表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
双禍の後宮  作者: 時雨笠ミコト
6/66

破れた服

実は麗孝も一本雅亮の筆を私物化している。

本人曰く借りているだけ。

朱修容のお兄様、朱将軍は大変爽やかな好青年でした、まる。

そう、本当に爽やかな人だ。雰囲気的にとか、顔の造形的にとかそういう感じではなく。なんというのか……ああ、『爽やか』という概念に手足が生えたみたいな。

「あ、駄目だ。なんか『爽やか』がゲシュタルト崩壊してきた」

「どうしました?」

「いえ何も?」

善意百パーセントの声掛けに対して、言及を避けるべくしらを切る。

こんな内容の呟きを掘り返されたら、賢妃様付きの女官としての必要最低限の威厳が波打ち際の砂上のごとく崩壊しかねない。

なんだろう、そこはかとなく既視感があるぞこの会話の流れ。

それにしても本当に似ている、この兄妹。

二人とも人懐っこい感じの顔つきというか、警戒されにくい顔立ちというか。

まず性格が二人揃って『イイヒト』なので、それが顔と雰囲気に滲み出ているのもあると思うけど。

「……黎明」

「ほっ?ああ、麗孝(りきょう)。何?」

ぱっと呼ばれた方向に振り替えれば、緑色の短髪と、初見の人間には少しキツめの印象を与える吊り目が目に入る。

いけないいけない、考えるのに夢中になると他の音が入って来なくなるのは、昔からの私の悪い癖だ。

「何って、こっちが聞きたいんだが」

確かに呼びつけたのは私である。ただ、本当に麗孝本人に会えるとは思っていなかった。

私的には、麗孝にだけ通じるぱっと見単なるご機嫌伺いだけど、実は意味深な手紙を渡してもらうつもりだったのだけども。

「まさか本当に今日中に麗孝を連れてくるとは……」

「「朱家の家訓は『盟約違うべからず』ですから」」

盟約なんて大層なものでもないと思うんだけど。あとすごく綺麗にハモりましたね。

なるほど、朱将軍がこの若さで後宮に入れるわけだ。

人徳を大切にする家訓、たしかにこの時代で人徳は必須だろう。

人が離れたものから潰されるのは、後宮も朝廷も同じことだ。

「…さてと。麗孝、早速なんだけど針と糸貸して。絹織物用のクッソ高いやつ」

普通の人は持ち運び云々以前に、まず持っていない代物だが、果たして。

「わかった」

あっさりと繊細な絹織物専用のフルオーダーメイドの針とお高い糸を懐から取り出す麗孝。

普通に持ってた。と言うか持ち歩いてた。なんで持ってるんだお前。

「うわーぉ……お借りします」

そしてこちらも容赦なく借りる。針はともかく糸は使ったら返せないのだが、そこら辺は暗黙の了解ということで。

朱将軍や朱修容の目の前だが、気にせず縫い始める。時間が惜しい、と言うか自室で縫うと何か起きそうで怖い。

ここ数日、随分と警備…特に皇后と四夫人、そして九嬪より下……二十七世婦以降の警備が緩い、というかまとまっていない。

近いうちに催される花見会の警備、その人事異動の余波だとか聞いたが、その隙に乗じて縫い物まで妨害されたらたまったものじゃない。

「まずなんでこんなギリギリの期間で人事異動なんてするかなぁ」

朱修容は九嬪のひとり、後宮カーストでは上から数えて十番目。

ガッチリ警護していないと、万が一何かあった際は、十数人の首が秒殺でポンと飛んでしまうくらいには重要人物である。

ついでに朱将軍という手練れも居ますし、作業効率と安全が保障されているうちに縫ってしまおうと判断した結果こんな状況を作ってしまいました。

「お上手!私も裁縫は比較的上手い方だと自負していたのだけれど」

「ありがとうございます、ただ私も刺繍は苦手ですから、得意不得意の問題ですよ」

私ができるのは実用的な縫い方だけである。因みにはーちゃんから教わった。

物は試しと私に刺繍をさせた先生もいたが、桃の花と果実以外びっくりするくらい下手だったので断念した。

なぜ桃だけが上手かったかは謎である。頭が桃色だからだろうか。だとしてもなんでだ。

「さてと」

一通り縫い終わり、出来を確認したところで三人に対し向き直る。

手をついて深々と頭を下げる。麗孝が少し驚いた顔をする。

そして無意識だろうが唇だけ動かした。

曰く、「面倒臭いって頭下げないと思ってた」と。

失礼な、どれだけ面倒くさがりであろうとも必要最低限の礼儀は尽くすよ。

「改めてありがとうございました。朱修容、朱将軍。あと麗孝も。助かりました」

麗孝をついで扱いしたのは、さっきの考えへの意趣返しのつもりである。

「大丈夫ですよ、私も久し振りに妹の顔が見られて安心しましたし。むしろ機会を作ってくれてありがとうございます」

「私も楽しかったですもの、お気になさらないでくださいな」

やだ、この人たち本当に良い人……!

