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双禍の後宮  作者: 時雨笠ミコト
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朱髪の妃嬪

自分的にはバタバタと、傍目から見れば淑やかに歩みを進める。

後宮でバタバタ歩くわけにはいかないので、淑やかに歩いてはいるものの、多分誰かに「走って良いよ!」と言われれば着物をめくりあげて大股で走っている。

それくらい内心はやりながら、足を進めていた。

向かう先に迷いはない。

理由は至極単純で、伝言を頼める候補がほぼほぼ一人しかいないからだ。

後宮で行われる催しに来れるほど高位な身内を持った妃嬪、これ自体は珍しくない。

多いとは言えないが、いつの時代も一定数は安定して居る。

父親が高官で、更なる地位やコネを求めて娘を後宮に入れるなど珍しいことではないのだから、当然と言えば当然だ。

だがしかし、そこに『私の味方』と言う条件が加わると急激に選択肢が絞られる。

何度でも繰り返そう、ここは後宮である。

女が一人の男の愛情に一喜一憂する場所、そして愛されているか否か(厳密には政治的利害とかも結構絡むけど)で地位が決まってしまう。

そう。必然的に、バッチバチに火花散る対立が生まれてしまうのだ。

特に淑妃様(皇后含め上から数えて3番目、四夫人ではNo.2)はなんというか……美人なんだけど気性が荒い人で、自分より位が上の人間に色々…それはもう色々している。

要するに敵対している。目立ったことはあんまりしてないけど。

しかし皇后様は我関せずを決め込んでおり、後宮内はすごいざっくり分けると


貴妃陣営vs淑妃陣営 そして中立派


という感じになっていたりする。

賢妃様は貴妃様と仲が良いので、自然と賢妃様の女官である私も貴妃陣営となる。

そんな私が『淑妃様大大大だーい好き♡』な人間に頼み事をしたらどうなるか?

