様」

  一応礼を尽くす、嫌いな人だが、自分より位が高い人間である。しかし大礼(めちゃくちゃ丁寧な礼、基本的に皇帝や高位の妃嬪にのみ使う)はしない。だって、目の前の相手にそんな価値を見出せない。

「本当にその通りね。何をしに来たのかしら」

「細充媛に舞を教わりに来ました。約束していたので」

 ねぇ?と、細充媛にわざとらしい程にっこりと微笑みかける。

すると、細充媛はぐう、と変な声を出して露骨に目をそらした。だが否定もしない、まあ否定すれば『誠がない』発言を飛び出させる気満々なので懸命だ。

え、脅しみたいだって?脅してるんだよ。

「……細?」

 細充媛を位すら付けずに呼び捨てた淑妃は、視線で人が殺せるんじゃないかと思う位冷たい眼光で細充媛と私をを睨みつける。

普通の人間であれば蛇に睨まれた蛙のごとく動けなくなるであろうその視線を、私はそのまま受け流した。

なぜ受け流せるか、理由は単純である。

もっと怖い眼光を知っているし、なんなら経験しているからだ。麗孝とか雅亮とか、はーちゃんとか、はーちゃんとかはーちゃんとか。

「も……っ、ももも申し訳ありません淑妃様!!」

 地に頭を擦り付けるような勢いで細充媛が頭を下げる。

というか、頭を下げるのと同時に『ゴッ!!』って音がしたから、多分比喩でもなんでもなく床に頭を擦り付け……というか衝突させている。

絨毯がひいてあるのにそんな音を出せるなんて、どんだけ勢いよく頭下げたんだ。 というか痛くないのかそれ、声すら出さずに這いつくばってるけど。

まあ、それだけやっちゃいけない事を細充媛がしているので仕方なかろう。

敵の間諜に、味方陣営の武装やら何やらを丸々教えようとしたようなものである。

「まあ、そうさせたの私なんだけどねぇ」

 もはやお前がそこに居たから悪いレベルの所業だが、弱みを見せた者から利用されていく、これ後宮の常識なり。

「細充媛、どこで教えていただけるのですか?」

 トドメと言わんばかりに、舞の教えを急かす。多分細充媛は、ここで私に舞を教えるつもりだったのだろう。

まあ花見会に向けて舞扇も楽器も揃っているし、何といっても広い。

だがどうやら、目の前の女性…淑妃がそれを許さないらしい。

まあそりゃそうだ、敵対する予定の人間に手の内を明かしたくなんてないだろう。

「あ…えっと…そのぉ」

 明らかに言葉の歯切れが悪くなった。なるほどこの場所以外一切考えていなかったと。

それに、主に竹鳥の宮に来るために結構動き回ったが、そろそろ日も暮れる。

たかが一宝林のために蝋燭や油をごいごい使って明りを取る訳にもいかないだろう。

どうするんです?という意味を込めた視線を細充媛のほうに投げると、フリーズした。

そろそろ精神負荷による時間停止に耐性が出来ているだろうと踏んでの行動だったのだが、どうやら予想が外れたらしい。

待つこと数秒、待っている間にも淑妃の不機嫌ゲージがたまっていく。

まあ一番下といえど、細充媛も九嬪の一角だ。

そんな人間が、言い方が非常に悪いが醜態を晒している様を目の前で眺めているのだ。気分が悪くなりこそすれ、良くなることなど無いだろう。

そろそろ何か行動しなければ、目の前の淑女が怪獣に変化するぞ。

そう懸念したとき、やっと細充媛が再起動した。

その瞬間に、複数人の女官から一斉に息を吸う音が聞こえた。

どうやら息を止めていたらしい、もしくは吸うのを忘れていたか。

どちらにせよ、それは猛獣を目の前にした時と非常に酷似した態度である。

常日頃、いったいどんな行動をしてどんな扱いを受けているんだ淑妃。めちゃくちゃ気になるんですが。

「私の……細家の宴に舞手としてご参加くださいな!」

「ぱ?」

 おっと危ない危ない、言葉という概念を忘れるところだった。プリーズカムバック語彙力。

思ったことを素直に白状しよう。『何言っとんだ此奴』である。

舞を教えろと買うたのに、なぜ舞手として衆目の目に晒されなきゃいけないんだ。面倒くさいのがやる前から分かるじゃないか。

「さあ頓宝林!こちらへ!馬車をご用意しております!」


行動力の化身か何かかお前は!?

さっきまでのしどろもどろ感はどこに行ったの?

そのまま馬車に押し込まれる。いつの間に手配したんだ。というかいつの間に後宮から出る許可が下りたんだ。

いや、超下っ端の私はともかくとして、もう一人……細充媛は九嬪だぞ!?

不貞防止のことも考え、二十七世婦以上はまず後宮から出るという選択肢を忘れるくらいに縛りがきついのに、どうして九嬪がそんなにあっさり出られるの。

そんな私の疑問すら振り落とすような速さで、馬車は門から堂々と細家への道を駆けて行った。

次は4/12更新予定です

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