「風をつかまえた少年」(映画)
監督キウェテル・イジョフォー
2001年、アフリカの最貧国マラウイを大干ばつが襲う。14歳のウィリアムは飢饉による貧困で学費を払えず通学を断念するが、図書館で一冊の本と出会い、独学で風力発電のできる風車を作り、乾いた畑に水を引くことを思いつく。いまだに祈りで雨を降らせようとする村で、最愛の父でさえウィリアムの言葉に耳を貸さない。それでも家族を助けたいという彼のまっすぐな想いが、徐々に周りを動かし始める。(C) 2018 BOY WHO LTD / BRITISH BROADCASTING CORPORATION / THE BRITISH FILM INSTITUTE / PARTICIPANT MEDIA, LLC
最初のころの、切れた乾電池を繋いで電気を得る場面からもう、「かっこええ!」。こういう子、大好き。
内容からも、吉野だ、と思いながら観てました。吉野を突き動かしていたのも、こういう感情だったのかな、と。(自作「胡桃の中の蜃気楼」の登場人物です)
見終わってから、アマゾンレヴューも読んで、この干ばつが多くの人の命を奪うほどの社会問題となったのは、政治の問題だけでなく、国が未熟でさまざまな知識がないことが問題なのだとわかる。
風車を作り、ポンプで水をくみ上げる、広範囲に水を撒く、という発想ができるのなら、族長の治める地域だけでも、人海戦術で農地の一角を守り地域の人たちの食料分を確保することはできるのではないかと思いつく。
けれど、ここで足りないのは、そういった灌漑知識。農業の知識。
父親が息子を連れて訪ねた、たばこ農場の友人は、彼らよりも確かな知識を持っていて、干ばつと飢饉に備えるように告げている。知識があれば、原因もわかるし、予測もできる。それに対してどういった対処ができるかだよね。
先生の自転車のライトから発電を思いつき、廃品処理場から拾ってきた部品で組み立てていくところ、本当にかっこいいと思う。父親から理解を得られなくても諦めないところも。根気よく、解ってくれるのを待つ姿勢も。
そしてお母さん。姉の反発なんかもすごく理解できる。
科学とか、知識とか、こういうふうに使われるべきもの。知識をもつものが高い値段でもたないものに売りつけるのではなく、自分たちで工夫して、自分たちが扱える形のものを創って管理していく。それができればいいのにな、と思う。
太陽光発電や風力発電で電気を得るよりも、原子力の方が安いと言われているのは計算の仕方が違うんじゃないのか、とか実情にあった方法の余地があるんじゃないか、とかいろいろ考えが広がる。その前にもっと調べないとね。
いい映画でした。子どもと観たい。もっと勉強がしたくなる。
「図書館を使わせて」
自分を情報弱者のままでおかないこと。答えがあると信じて求めることをやめないこと。頑張ろうと思う。
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後日、子どもと再視聴。二度美味しい!




