「インフェルノ」(映画)
監督Ron Howard
記憶喪失状態でフィレンツェの病院で目覚めたロバート・ラングドン教授は何者かに命を狙われるも、医師のシエナ・ブルックス(フェリシティ・ジョーンズ)の手引きで事なきを得る。やがて二人は、人口増加を危惧する生化学者バートランド・ゾブリスト(ベン・フォスター)が人類の半数を滅ぼすウイルス拡散をたくらんでいることを知る。彼らは邪悪な陰謀を阻止すべく、ゾブリストがダンテの叙事詩「神曲」の「地獄篇」に隠した謎の解明に挑むが……。
「ダヴィンチコード」のラングドン教授三作目。不確かな記憶状態から命を狙われ手探りの逃避行。
地球環境のためのウイルスを用いた人類殺戮計画。これも救世主症候群のうちなのだろうか。コロナかの今、蔓延するウイルスの脅威で経済活動が制限され環境問題が激減したニュースを目にしたりすると、タイムリーさを感じる。2016年の映画だけど。
「天使と悪魔」に続くイタリア名所巡り。ラストのイスタンブールの地下宮殿と、場所選びが抜群にいい。地下水から伸びる石柱の美しいこと。
人間は地球のガンなのか、って自分の10代のころ、漫画なんかでよくみたテーマのように思う。その思想を、金と権力と影響力を持った人間が抱くと、とんでもない行動化に繋がるのか。
それを決める権利が自分にある、と思うことが傲慢だとは自分では思わないのだろうか。教授の言うように、「行動すること」が必要であるなら、それは他者の意見を聞くことなく、一方的な決定の圧しつけという支配の形ではなく、地道で遠いように思えても、声を上げ、賛同者を得て、対立者と意見を交わして擦り合わせていくしかないのではないか。
資本主義経済のシステムのなかで、聞く者はいず、声なき声は潰されてきたように思えても、何十年スパンで見た時、明快な問題は問題として意識される機会は増えているし、現実的にできることを考え行動する人も増えているはず。
誰が生き残り、誰が死ぬかまで、この事件の首謀者は決めていたのだろうか。それとも自分も含めて、運を天に任せていたのだろうか。ウイルスの拡散の仕方とか、ドラマチックではあったけれど、具体性が見えなくて、もう少し詳しく知りたかったな。そして、ワクチンの有無にしろ。自分と仲間はどうなる予定だったのだろう。その辺のヴィジョンも判らなかった。




