妙技の持ち主
細充媛は頭がよろしいとはお世辞をミルフィーユ並みに塗り重ねても言えないようなおつむの持ち主ですが、舞だけは本当に上手いです。
「家族も多分同レベルのバカ」と黎明は思ってます。
琴や琵琶の音に合わせて笛を合わせる。
弾いたり爪弾いている奏者は皆妃嬪や女官で、上手いのは上手いのだが、本職の人間に比べればはるかに見劣りする。
「はい、いいですよ!そのままターン!」
そしてそんな微妙な曲に合わせ、これまた一流の舞人には今ひとつ及ばない舞が繰り広げられている。
なんでこんな状況になっているのか。
一言で言い表せる。『花見会のため』である。
以前説明した通り、花見会では『私妃嬪として優れてます!』とアピールしまくる血肉の争いが行われる。
というのも、「お互い優雅に楽しみましょう、それでは私がここで余興を〜」
というノリで得意な芸事を披露してマウントを取るという方法だ。
『花見会』という形をとっている建前上、大体アピールできるのは
舞・楽・詩吟・詩作
……とまあこれくらいである。逆にこれ以外をバシバシ全面に出しまくっていたら、それはただ単に空気読めない人だ。
で、皆に得意な事は?と聞いてみたところ、舞一名、琵琶一名、琴二名、大体できる二名(私と賢妃様)、今回お役に立てそうにないです複数人となった。
だからまあ、じゃあ演奏と舞で攻めましょうとなったんだけど。
正直私は頭痛がし始めていた。
確かに上手い、得意というのも分かる。だがしかし。
(……琴、はーちゃんのの方が上手いし、琵琶は雅亮の方が上手い)
あの二人は本当に妙技としか言いようがない腕前の持ち主で、しかもお互いに合わせるのが上手いときた。
たまに雅亮が気まぐれで琵琶を弾いて、はーちゃんがいそいそと琴を取り出してきて合わせ始めたりするが、それがもうめちゃくちゃ上手いのである。
毎回麗孝と一緒にお茶と茶菓子を用意して鑑賞会を始める程度には。
互いに主張はし過ぎずでも音を殺さない、引き立て合うというのか、そんな絶妙な加減で音を奏でる。
多分それで耳が肥えているのだろう。この演奏を白けつつ聞いている私がいる。
だが、私も人の事は言えない。
私は笛はできるものの人並み程度、よく言って上の下だ。
つまり何を言いたいか。
『ここの人たちお手本な吹き方すぎて、面白味も魅力も一切感じられない』
……これにつきる。
決して下手ではない。むしろ上手い。
だが、プロに比べれば掃いて捨てるようなレベルだし、なんかお手本完全コピーすぎて面白くもない。
なにより『私が目立つ!』という意志が強すぎてなんかガッチャガチャしてる。
協調性がないというか、調和が皆無というか。
そして舞手も、お世辞にも上手いとは言えない。あれだ、趣味の割にはって感じだ。
だがなぜか、演奏している本人たちは自信満々である。その自信はいったいどこから来るんだ。
舞や音楽の指導をしている女官も、見当はずれな修正と感想を繰り返すばかり。
なのに自信満々なのである、本当にどうして?
笛を吹きつつもチラリと賢妃様のほうを見やれば、何とも言えない表情で練習風景を眺める賢妃様の姿があった。
地味に目が死んでいる、どうやら私と同じ思考に至ってしまったらしい。
手元の筆と紙を見て、私は悟った。
ああ、詩作と詩吟に望みを託そうとしている。
「少し休憩にしましょうか」
なぜか十分にも満たない緩やかな舞で息切れしている舞手がそう提案すると、さも『長時間めちゃくちゃ頑張りました』な雰囲気を醸し出して全員が我先にと休憩を始める。
なれない事をしたせいか自分以外への気配りができなくなっている同僚の代わりに、賢妃様へお茶を入れて持っていく。
「お疲れさまでした〜、栄賢妃様」
「ありがとう、ずいぶん気が利くわね黎明」
私に対してふわりと優しく微笑む亜麻色の髪が特徴的な女性が、私の主人。
賢妃の位を持つ、栄林杏。
大きな瞳や下がり気味の眉など、顔のそれぞれのパーツが放つ柔らかい印象のせいでかなり童顔。
それゆえか十代に間違えられることもあるが、なんと驚きの二十二歳。
外部の人間からは十三歳より下なんじゃないかと誤解され、今上陛下ロリコン説が浮上したりしたが、時折漏れる色気はがっつりオトナのそれである。
「ねえ貴方…どう思う?」
「どう、とは〜?」
「もう分かっているでしょう」
くすくす、と楽しげに笑う賢妃様に少し気圧される。
四夫人となれば必須なのかもしれないが、上位の妃嬪たち(一人を除く)は、他の妃嬪と比べて『察知』する能力が格段に高い。
皇后様がその最たる例で、彼女の意見は今上陛下にも重用されている。
「……管弦と舞に関しましては、可も無く不可も無く、といった程度かと〜」
「それは、花見会で通じると言う意味では」
「……ないですねぇ」
「素直ね」
お茶を飲みながらも楽しそうに話を続けるける賢妃様に、雅亮の幻覚を見る。
なぜかと一瞬考えて、すぐに思い当たった。
そうか、他人が困っている様を見て楽しむあたりがそっくりだわ。
因みに血縁関係などは一切ない。これ大事。
「私もそう思うわ。一般人よりは上手いけれど、花見会では捻り潰されて終わる程度の出来」
