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双禍の後宮  作者: 時雨笠ミコト
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事態暗転

「……めい、…明」

 どこかから声がする。だがしかし、何を言っているのかよく分からない。

一体何なんだ煩わしい、と思いながらその音の方向から顔を背けて、なんとか逃れようと試みる。

「…んん」

「黎明!」

 今度は明確に私の名前を呼ばれたが、なにぶん昨日は……好奇心優先で動いた結果の自業自得とはいえ、あまりにも大変すぎた。

私は少しうなって丸まり、抵抗の意思を声の主に対して示した。もう少し眠りたい。

「……むうー」

「……」

 そのうなり声を聞いて諦めたのか、声の主は沈黙する。これでもう少し眠れる、と思った瞬間に、耳元で爆音が流れた。

「頓宝林!起きてくださいませ!!」

「ほわあっ!?」

 仕事名で呼ばれたことで、私の脳は一気に覚醒する。仕事はせねばまずい。それは必要最低限の義務なのだから。

「……オハヨウゴザイマス」

「おはよう頓宝林」

 目の前に立っている先輩女官にカタコトであいさつをすれば、にっこりと微笑まれる。

ぱっと見怒っていないように見えるが、これは逆鱗に触れる直前でぎりぎりで踏みとどまった証拠である。

これでまだ二度寝を決め込もうとしていれば、業務内容が急増する仕置きが課せられることとなる。

「因みに仕事開始時間は」

「一時間後よ」

「良かった……まあそれはそれで…すみません少し寝坊しました」

 かなり久しぶりの寝坊、しかし業務には響かない程度に抑えられたのは幸いだ。

自分達の主人が起きる二時間前には起床し、身だしなみ、その他自分の業務の準備を完全にしておかなければならない。私の場合は着替えの手伝いだ。

素直に自分の失敗を詫びた私に対して、年上の先輩女官は不思議そうな顔をした。

どうしたのかと小首を傾げた私に、先輩女官は呟くようにこう言った。

「あなた基本的に人として色々と駄目だと思うほど面倒くさがりで手を抜きまくるけれど」

「あ、はい。そうですね」

 事実私の私生活はお世辞にも人間として素晴らしいものとは言えない。本当に必要最低限の家事その他を、本当にそろそろ家事をやらなければ生活できなくなるような頃合いに一気に片づけるレベルである。

いや一応、毎日コツコツやった方が良いよ、と言うのは理解できる。

だがちょっと本気になれば片付いてしまうのだ。ため込んでいた家事の山たち

そしてやる気を出すための作業の手間と家事、ちょっとめんどくさい状態になった家事の手間を比べると、私にとっては双方の手間は、ほぼほぼどっこいどっこいになっているのだ。

