ハプニング発生
黎明は一回はーちゃんの硯を割ったことがある。
隠蔽してなくした扱いにしているが、いつバレるか気が気ではない。
「うう……はい。スミマセン」
俯いてまず謝罪をすれば、ため息が聞こえてきた。
頭の中にある今後の予定の図式……と言うよりか映像を無理矢理言語化するべく、暫く考える。
ぼそぼそと相当頼りない声量と口調で喋っている自覚はあるが、そのまま会話を続けることにした。
「んーっと、まずあの中にいるのは私達賢妃様陣営の妃嬪だね。一応証拠がコレ」
しゃらり、と取り出した簪が揺れて人工的な三日月が光を反射する。
後宮内なら大体これで通じるのだが、はーちゃんは“こてん”と首を傾げてしまった。
しかしすぐさま何かを思い出す体制に入ったらしく、少し目を閉じて思案の海に潜る。
しばらくそのままの姿勢を保ち、目当ての情報を引き当てたのだろう。
はーちゃんが、ゆっくりと目を開けた。
そして開口一番発した言葉は、
「と、言うことは、中に居るのは賢妃様?」
「ちょちょちょちょちょ、はあ?」
なんか今とんでもないこと言いよったぞこいつ。
「なん…ッ、え?なんでそうなった!?」
なぜそんな思考に至ったのか、慌てて確認する。
私をここまで慌てさせた張本人は特段気にした様子もなく、淡々と理由を述べ始めた。
「花鳥風月の衣装が許されているのは四夫人だけ。その中で月が与えられているのは賢妃様だけ。ここに落ちていたのが月の髪飾りなら、中にいるのは賢妃様だと予想したけれど……」
途中まで喋った後、はたと言葉が途切れた。どうやら色々な情報を加味して結論を組み直しているらしい。
簪を注視して少し目を細める。そして少し考え込む動作をしてから、新しい見解を述べた。
「満月が完全な月としたら、三日月は欠けた状態。新月から満月に近づくから、三日月はある程度、派閥内の半分よりした程度の権力の部下に下賜されたものと考えられる。……つまり、中にいるのは賢妃でなく、賢妃陣営の比較的若い妃嬪?」
「うん、そう。私の説明より先に正解に辿り着くその頭脳、流石としか言いようがないよはーちゃん」
しれっと結論を自力で導き出した秀才すぎる幼馴染に呆れながら、今後自分がどうしたいのかの説明を始める。
「取り敢えずあの中に居る妃嬪を救出、私はこの後すぐ芸を披露しなきゃいけない。でも今回は何かしら……えっとぉ、何か……嫌な感じ?なんだろ、色々考えられてて、踊らされてる感じがするから……でも、なんで言えばいいのかなぁ」
またしてもうまく言葉にできず、もだもだと意味のない単語が連なる。
それでもはーちゃんは根気強く待ってくれていた。
大抵の人はこの時点で、「早く言え」とか「上手く言葉にしてごらんなさい」とか言ってくる。
しかしはーちゃんは、私がそういった言葉をかけられると逆に上手く言えなくなり悪化することをよく知っている。
なので、はーちゃんただは一言「落ち着いて考えて」と言った。
「後宮の中の人がやりたがるような陰謀を、後宮の外の人がやってるみたいな違和感があるの。人事とか……そこらへん」
「それで?」
「私は今回の芸を完遂し次第、今回の企み……とまで言えるかはわかんないけど、それを首謀した後宮内部の人間を突き止めるから、はーちゃんは手伝った……もしくは利用された?朝廷側の人間を探して、あわよくば無力化して欲しいの」
それだけどうにか言葉にすると、少しだけはーちゃんの眼がしらに力が入った。
知っている人は少ないが、一見真顔に見えてもはーちゃんの表情はよく見たら動いていることが多い。
まあ動いていると分かっても、その機微で今現在の感情を推測するのは非常に難しいのだが。
だが今は見るまでもなく感情を当てられる自信がある。まずは呆れ、ついでに不機嫌だ。
まるでその回答の答え合わせをするように、不服そうな雰囲気を隠す気もなくはーちゃんが私に一つ質問を投げかけた。
「相当無理なことを言っている自覚は?」
