紅白御中元コンビ襲来
あのうわさ話を廊下で聞いてから、私はブツブツと呟きながら思考していた。
ただし、呟き続けている声は他の人間には聞き取れない程度の小さな声量ではあるのだが。
さていくらブツブツと呟き続けても、私が今直面している状況が変わることはない。
(喰家の姫君が婿になる殿方の条件を提示……それだけを見れば、今回みたいに結婚志望者が殺到するどころか一切なくなりそうなものだが。それでも多分今回喰家の姫君への結婚志望者がいっぱい訪問してきたのは………ああ、どこの家の出かは不問っていう条件だからか)
元々喰家は、今上陛下たち「陽家」に次ぐ最高級の家、「災色の四家」の一柱だ。
結婚する際に釣り合うとすれば、それこそ他の災色の四家か、皇族である陽家くらいだ。
血筋を無視して結婚する場合は大体3パターン。
まずは相当な大恋愛の末に「この人が良い!」と決めた末の結婚。だがこのパターンは相当少ない。なんたって喰家は、ほとんど仕事が恋人のような生活を構築するのだ。
次いで、誰でもいいからさっさと相手を見つけなければいけない、と言う状態に陥った時だ。だがしかし、こちらもあまり適応されない。と言うかそう頻繁にこれが適応されたら困る。
そして最後のパターン。それは特定の分野でもいいから特化していて、この血を引く子供を作る価値があると判断した時だ。
つまりはーちゃんのあの条件は、一見滅茶苦茶厳しいように見えて、人によってはこの国で五指に入るほどの家門という超絶壁の大前提を取っ払った、破格の条件でもあったという事だ。
(………やらかしたなぁ)
十中八九、と言うかほぼ絶対、この状況は私のせいである部分があるはずだ。
私から何かしら解決のために行動するのが筋であろうし、何より、何かしらまかり間違って我らがはーちゃんがそんじょそこらの男に娶られるのは我慢ならない。
(私がこれだけ拒否反応示すってことは、このことが雅亮に知れたら……)
その時私の頭の中に、はーちゃんに対して求婚してきた男たちを血の海に沈め、そしてその中央で、刀片手にくつくつと笑う鬼神のような雅亮の姿が浮かんだ。
………怖すぎる。と言うか私の想像であるにしても、血の海に立つ履物以外、返り血含め一滴も血に濡れていないのはさすがとしか言いようがない。
ぶわ、と背中を悪寒が走る。そんな私に向けて、想像の雅亮は怖いくらい優しい笑顔で、私が持つ中で最も高威力の弓と矢を差し出してきた。
声こそ発されていないものの、唇の動きで何が言いたいのか理解できた。
『射ろ』だ。
(…………これはやばぁいねえ)
これはあくまで私の想像であったが、実際にそうなりかねない。
雅亮は徹底的に鍛えているのだ。文官であるにもかかわらず、頭脳戦の駆け引きを含めれば下手な武官より強い。
そして一度ここに居る男たちを撲滅すると決めたなら、喜んで私の助力も乞うだろう。
弓術の手腕だけであれば、私も大抵の武官を超えられる自信はある。
そしてその『撲滅スイッチ』は、はーちゃんが絡んだら結構爆速でオンになるのだ。
「頓宝林」
ぐるぐると思考していた私だが、体は淡々と仕事をしていた。
そして『面倒くさいから適当にやろう』という精神のブレーキから解放されていた身体は、自分でも驚くようなスピードで仕事をこなしていたらしかった。
名前を呼ばれて現実に立ち返ると、手元には恐ろしい量の繕われた衣服と刺繍された布が広がっていた。
「あの、頓宝林が担当している今月分、さっきの服で最後ですよ。これは私の担当分です…」
「え?あっ、はい。ごめんなさい」
他人の仕事を取ってはいけない。半分くらい繕ってしまっていたが、慌てて縫うのを中断し、縫い目を解いて元の状態に戻した。
その瞬間、私が仕事を奪いかけていた女官が少し物悲しそうな顔をした気がしたが、面倒くさいので気づかなかったことにしておく。
「もしかして、私もう今日の仕事終わりましたかね……」
目の前にいる女官の数歩後ろに、女官長が居たので確認を取る。彼女は小さく一度頷いた。
よし、であればだ。
「私今から有給休暇とってもよろしいですか?」
「えっ?え、ええ。構わないけれど。どうしたの」