「では、私はそろそろ失礼しますね!」

「あ、では俺も」

私が感動しているうちに、朱将軍はあっさりと仕事に戻っていった。

そして朱将軍が帰ると同時に、その付き添いという形を取っている麗孝も帰っていく。

二人揃って仕事に真摯と言うか、切り替えが早い。

「では、私もこれで失礼します」

それを見習って私も本来の仕事に戻ろうと体質の挨拶をする。

が、その時。

「え」

がっちゃん、というなかなかに盛大な音が背後で響く。

勢いで振り返ると、朱修容が中腰の体勢で固まっていた。

手は中途半端に伸ばされており、足元には割れた皿の破片と月餅(お菓子の一種)が散乱している。

なるほど、どうやら私がまだ居座ると思ってお茶を振る舞おうとしたらしい。

そして帰るとは露ほどにも思わずに、わかりやすく動揺したと。

机には地味だが裁縫道具まで用意されている。習うつもりだったのか。朱修容、意外と強かだ。

だが私は妃嬪ではなく女官に過ぎない。

これ以上仕事を先送りにすると、流石に上司からそれはもう凄い勢いで怒られる。

「……失礼しますね」

念押しでもう一度繰り返し、返答が来る前に礼をして帰った。

後ろで何か言っている気もするが、私は今一時的に難聴になっているので何一つ聴こえていない。

足早に賢妃様の住まう宮へと向かう。なんだか今日は色々急いでばっかりだ。

廊下を急いで渡る。許される範囲ギリギリでの大股だ。

本来火急の要件であっても、ゆっくり淑やかな移動が求められる後宮の床は激しい振動に慣れていない。

不穏にギシギシ悲鳴をあげているが聴こえないふりを決め込む。まだ私の一時的な難聴は持続しています。

「ただいま戻りました!」

半ば飛び込むような形で宮に入るが、本来ならば間髪入れず飛んでくるはずの叱責が飛んでこない。

見れば、同じく賢妃様に仕える女官仲間たちが不自然なところに人垣を作っていた。

内心あれ、と思いつつ覗き込むと、そこには既視感がありまくる光景が広がっていた。

「うーわぁー……」

ズッタズタに切り裂かれた服、part2。

今度は賢妃様の服ではなく、その女官たちの服へと標的を切り替えたらしい。

しかも手口が陰湿すぎる。こんなに切り裂かれては、もはや服ではなくズダ布だ。

呆然としている私に、女官たちが仄かに期待を込めた視線を送ってくる。

その視線の意味を理解して顎が外れそうになった。


修繕しろと?これを?


「無理ですね!」

そう言い切った瞬間に、明らかに落胆の雰囲気が漂い始める。

いや、流石に私でもこれは無理だ。

だってもうこれ服じゃないもん。布だもん。はーちゃんでも無理だろう。

「黎明、どうにかできない?だってこれ、花見会用の服なのよ……」

年上の女官が半べそになりながら聞いてくる。その言葉で私はようやく得心言った。

いやあ、嫌がらせにしてはずいぶん大規模だと思ったがなるほどなるほど、相応のリスクを負うだけの価値はあったわけだ。

花見会の闘いは既に始まっていましたか。


花見会。皇后が主催、ほか妃嬪が協賛する後宮内での催し。

それは花を愛でて、お互い特技を披露して場を盛り上げて楽しみましょう、という優雅でほんわかしたものだ。

……まあ、もうわかってると思うけど、『表向き』は、そういうことになっている。

実際は花見という建前をいいことに、帝に対して『私妃嬪として優れてますよ!』と猛烈アピールする、花なぞそっちのけ、肉食獣も尻尾巻いて逃げ出すレベルの蹴落とし合いだったりする。

実際花見会で活躍した末端の妃嬪が帝の目に留まり、寵愛を受けて四夫人まで昇格したという前例がある。つまりは一発逆転の大チャンス、みんな必死である。

必死なのは妃嬪本人だけではなく、その親もそうだ。

妃嬪の寵愛=妃嬪の身内の発言権でもある、まあ政治的な理由で。

身内が寵愛を受ければまず間違いなく昇格、懐妊して皇子を生んだりすれば宰相クラスだって望める。下手すれば妃嬪本人より血眼だ。

そうなれば、『自分を磨くより他人を削いだほうが確実だ』となる人も勿論わんさか居る訳で。

もうわかるよね?そう、嫌がらせが激化して仕事が増える。なんというアンハッピーセット。

しかも親の権力やツテが絡んで複雑化したりする。非常に面倒くさい。

故に朝廷でもこの時期何人か官吏が居なくなって風通しがよくなったりするんだが……それについては言及しないでおこう。


「花見会用の服……さすがになければ困りますね。再発注しましょう」

「でもこれ……経費で落ちるのかしら?」

「落とします」

私ではなく、雅亮が。

仕事増えるけどいいよね、元から机にべったりだったんだし!

ゴリゴリに私怨入ってるけど、多分神様も許してくれるでしょう。

適当に紙を引っ張り出して再発注の書類を作成する。さすが後宮、適当な紙一枚までお高そうだ。後宮だけに。

さらさらと文字を書き綴り、最後に長男坊への書類だと名指ししておく。

あそこの部署は全員オーバーワーク気味なのだ、名指ししてあったらこれ幸いと全員その仕事をぶん投げるだろう。

いくらあいつが策士でも、こうなれば回避はできまい。何年の付き合いだと思ってる。

私が逃げ道を残すと思うなよ。

書き終わった書類を伝達者に任せ、私は本来の仕事に戻る。

花見会への準備に向けて、少し気合を入れなおした。

次は3/22更新予定です!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