「幻の薔薇」(映画)
監督アモス・ギタイ
出演レア・セドゥ, グレゴワール・ルプランス=ランゲ, カトリーヌ・ジャコブ
戦争から開放されマージョリーはパリに出て美容サロンで働き始める。バラ栽培の研究者ダニエルと出会い結婚、念願のアパルトマンを手に入れる。理想の結婚生活を求めるも、いつしか借金地獄につかっていき、静かな生活を望む保守的なダニエルとの間に、決定的な亀裂を生じ始める...。
なかなかに観るだけで、苦痛を強いられる作品。とにかく説明がない。関係性が解るまで時間がかかる。この人何者? と読み解けなかったり。
フランス映画、冗長に感じるものが多い。
薔薇に関する場面がでてきたのも、半分近くなってから。でも、主人公の買い物好きは、結婚直後から始まっている。夫婦で引っ越してから、加速ってわけでもなさそう。それよりも、エステティシャンとして働いている彼女が、それまで浪費家でなかったとしたら、その方が不思議。旦那のお金で、というわけでもなさそうなのに。
途中で中断して、翌日最後まで視聴。最後まで淡々としていたけれど、これフランス映画の特徴かな。他の作品、「17歳」とか、川端康成原作の「眠れる美女」なんかもこんな印象だった。
借金がかさんで、エステサロンもクビになって、「私の人生をぶち壊した」と旦那にあたる主人公。その彼女に一言も言い返す事なく、失笑さえみせる旦那。この無関心さ。「ピアニスト」の男に通じる怖さがあった。
題に薔薇を持ってきているわりに、この新種の薔薇が造られるのかどうかも、わからない。とにかくこの夫婦、噛み合わない。見ている世界が違う。
買い物依存に陥る彼女ばかりが悪いとも思えなくなる。
現実の借金が圧し掛かってからの彼女の行動は、目をかけてもらっていたサロンに対する背任や、旦那の父親を誘惑しようとしたり、確かに同情や共感できるものではないけれど。
しかし、この旦那にとって、彼女の存在って何だったんだろうって思ってしまうよ。でもそれは同じく、彼女にとってのこの男は、自分の夢を叶えてくれる理想の王子さまだったのだろうか、とも思えるけれど。
彼に恋し憧れていたのは、家柄や、周囲からの羨望のためだったのだろうか。
「あなたの躰はあなただけのもの。望まないなら産まなくていい」
と中絶を暗にすすめる、女性医師。
この場面が、この映画で言いたかったことなのかな。
カトリックというだけでなく、中絶に関しては厳しい認識のイメージがあるフランスなのだけど。
それなら、あなたの躰があなただけのものであるように、体内の子どもの躰も、その子自身だけのもの。自分のなかにあるからといって、他者の命を自分が左右してもいいのか、と問いたい。
それにしても最後まで説明が少なくて、最初の方のカットの意味ってなんだったんだろうと、首をひねっていたのは最後まで解消されなかった。
そして、買物依存症というほど贅沢な部屋とも思えないのも不思議な感じ。彼女がのめりこんで聞いているラジオのコマーシャルで語られる品々は、戦後フランスではまだまだ贅沢品ということなのだろうな。
今一つ判らなかったのが、旦那の収入。初めに彼女が買った車はさすがに贅沢品と納得だけど、パリのアパートの家具や装飾品がそれほどの借金になるというのがピンとこなかった。そんなささやかな生活さえ満たせない旦那への不満が彼女の不満の実態か。結局彼女は、借金を自分でどうにかしようとルール違反して首になるのだし。
幻想を追い過ぎて、現実が見えてなかったってことかな。夫の方も、現実生活よりも幻の薔薇なんだろうし。
美しいけれど実体のない夢、そんな物語。