「ちょっと所用がございまして」
「ああ、そう。構わないわ」
「ではこれにて失礼足します!」
ふ、と綺麗な形で礼をしてから、私は足早に厩の方に向かっていた。
厩にいるのは妃嬪が出かける馬車を引く用の馬が大半だが、空いた場所では物好きな妃嬪がわざわざ実家から連れてきた馬の飼育が許されている。
そしてその物好き妃嬪の中には、勿論私も含まれているのである。
厩の隅っこに、毛並みの綺麗な雌馬がいる。その子は私が来るのを予知していたのか何なのか、既に私が来る方向を見据えて待っていた。
「ごめんね、待っててくれてありがとう。赤桃」
軽く駆け足になりながら、私は赤桃に鞍をつけるべく軽くあたりを見回した。
因みに赤桃とは馬の名前である。赤毛の馬なので赤桃、子供のころ特有の酷く安直な名づけであった。
鞍はすぐ見つかった、と言うか足元に転がっていた。
引きずられたような跡が本来鞍が収まっているところから足元まで伸びていたので、どうやら赤桃が、どうせ使うだろうと持ち出していてくれたらしい。
下手したらこの子、私よりも空気が読める上に賢いのではなかろうか。
そしてその鞍をよいしょと拾い上げ、既につけやすいように姿勢を正してくれている赤桃に装着する。ついでに厩の隅っこに隠していた物を背負った。
「ありがとう。悪いんだけど、はーちゃんの家までよろしく!」
そう言いながら、私は馬の背に乗った。武士のような凛々しい跨り方ではなく、貴婦人が求められる横乗りではあったのだが。
「あ、そだ。家の前に誰かいたら、見つからないようにこそっとよろしく。見つかって良いのは、はーちゃんと静さんだけね。分かった?」
そう言いながら顔を覗き込めば、一度頷かれた。
まるで人間のような反応だが、もう長い付き合いなのでこれがデフォルトですらある。なので私は特段驚かず、此方もまた満足そうに頷き返した。
「よし、極力急いでじゃあ行こう。はっ!」
赤桃は元気に走り出した。
赤桃は私が振り落とされないぎりぎりの速度で駆け抜け、相当早く喰家にたどり着いた。
正直結構後悔した。極力急いでとか言うんじゃなかった。
正門には大量の殿方が居たので、赤桃と共に裏口に着く。しかししっかりと閉じられていたので、赤桃の協力も得て塀をよじ登り敷地内に侵入する。
そして塀から飛び降りる直前に、赤桃に対してこう念押ししておいた。
「ここで待っててね赤桃」
こくり、と一度頷かれたので塀から飛び降り、はーちゃんのいるであろう部屋に向かって走っていく。
勢いよく床の上を滑りながら、はーちゃんの目の前に飛び出した。はーちゃんは女の子の恰好をしており、私が来るより結構早く帰宅していたらしいことが見て取れる。
「はーちゃん!無事!?無事だね!?ヨシ!」
はーちゃんの頬をペタペタ触っておおよその無事を確認してから、地味に背中に背負っていた弓と矢を取り出し、軽く引いたりつがえたりして調子を確認した。
「此処からは私に任せて!」
「えっと、黎明」
「え、何はーちゃん」
やる気満々だったのだが、急に呼び止められる。しかし口の動きを見る限り、どうやら私が部屋の中に入ってからずっと呼びかけられていたらしい。
失敗した。また何かしら聞き逃してしまったらしい。
「どうやってここに来たの」
「赤桃にお願いしたの」
はーちゃんは赤桃を知っている。これで通じるだろうと思ったが、どうやら聞き出したかったことと違う回答をしてしまったらしかった。
「いやそうじゃな……はぁ。静、多分赤桃は人目を避けて裏口で待ってるだろうから、事情説明して敷地内に入れてあげて。水と食料はどこにあるのか理解してると思うから」
馬に事情説明なんて単語ふつう出てこないと思うのだが、赤桃は結構頑固者なのでそんな単語が出てくる。
「で、黎明。仕事は?」
「有給休暇使った!」
「…………それで、弓と矢は何に使うつもり?」
「外にいる馬鹿野郎たち散らすのに使おうと思って。何発なら射ても良い?」
「一応先に聞いてあげる。どこを射るつもり?」
「脳天」
「駄目です」
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