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双禍の後宮  作者: 時雨笠ミコト
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女官と官吏

黎明ちゃんが雅亮に隠していること

『雅亮の愛用している筆がめちゃくちゃ書きやすいので、一本拝借したまま私物化している』

耳元で風鳴りの音がすると同時に、弓と同じく朱色に塗られた矢が勢いよく飛んでいく。

計算通りの軌道で飛んで行ったのを最初だけ見届けて、後は見ずに(きびす)を返した。

人に当たらないのか、とかは別に考えない。着弾点付近に居るであろう人は、自分の机から離れることがまず無い。

狙ったのは人に当たる事などまず無いであろう壁だ。

運悪く着弾直前のタイミングで、なんの偶然か十数個の窓のうち軌道上にある窓をピンポイントで開けようとしない限りは当たらないだろう。

まあ、万が一そんなことが起きたら、常人には避けられないが。

「ま、そんなことあるわけないしね〜」

尚宮(妃嬪を除けば後宮最高位の女官)に見つかる前にさっさと屋根から降り、廊下に降り立つ。

尚宮の名を持つ人たちは大体気難しい…というか、どっちかと言うと色々と細かい。

私は生来口調がハキハキしていないというか、のんびりした話し方をする癖がある。

女官になりたての頃、尚宮の1人に

「そんな話し方では品位も威厳も感じられません!そのままでは殿方に見初められるなど夢のまた夢ですよ!」

と、なんか不思議な怒られ方をした。

男子禁制の後宮、そこに勤める女官であっても、極々本当に、ほんっと〜に稀に!

祝い事などで、極々少ないが殿方と接点を持ったりする事がある。

その殿方が女官を見初め、身請け…言い方が悪い気がするが本当に【身請け】で、女官を引き取る事がある。

大抵の女官からすれば、見初められて引き取られるのは物凄く分かりやすく言うと『玉の輿』だったりする。だって後宮に入れるレベルの男の人って、低くて出世頭、高くて皇帝だ。どれが来ても収入平均以上確定、これを玉の輿と言わずしてなんと言う。

だからだろうか、そう言う怒られ方をしたのだが、私からしたら『だから何やねん』だった。

「その品位も威厳もない口調の人間が、今や賢妃様のお気に入りなんだからね〜。何事も鵜呑みにしちゃダメだよねぇ」

特に躳家長男坊の言葉はね。


弓を抱えたままなので、人目につかないように後宮と朝廷を分ける門の前まで行く。

繰り返すが、後宮は密通防止の為にも基本男子禁制だ。朝廷の官吏だとしても、中に通してもらえる事は絶対にない。

まあ妃嬪たちの住む宮からある程度離れてしまえば、弓を持っていたとしてもまあそんなに怪しまれない。

なんてったって、門番が結構ガバガバなのだ。正しくは、異物と不審者侵入には厳しいが、中にあるものと出ていくものにはそこまで気を配らない。

まあ彼らの管轄外になるものにはゆるいと言う事だ。

管轄の何かを失敗すれば、最悪物理的に首が飛ぶ。そう考えると管轄外のものに対して関心と警戒を裂かないのは合理的とも言えなくもない。

そう考えているうちに門に近づき、カランカランと小さな鐘の軽い音が聞こえる。

毎度思うのだが、あの鐘在る意味無いのでは。

ここまで接近しないと聞こえないって、音が小さすぎるし軽すぎる気がする。

「すみません、伝言役として参りました。喰蘭台次郎です」

鐘の音より本人の声の方が大きく聞こえている。

いくら門越しでは鐘の音が聞きづらいとは言えコレはヒドイ。

そしてどうやら、訪問者は矢文で用件を伝えた躳家長男坊ではなく、喰家の従兄弟らしい。

「尚服の頓宝林にお取次ぎ頂けないでしょうか」

そしてどうやら私に用事があるらしい。

あれ私何かやったっけ、何やらかしたっけ、怒られることしたっけ…とだらだら冷や汗をかきつつ、取り敢えず機嫌が悪くなってお小言が増える前に門を可及的速やかに開けることにした。