「けれどあなた、仕事関連は基本完璧じゃない」

「あ、ありがとうございます……?」

 仕事関連基本完璧、は頓家が誇れる唯一の美点かもしれない。

だがしかし、その美点の根本には「これに対して手抜きをするとめちゃくちゃ面倒臭いことになる」という考えがあるのだ。

これは褒められているのだよな、と頭の片隅でひそかに考えながら感謝の意を提示すれば、先輩女官は言葉を続ける。

「そんなあなたが寝坊なんて……本当に驚いたのだけれど、体調でも悪いの?」

 手を頬に当てながら困り眉で心配されたが、体調が悪い、訳ではないはずだ。

そう思いながら一応体を軽く動かし調子を自分で確認する。

そうして腕を回し、肩を動かし、腰を捻り、首を回した……ところで激痛が走った。

「いっっっった!?」

「どうしたの!?」

「あー……ダイジョブです、気になさらないでください……」

 ついつい悲鳴を上げてしまった私に驚いて、先輩女官がこちらに武官顔負けの俊敏さで駆け寄ってくる。

ああこれ居合切りとかの試合があったらこの人優勝できるだろうな、などと考えながら、薬を取り出そうとしている先輩女官を制止する。

だってその薬クッソ高いし、その割に私には効きづらいのだ。まあ毒耐性をつけた結果の副作用だと思うが、致し方ない。

「本当にどうしたの……」

「いやあ色々ありまして」

「相談に乗るわよ?」

 親身に相談に乗ってくれようとしている年上女官に対して、私は露骨に口ごもってしまった。だって何と言えばいいのだ。

朱兄妹が襲来した結果、なんかよく分からんけど首が痛くなった、なんて言えないだろう。

だって後宮の格付け的には、朱修容の方がはるかに上なのだから。

だがしかし、ではどのようにして説明すればいいのだろうか。ぐるぐると考え込んだ結果、唇の間から零れ落ちてきた言葉はこれだった。

「……ちょっと天災が」

「天災?」

「あ、ハイ。色々ありまして。厄が移ってはいけないので言わないようにしますね」

 天災、とは意味が色々あるのだが、勿論自然災害も含めているが、泥棒や殺人と言った人災、身内が病気、または死んでしまった、というような不幸事も全部ひっくるめて天災、という事がある。

ごくごく最近に起こった不幸事は、古い考え方を持つ、もしくは信心深い一部一部の国民からは『天災』と呼ばれ、十日以内に他人に喋ると相手に移ってしまうという迷信がある。

後宮は基本めっちゃくちゃ信心深い。だからこういった迷信がすごく根深く根付いているのだ。

「あ、ああ、そう。別に移してもいいのよ?」

「いえ、自分のことは自分で終わらせなければ」

 この先輩女官は非常に面倒見が良いことで有名だったのだが、本当に噂通り良い人だなあと思いながら丁重にお断りさせていただく。

一応あの突撃も、少なくとも従姉たちにとっては不幸事だったはずだ。それに機能起ったことだし。だから天災に該当するはず……うん、嘘は言ってない。嘘は。

だから口外してはいけない。そう、これは私の意志ではない。この国に残る風習に従った結果だ、多分きっと。

(我ながらなかなかいい言い訳を思いついたもんだねえ)

 心のうちでひっそりと自分に拍手しながら、淡々と寝巻から仕事着に着替え始める。

そんなに時間は立っていないが、常日頃の業務進行に比べえればかなり押している状態だ。

「…っし!」

 パアン!と自分の頬を両手で勢いよく挟んで気合を入れてから、私はいつも通りの業務に没頭していった。


(あれ終わった、これ終わった、あれは昨日やったし、これまだ布が届いてないから進めようがない……)

 廊下を歩きながら指折り仕事を確認していると、不意に立ち話をしている末端の女官の声が聞こえてきた。

「ねえ聞いた?サン家の姫君の話」

(……サン?サン家?ってもしかして喰家のこと?喰家の姫君……となると、本来の姿のはーちゃん?)

 顔をそちらに向けることはせずに、手に持っていた端切れをあえて落とし、端切れを慌てて拾い集めるふりをしながら聴覚に少し意識を集中させる。

彼女らは私の事など意に介さず、そして端切れ拾いを手伝う事もせずに噂話を続行する。

よし、それでいい。私にその噂話の続きを聞かせるのだ。

「喰家の姫君ったら、家や血筋は不問にする代わりに条件を出したんですって」

「まあそうなの?」

(ほ?)

「ええ、それで今自分は提示された条件に合致するって言う殿方がたーっくさん!屋敷に詰めかけているらしいわよ」

「まあ、なんてはしたない」

「その程度の男でいいなんて物好きな姫君が居たものよねえ」

「私たちなんてこの国の頂点に座すお方の妻になるというのに」

「やはり血筋なんかより性格と器量よねえ、あと言っては可哀そうだけど、やっぱり顔」

「「ねえー?」」

 いやお前たちより器量も性格も外見も良いわ、と言いそうになったが必死に飲み込む。だが体は正直で、今度は本気で端切れを取り落としてしまった。

どんくさいわねえ、とひそひそ囁かれることなど意に介すことすらなく、私は真っ青になりながらある考えを抱いていた。

(……もしかしなくても、昨日の今日で超絶面倒臭いことになっちゃってる?)

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