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双禍の後宮  作者: 時雨笠ミコト
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交渉受諾

「耳を貸せ、なんて変なことを言う子だ。まあ良いよ、貸してあげようじゃないか」

そう言ってから、大ババ様はため息を吐きながら私の方に耳を傾ける。

私は端から見れば相当性格が悪く見えるであろう笑みを浮かべた。そして孫娘が自分の祖母に内緒話をするような、ごく一般的な体勢をとった。

大ババ様の耳に唇を寄せて、ぽしょぽしょと小声でここまで来た経緯を話した。

本邸に来るまでに何と言えばいいかは頭の中で練り直していたので、よどみなく説明をすることができた。

私の話に対して目を閉じたまま、全くと言っていいほど興味を示さなかった大ババ様だったが、はーちゃんの名称が出てきた瞬間に大ババ様の目が静かに少し開く。

その瞳の奥に鋭い刃のような光があることを、私が視落とすことはなかった。

そして大ババ様に対して一通りの説明を終えたのだが、その説明が終わる頃には大ババ様の目は完全に見開かれていた。

そして彼女からは、鬼気迫るような気迫が発されている。一見すれば美女がただ目を開けているだけの絵面なのだが、彼女の年齢や立場、そして発される気迫を肌で受けていると見え方が大きく変わってしまう。

「……ってことでぇ、頓家がその求婚者たちをもてなす宴を開催したいんだけど、許可貰えないですか?大ババ様」

そう言いながら、媚びるようにコテンと小首を傾げると、大ババ様が静かにふるふると小刻みに震え始めた。

私の後ろでただ事の顛末を見守っていたはーちゃんも、そんな大ババ様の様子にさすがに異常を感じ取ったのか、心配そうな声を出すはーちゃん。

しかしそんなはーちゃんの声は聞こえていないらしく、大ババ様は静かに胸元から携帯用の筆入れを取り出した。

「……お、大祖母様?」

再度不安そうにそう呟くが、大ババ様は答えない。というか聞いてない。

常日頃なら大ババ様相手で自分の声が無視されることはないはーちゃんは、現状に理解が追い付いていないらしい。

大ババ様は他の姉さんたちに紙を持ってこさせ、その場でさらさらと手紙を書き始めた。

「黎明」

「はあーい」

「今回あの子に求婚した奴らは、うちの宴の【どれ】を経験したことがあるんだい?」

「どれっていうかー、まずないと思うよぉ。みんな次男坊とかだったしー、顔に覚えなかったしー?」

「……その程度であの子に求婚しようなんて、肝が据わってるじゃないか」

「だねぇ」

頓家の宴にも、程度と格付けというものがある。上から順番に皇帝用、重鎮用、身内用、そんでもって長男その他用。

その人間の能力や給与、才能権力血筋そして仕事などで大まかに分けて、それに応じた宴会を行うのが頓家流だ。

今まで宴を経験した者がいるならば、そのものが経験したことのある宴よりも、より完成度の高い宴でもてなすつもりだったのだろう。

だがしかし、安心してほしい。我が家の宴を経験したことのある人間はいないし、もし居たとしたら条件に頓家の人間相当の話術という項目がある時点でさっさと諦めているだろう。

「大ババ様、この手紙はどちらに届けますか」

姉さんが、大ババ様が非ッ常~に丁寧に書いた手紙のうち一つを丁寧に持ちながらそう大ババ様に確認する。

大ババ様は未だに手紙をバリバリ生産しながら、姉さんの方に顔を向けることすらせずに淡々と答えた。

「美麗に送りな」

「うーわー、美麗姐さん召還するの」

「……美麗姐さんですか!?」

大ババ様が口に出したその名前に、私とはーちゃんの両方が反応した。

やたらめったら身内が多い我が一族だが、美麗姐さんははーちゃんの記憶にしっかりと残るほど私たちと関わりの深い人だ。

というか、あの人は頓家の中でもまあまともな部分が多い人だった。よく庭で遊んでいた私たちに、ちょくちょく舞などの技術を教えてくれていた人なのだ。

しかも教えるのがやたら上手く、遊びの一貫として私たちに舞を教え込んでくれたのだ。

なので私もはーちゃんも、基礎的な舞は完璧にできる。

そんな彼女は自分の舞の技量や記憶力、頓家の教育で教え込まれた話術等々を駆使して娼妓になった。

本人曰く、「さっさと頓家から出たかったし、国の最高権力者なんて固っ苦しい色々の制約のある男の嫁になんかなりたくない。それに結婚なんてがんじがらめにもなりたくないし、自分の技量も試したい。これは私の天職だ」らしい。