「一応アリマス……」
そう答えると、はーちゃんは一つ、しかしそれはもう深々とため息をついた。
私が言えたことではないが、はーちゃんは最終的な無茶ぶりに対する許容範囲が広すぎる気がする。
「じゃあ後宮側の首謀者の特定はできてる?」
「……怒らない?」
「聞いてから決めるかな」
一応保険をかけるための第一声を放った後、今度は単純に言葉にしたくなくて口ごもる。
しかしはーちゃん相手にそんな時間稼ぎが長々通じるはずもなく、口ごもってから一秒経つか経たないかのうちに、私は言葉の続きを発していた。
「確信はないの……ただ、全体的な雰囲気とか、今回徳というか……今上陛下に目をかけてもらいやすい条件が整ってるのが、その人な気がして」
「つまり誰だと?」
「えと、細充媛」
そうなのだ。今まで部分部分「これ証拠になるのかもなあ」という事実や物品は収集しているのだが、何分絶対的な証拠や証言にたどり着いていない。
特に今回は、後宮外からの干渉もあって……簡単に言ってしまえば、私の管轄下における物事が少ないのだ。
だから私が導き出したこの結論も、今回のことを起こして得する、もしくは現在進行形で得をしている人物は誰か。
そして周りからやけに注目されている人は誰か、最近あった異変に関わった、若しくは近しい人は誰か、という状況証拠に近いもので無理矢理導き出しているに過ぎない。
「……了解。とりあえず、扉を開けてあげた方が良いと思うよ。黎明の言い分と、陣営を考えると此方に害はないでしょう。何より、閉じ込められていた時間的に、妃嬪の体力の限界が近いと思うよ」
「あっ」
ごもっともすぎる指摘にようやく気付き、慌てて締め切られた扉の方に近づく。
私がはーちゃん相手にのんびり話している間にもずっと扉を叩き続けていたのだろう。
叩きすぎて力尽きつつあるのか、どん、どん、と叩く回数と速度は途切れがちになっていた。
「あーっ!あーっ!待って、まだ力尽きないで!今開ける!今扉開けますからっ!!」
がたがたと騒々しく音を立てて扉を開けば、こもった暑さで頬が赤くなった妃嬪が、扉にもたれかかっていたのかこちらに向かって倒れ込んできた。
「うわわわわわ」
慌てて抱き留め、何とも都合よく持っていた水筒から水を飲ませる。
か弱い女性一人程度の体重ならば、筋肉量的にも私一人で抱き留めることが可能だった。
だが平均的な身長と比べて圧倒的に小柄な私よりも、その女性は相当上背がある。
端から見たら、結果は『私が潰れる』一択なのだろうが、弓術は体幹と筋肉量が必須だ。筋肉ムキムキか大男でもない限りは、私とある程身長差があっても受け止めることはできる。
「大丈夫ですか〜?」
意識が明瞭かどうかを確認するために話しかける。
時折ではあるが、水を飲んだりしていても、ほとんど気絶状態だったりするのだ。
え?なんでそんなこと言えるのかって?
はーちゃんから良く私が同じ状態になる、って結構な頻度で愚痴られてるからです。
実際私一切記憶にないんだけどね、どうやら私も同じ状態に良くなるらしいので。
ある意味コレって経験談なのかな?私と言うよりはーちゃんの経験談な気もするけど。
まあ役に立ってるならなんでもいいか。
「ええ、意識の方は……大丈夫よ」
そうしっかりと受け答えをして、妃嬪がやはり水を飲む。
脱水症状にはなっていないらしい。これなら舞うこともできるだろう……そう考えた矢先だった。
「痛……ッ!」
「ほあ?」
声に反応して振り返れば、妃嬪が足を押さえてうずくまっている。
そしてその足は、手の隙間から覗く肌を見ればわかるほど、わかりやすく負傷し腫れ上がっていた。
「……こーれーはぁー……もしかしなくても?」
「駄目ね、動かないわ。無理な脱出を図ろうとしたのがいけなかったのかしら」
「あああああああ嘘でしょー!?」
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