「火を見るよりなんとやら〜」

そう、とても単純な結論。

どう頑張っても大惨事になる未来しか見えない。

だからできれば味方、少なくとも中立派の妃嬪に頼み事をする必要がある。

そして、『貴妃陣営で高位の家族を持つ妃嬪』は、私の知る限り一人しかいない。

「失礼します、朱修容様にお願いがあって参りました。尚服の頓黎明です」

可能な限り丁寧に言葉を紡ぎ、幼少期体に叩き込まれた礼の動きを完璧にこなす。

「あら、珍しい。顔をあげて」

かけられた言葉に素直に従い、私はあっさりと顔を上げる。

本来ならばこんなに簡単に顔を上げるべきでは無いのだが、目の前の妃嬪はそれを嫌う傾向がある。

「あと、位で呼ぶのはやめて頂戴」

修容、とは妃嬪の位を指す言葉で、『皇后』や『皇帝』と同じような意味だ。

周りの女官の一部が慌て、残りの大半は遠い目で遥か彼方を見ている。

慌てた一部は新参、残りは古参の女官たちだろう。

位呼びをやめろというのは、相当な型破りだ。

「訓練されてるなぁ…」

この発言を聞いても慌ててない女官達が。

「何か?」

「いえ何も〜」

自分の発言をしれっと無かったことにして、本題へと舵を切る。

「少し、兵部に所属する人間に伝言を頼みたくてここに来ました」

「伝言……貴方ようやく恋人ができたのね!?」

「いいえ違います」

即答して斬り落とす。別に麗孝(りきょう)が嫌いなわけではないが、あらぬ疑いに尾びれ背びれがつく前に切り落とすのは定石だ。

まず私と恋人とか絶対に嫌だろうあの男。

「良いのよ良いのよ隠さなくて!私口は重いもの、口外しないわ大丈夫!」

駄目だわこれ、ある意味人の話聞いてないわこの人。

「ち・が・い・ま・す!」

一音ずつ区切りながらもう一度否定する。

しかしどうやら、目の前の恋バナ大好き少女には照れ隠しとして映ったらしい。

目を輝かせながら、「きゃー♡」とにやけ顔を両手で挟んでパタパタしている。

まあ仕方ないとは思うけど。

だってこの年代、恋バナ大好きな女の子の最盛期だ。

でもこの場所では皆『帝一筋』である必要性がある。(内心はどう思っていようとも最低限表向きは)。

つまり凄〜く端的にこう言うことだ。彼女、恋バナに飢えている。

もう否定が面倒くさい。私のために犠牲になってくれ麗孝。

最悪見合いくらいセッティングするから許して欲しい、切実に。

「伝言は兄様に頼めるわ。兄様も口は重いもの、変な噂は立たせないわ。安心して頂戴」

立たないのではなく、立たせない…か。

まあそこは気にしたら負けだろう。

「ありがとうございます、朱修容様」

「………」

あれ、返答が返ってこない。

「朱修容様?」

「その呼び方やめて頂戴?」

「はぇ」

女官としてはあるまじき声が出た私を咎めるでもなく、彼女は可愛らしく頬を膨らませながら意見を述べる。

「そんなに年も変わらないし、貴方の方が出自自体は上なのよ?」

………前者はともかく、後者の理由に関しては何も言い返せない。

「では、何と呼べば?」

「ここは是非、小鈴(シャオリン)と…」

「いやいやいやいやいやいや」

ぱぁ、と顔を輝かせて呼び名を示そうとした彼女の声を遮って、先ほどとは比較にならないほどの強さと速さで否定する。

名前に(シャオ)を付けることは、わかりやすく言えば『ちゃん』付けで呼ぶようなものだ。

妃嬪相手にそれは無理だ。さすがに。

「……鈴華(リンファ)妃」

返答なし。

「…鈴華様」

返答、なし。

「………小鈴様ッ!」

流石にこれ以上は無理です、の意を込めて目の前の少女を軽く睨みつける。

これ以上私が妥協することがないということを悟ってか、むうと頬を膨らませた見せたが意図的に無視する。

数秒の睨み合い。だが、根負けは向こうのほうが早かった。

何せこちとら家柄の関係上、色々面倒臭いことをやらされてきた身だ。

認めたくはないが、忍耐という一点においては、他人を軽く凌駕するという自信がある。

目の前の美姫はふう、と頬の空気を吐き出して諦念を顔に滲ませた。

「…まあ今回はそれで妥協しましょう」

「…妥協なんですか〜」

「ええ、妥協です」

妥協、という言葉をやたら強調される。

なるほど、これ今後彼女に何か頼み事するたびに同じこと要求されるやつですね?

「兄様に頼んでみます。早ければ今日中に会えるでしょう」

やる、と決めたら後の行動は早かった。

さすがと言うかなんと言うか。

帝の妃という位に恥じない切り替えの速さと行動の迅速さに内心舌を巻く。

これが後宮の素晴らしいところでもあり、油断できない恐ろしいところでもある。

「必要なのは何?」

改めて問われ、私は呆れられるのを前提として端的に答えた。

「針と糸ですかね〜」

案の定と言うか、沈黙が流れた、と言うか絶句が場を支配した。

こうなるだろうなー、と分かっていただけに失笑を禁じ得ない。

妃嬪も女官もこの場の全員含めて、彼女たちの内心を言い当てることができる。

9割9部9輪こうである。

「何でそんなことわざわざ外の男に頼むんだよ!」

…と、こんな感じ。

そりゃそうだ、後宮の外の人間、特に男に関わることがある。

それすなわち、自分そして自分が仕える妃嬪を密通の容疑者にする危険性に晒すと言うことである。

普通やらない。単純に、便利さ以上に危険性が高すぎるから。

なんせ、この場にいる一部の女官からは、正気を疑うような目で見られている始末である。

甚だ心外ではあるが、念のためもう一度同じことを繰り返して言った。

針と糸も必要だが、もう一つ二つ用事があるから、と言うのは伝えずに。

次は3/15投稿予定です

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