賢妃様は辛口というほど毒舌ではないし、人の能力や仕事はしっかりと評価する。
だがしかし、心にもないお世辞はほとんど言わない人である。例外としては、外交。
「……特に舞ならば、大抵の妃嬪はある程度はできるように、幼少期に仕込まれているでしょう。あの程度では目に止まる以前の問題になるわね」
本当に、人の能力を正確に評価できる人である。
「音楽に関してもそうかと思いますねぇ。琴も琵琶も、嗜みとして演奏するものですし〜」
私も素直に自分が思ったことを述べる。賢妃様は笑みを深くした。
「あなたは取り繕わないわね」
「面倒くさいですから~」
「だからあなたは信頼できる」
「ありがとうございます~」
一瞬のほほんとした空気が流れ、即座に張り詰めたものへと変貌した。
忘れてはいけない。確かに私は私は今上陛下に嫁ぐ気が一切なく、勿論子供を作るなんて論外だと考えているので(まず結婚願望がないとも言う)、花見会は『我関せず・問題さえなければそれでいい』なスタンスだ。
けど賢妃様は違う。この人は、言い方が悪いが妃になるために生まれてきた人だ。
賢妃様の生家、栄家はもともと優秀な文官(デスクワークな官吏、はーちゃんや雅亮も文官)を輩出してきた家だ。
しかしここ数年、特に目立った功績を挙げられず、ついでに高官(文字通り偉い官吏)になった者も現れなかった。
このままでは没落待ったなし、そう考えた栄家の人間は、権威獲得のために『妃を輩出する』ことに命運を賭けた。
結果、栄林杏という少女が後宮入りすることになったのだが、もともと栄家は事務処理や財政管理に優れた家だ。
妃輩出のみに家の存続を賭けている一族など、ほかに死ぬほどいる。
実際、今の朝廷には『なんでお前その肩書持ってんだ』と思うほど実力のない高官が大量にいる。
彼らはどうしてそこに居られるのか。そう、妃嬪の身内だからである。
大体こういう能無しのシワ寄せは、優秀な人材に行く。はーちゃんとか雅亮とか。
……少し話がずれたので戻そう。そんな妃嬪頼みの家に比べれば、栄家は妃嬪養成のコツなどは一切知らないといっても過言ではなかった。ついでにコネとツテもなかった。
そんな圧倒的不利な状況で、四夫人の賢妃にまでのし上がったこの人は、本当に凄い人なのだ。
だがそんな彼女にも、足りないものがある。
妃になったからには絶対に必要なもの……即ち、今上陛下との子供。
しかも、できれば皇子を宿さなくてはいけない。
(子供を道具みたいに言うのは、私も賢妃様も嫌いなんだけどねぇ)
だが、そんな扱いになってしまうのが後宮だ。
自分たちの地位を確約してくれる証、更なる高みをもたらしてくれるかもしれない階。子供は、そんなどす黒い感情を一身に受けることを強要される。
たった数人の思想と見解でひっくり返せるほど、長年培われたこの価値観は軽くない。
実際、子供を道具のような扱いにしたくないと考える賢妃様すら、この価値観の楔から抜け出せてはいないのだ。
子供を作るには今上陛下の『お渡り』が必須。
その『お渡り』を受けるには、まず今上陛下の目に留まらなくてはいけない。
そして目に留まる格好の機会が、言わずもがな、花見会である。
故に、賢妃様は花見会で確実に目立たなくてはいけないのだ。彼女のため以上に、家のために。
「……少なからず、このままでは確実に駄目ね」
「そうですねぇ、淑妃様のところには舞の名手がいますし~」
細充媛(充媛は位の名前、九嬪の一番下の位)という妃嬪は『淑妃様大好き』人間の一人で、花見会の際も淑妃様の取り巻……げふんげふん協賛者として一緒に芸を披露することを公言している。
頭の出来がどうかは分からないけれど、舞の技術だけは手放しで褒め称えるべき技巧の持ち主だ。
「舞”だけ”はお上手ですもんねぇ」
「ねえ黎明、あなた八十一御妻なのよ?九嬪どころか二十七世婦よりも下なのよ?」
「わかってますよ?賢妃様~」
「じゃあどうして上から目線なのあなたは……」
「生まれは私のほうが上ですから。まあ本人の前では言いませんから大丈夫ですよ~」
ただちょっと、顔を見るたびに舞の技巧と位の高さでマウントとられるのがイラっと来ているだけですから。
「コツか何か学べたらいいのだけれど……」
「教わってきましょうか?」
「え?」
「だから教わってきましょうか?」
沈黙。
さらに沈黙。
もういっちょ沈黙。
「……いやなんで!?」
「溜め長かったですねぇ賢妃様」
ついでに常日頃鋼の防御力を誇る微笑と淑やかさが崩れ去ってますよ、言わないけど。
「私なんでか細充媛に好かれてるみたいで、『いつでも私の美技に酔いしれにおいで下さいな、何なら教えて差し上げてよ』って許可もらってるので~」
「多分それ嫌味だと思うわよ、そして嫌われてると思うのだけれど」
「あはははははははははははははソウナンデスカネー」
「分かってて行くのね……相手もまさか本当に来るとは思ってもないでしょうに」
だがしかし、嫌味であろうと建前であろうと言質は言質である。
この際、ガッツリ利用させてもらおう。頓家の長女を甘く見ないことだ。
次、3/29デス、多分キット。