「ハイ・ライズ」(映画)
監督ベン・ウィートリー
出演トム・ヒドルストン, ジェレミー・アイアンズ, ルーク・エヴァンス
高名な建築家ロイヤルによって設計された高層マンション群"ハイ・ライズ"は、ロンドンからほど近い通勤圏内にありながら、喧騒から切り離された別世界。
朝から映画観てた。何年か前に一度観て、最近またアマプラに入っていたので再視聴。
変な感想になるけれど、心理分析クイズみたいに思ってしまった。ラングのネクタイへの執着はなぜだろう、とか。彼にとっての家族とは、亡くなった姉の存在はどんなものだったのか、とか。開封されない荷物の意味はとか。
主人公ラングの引っ越してきたタワー・マンションは上、中、下層階で階級分けされている。ラングは中級階の住人だか、このタワマンのオーナー、ロイヤルに気に入られ、下層階のワイルダーとも距離を保ちながらも一目置かれている。
ワイルダーから見たラング評は、常に冷静で感情を露わにしない、「君のような自己完結型が最も危険だ。タワー暮らしの心理的な重圧に鈍感でいられる。客観的で、まるで大気中の進化した新種のようだ」
ラング自身は、このタワーを人体に喩え、廊下を歩く自分を血中を移動する細胞みたいだと表現する。
そして、ラングは精神科医。このタワーの住人を患者予備軍として見ている。ナルシストとうつばかりだというのが彼の第一印象。医者と患者という視点で彼の行動を見ると、一定の距離を保ちながら眺めているだけで介入しない、一見異常な行動にも納得できる。
電力不足の停電から外面化されたタワー内部での階級闘争、その惨状は、内面の行動化されたものとして対象化、分析されているというか。彼の他にもワイルダーの悪乗りに便乗する精神分析医が出てきて、フロイトのジョークを言っていたりする。
感情を排しているように見えるラングに自尊感情がないわけではない。自分を侮辱したマンローに「鼻っ柱をへし折ってやる」、と虚偽の検査報告をして(厳密には何も語らないことで)、絶望を与え自殺に追い込む。
それに関係を持った相手に「あなたはこのタワーで最高の備品」と聴いたと言われて、それなりにショックを受けていたりする。女性たちにとって、大人しく、美しいラングが、性的対象物だったりするのだ。
このタワーでの女性たちの扱いがとても即物的。ロイヤルは紳士的に妻のために、と口では言ってはいるものの、支配的であることに変わりはない。上流、下層階級変わらず女性は男性の性的対象物のよう。
ラングが「ここで唯一まともな人間」と評したワイルダーなんてその最たるものだったが、最後は女性たちに惨殺される。
精神科医ラングにとって、抑圧、不平等に敏感で、性衝動、暴力衝動に正直に行動するワイルダーは人間としてまともなのか。正しいか、間違っているかではなくて、理論通りの本能に抗わない人間として。
そして最後のオチで語られるナレーションが、この惨状は「行き過ぎた子どもの遊び」で、「ラングは患者候補の多くいるここでの開業を考えている」「みんなを降伏させよう。道理よりも強力な理論で」。
ここから想像できるのは、彼が意図したものでなくその場に居合わせたに過ぎないにしろ、異常な状態に突入してからのタワーは彼の巨大な実験場で、ことの成り行きを見届けたラングは、医者として、これから住人の集合意識を支配するのだろうな。
この巻き込まれなさが、ワイルダーのような通常の人間からは異常で、全てに無関心、自閉的に映り、怖いのだろうな。これが彼の個性からくるものなのか、職業的な特性なのか。その両方か。
階級制度の暗黙の了承に従うのが道理なら、反発するのも道理。それ以上に強力な理論は、抑圧されたリビドーの解放だったりして。
暴力的で支配的な男性性は排除され、赤ちゃんの誕生によって連携された女性たちの母性を「新しい家族」として、ラングはここに安定を見いだした。それは姉の喪失を補う存在であり、彼の新しい母胎なのだろうか。