「はーちゃん…私何かしたっけ……?」

門を開いて、相手の顔を見るよりも先に開口一番確認を取る。

門の先には、やはり見慣れた従兄弟がいた。

切長の目と、青みを帯びた黒髪。元から中性的な顔つきであったため、男装していると確かに美男に見える。

はーちゃん、とは幼い頃からの愛称だ。

職場では出さないようにしているのだが、不安が先行してボロが出た。

「黎明、流石に此処でその呼び方は…」

案の定、口に出すや否や咎められた。

元々職務に忠実で真面目なのだ。怒られるであろうと予想はできていただけに、苦笑いが漏れる。

「……取り敢えず、用件を先に伝えておこうか」

用件を聞くより先に表情を読んで、用件が長男坊に送ったはずの『針』に関するお願いについてだろうと当たりをつける。

そして純粋に驚きの声をあげた。いくらなんでも仕事が早すぎる。

「針もうできたの!?あの長男坊性格はともかく…というか性格以外完璧すぎない!?性格以外は!」

「黎明、言い過ぎだよ」

「確かに完璧は言い過ぎだね」

確かに、この世の何処かには、本当の完璧超人がいるかもしれない。

目先の凄い人を完璧と呼ぶのは、その完璧超人たちに失礼だった。失念。

「それに、針は発注しても数分で完成するものではないよ」

「性格悪いのは否定しないんだねぇ…」

閑話休題、ならなぜここに来たのだろう。肝心要の針がないのでは来た意味が……

「針の今日中の発注・納品は難しい為、代替案の提案に来ました」

理由判明。無自覚だと思うけど、的確に先回りして答えてくれた目の前の麗人を内心で拝み倒す。

「わぁい、はーちゃんありがと〜」

躳家の長男坊ならこうは行かない。

悪人が裸足で逃げ出すような悪〜い顔して、『ならなんだと思う?』と言ってから、正解するまでネチネチネチネチとこちらを弄り倒すのだろう。

明確に予想できるのが逆に腹立つ。

「あの糞緑頭が……」

頭の中をものの数瞬で駆け巡るおちょくられ続けた日々に、反射で手の中にあった矢を思いっきり握りしめる。

ばきっ、という音と共に、握りしめた矢が本来の役目以外の原因で昇天していた。

その音で我に返り、ハッと顔を上げると何とも言えない顔でこちらを見ている従兄弟と目があった。

どうやら私が長いこと思案している間に、また何か聞き逃してしまったらしい。

「…ごめんね、用件極限まで手短に言うとどうなるの?」

「すぐに針はできないから、麗孝(りきょう)に借りてほしい」

麗孝…フルネームだと躳麗孝(きゅう りきょう)、いつぞや、というか矢を撃つ時に候補の一つとして考えていた躳家の次男坊である。

「兵部にいるから、裁縫道具を借りに行くといい、と雅亮兄さんが」

雅亮、つまり躳雅亮。もっとわかりやすく言えば長男坊……あの嘘吐き長男坊。

「…また嘘?騙された?一枚噛んだ?どっち?」

極たまーに、目の前の従兄弟はあの長男坊にまんまと騙される事があるのだ。

まああの長男坊は従兄弟…もとい伯璃ちゃんには基本頭おかしいくらい優しいので、仕方があるまい。

本人無自覚のまま嘘に加担している事があるので、確認しなければならない。

「麗孝なら常に裁縫道具を持ち歩いているから、今回は嘘ではないよ」

……そういえばそうだった。

次男坊は器用貧乏ここに極まれりな人であった。

そして、兵部、つまり激しい運動をする人たちと関わる事が多い場所に勤務している関係上めちゃくちゃ頻繁に服が破れる。

だって土木工事とかするんですもん。

で、色々な素材のものを破いたりするから、多分私が必要としている針も持っている可能性は大きい。

「…あー、うー、うん……ソダネ…」

「それなら、私は戻るけど、兵部の場所はわかる?」

場所はわかる。が、忘れるなかれ。私は賢妃様お抱えの女官である。

「……矢文は」

苦肉の策だが、まあないよりはマシだろうと言う選択肢を提示して見せたが、

「流石にやめた方がいいと思うよ。誰かに言伝を頼もうか」

ばっさりであった。

そして代替案は言伝。言伝ができる人…できる人…?具体的にどんな……

「後宮に家族がいる人か、後宮に出入りしても問題ない偉い人、知ってる?」

『具体的にどんな人か』を至極簡単だが的確な言葉で説明された。

正直とても助かる。でも、色々的確すぎて思考を先読みされている気がしてきた。

後宮に家族がいて、特例で後宮に入れるくらい偉い人。

つまり私から見れば、催事の際に後宮内に入れるような家族を持った妃嬪を探せば良いわけで。

その条件に引っかかる人を脳内検索し、私も簡潔に回答を返した。

「うん!知ってるよ〜」

自分でもこれは『元気な回答』だなぁと思う返し方をしたせいか、はーちゃんもにこやかに微笑んだ。

「良かった。他に何かないなら帰るね」

「大丈夫!」

その背中を見送った後、後宮に向かって足を進める。

その時点で、私の頭の中では紅い髪を持つ妃嬪が楽しげに笑っていた。

次は3/8投稿予定です

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