そんな美麗姐さんだが、娼妓である彼女は娼館である枕詞とセットで呼ばれる。

その枕詞がなかなか物騒で、『男潰し』なのだ。

男殺し、でも篭絡、でも誘惑、でもない。……男潰し。

その理由が酷く単純であり、一度彼女の接待を受けた男は、彼女にもう一度会いたいという欲求を満たすために、給料に見合わないちょっとした無理を続けるのだ。

しかしそこは頓家の女、家庭や生活に無理がないように静かに男を諌め、余裕ができたら自分に会いにきてくださいと優しく諭す。

そして男は、金銭的、精神的共に非常に健全な程度ではあるものの、より美麗姐さんに依存する、と言うループが発生するのである。

その事象から、付いた二つ名が男潰し。だがそんな事になるくらい良い女なら会いたいと、むしろその物騒な二つ名は彼女の商売促進になっているらしい。

閑話休題。

まあ何が言いたいかというと、今回大ババ様が呼び戻す相手は、ほぼ百発百中で男を駄目にするほどの魅力を持つ超絶娼妓だという事だ。

大ババ様、本気である。

「黎明」

「はぁーい?」

「一週間。一週間よ。それだけ持ちこたえてくれれば、最高の条件と最高の人員で最高の宴ができる」

「え、あの、大ババ様?私は何もそんな……」

あまりにも本気の態度を見せる大ババ様に、はーちゃんが慌てて訂正と制止を入れようとする。

だがしかし大ババ様は、はーちゃんの頬を静かに撫ぜ、発言を押しとどめてしまった。先ほどとは打って変わって穏やかな様子の大ババ様に多少動揺したのか、はーちゃんの口が薄く開く。

「お前はこんな状況でも、私から目を逸らさないね」

「それが人としての道理でしょう、大祖母様」

はーちゃんはハッキリとそう答えた。そんな彼女の返答に、大ババ様はクスクスとその場で笑いを漏らす。

「安心しなさい。私たちは全力で味方をする。だから……」

少し目が潤んでいるかもしれないはーちゃんに、大ババ様は一拍置いてからこう言い切った。

「野暮なことはお言いでないよ。男連中は私たちの大切な血縁に手を出したんだ。結婚したいっていう相手が居るんなら、精一杯試させてもらうのが家族に通す筋ってものだろう。そして私たちが一番相手を試せる方法がこれなのさ。止めないでくれるね?」

落ち着いて聞けば暴論ここに極まれりだが、さすがの大ババ様。眼力と貫禄で相手を完全に黙らせる。

理詰めで物事を判断し、超絶冷静に正論で相手を論破するはーちゃんすら超理論で丸め込んでしまった。

因みに本当に血縁全員の婚約者に対してそれをするかというと、否である。だがそれを今ここで言ってしまえば後々全力でお仕置きされるであろう。

保身のために沈黙を貫かせていただくこととした。非人道的?そんなことは知らぬ、私には関係ない……と思い込んでおく。

ぴい、と小さく口笛を吹いた私に対して、大ババ様はゆっくりと向き直った。

そして大ババ様は。私にゆっくりと、そうとてもゆっくりと懐紙に包んだ金子を握らせてきた。

つまり、口止め料をやるから黙っておけと。はーちゃんに対して今さっき思ったことを言うなという事だ。

さすが大ババ様、私の思考を完全に読んでいたらしい。

「まあ、そういう事だ。今日はもう帰りなさい。私たちは今から宴の準備を始めるから」

そう言って、大ババ様は私たちを本邸から半ば強制的に叩き出した。


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