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推しカプ万歳!(?)  作者: 伊住茉莉
3/3

3私の理想は叶わない

 さっきから展開と様子がおかしすぎる。

 電話で梨奈ちゃんが呼び出されたとこまでは順調だった。問題はそのあとだ。

 1人じゃ心細いからと本社まで一緒についていき、エントランスで解散かと思いきや、一緒にどうぞと会議室に通され、あげくの果てアイドルデビュー?私はそのためにここにいるのではない。

 あくまでも目的は、梨奈ちゃんと推しが結ばれて推しカプ成立の瞬間に立ち会うこと。それが無理だとわかっているから、きっかけぐらいは共にしたいということだけだったのに。

 なぜこんなことになっているのだろうか?混乱している私を、梨奈ちゃんは横から何か言いたげなキラキラとした目でこちらを見つめてくる。そして、ついにこらえきれなくなったように言い放った。


「それ、すっごくいいと思います!」


(ちょっと待って...!梨奈ちゃん...!)

 どう考えても私が合宿所に行くのはおかしいのに、平然とこの2人は受け入れているのだろうか?むしろ受け入れると言うよりも引き入れようとしているかのようにさえ感じる。


「ほら!梨奈もこう言ってるし、いいでしょ?社長にはうまく言っておくし!それに君、なんか男装似合いそうじゃない」


 そう言われて私はハッとした。

 確かに私は今まるでこの展開が分かっていたかのような、ボーイッシュな黒髪のショートヘアだ。っていうか、気軽に梨奈ちゃんを呼び捨てにするんじゃないよ。主人公だぞ。...と現実逃避していても、期待の籠もった眼差しは私に注がれ続けている。

 確かに合宿所に行けば、推しカプの目が眩むほどキラキラしたラブストーリーを肉眼で拝めるかもしれないチャンスが格段に上がる。だがしかし、推しカプの邪魔をしてしまう可能性だって否定できない。ここまで野次馬精神に従ってのこのこやってきたが、ここでファンとしての理性を取り戻すべきだ。推しカプ陰ながら応援するのが正しいファンの姿といえよう。

 私は、固い決意とともに口を開いた。


「すみませんが、おことわ」

「わーーーやった!やってくれるんだね!」

「嬉しい!澪ちゃんと一緒にいられるなんて!」


 ん?今、何が起こった?

 私は確かに断ったはずなのに、石野さんは「そうとなれば、空き部屋の掃除だ!」と張り切り始めて、梨奈ちゃんは「これからは澪ちゃんじゃなくて、澪ってよばなきゃだね!」と高いテンションで話しかけてくる。って言うか完全に私の言葉を遮られている。


「あの、ですから」

「澪ちゃん、いや澪。女に二言はないよね?」


 満面の笑みの梨奈ちゃんの顔がゆっくり迫ってくる。梨奈ちゃんから逃れるように体を引きながら、いそいそと契約書をカバンから取り出している石野さんへ必死に呼びかけた。


「いや、ちょっ、ちょっと待ってください!そもそも私オーディションとか受けてないんですよ?!」


 この一瞬で思いついた私が契約してはいけない一番の理由だった。ていうかそもそも才能を買われた訳でもないのに、その場のノリでスカウトされるのはおかしいだろと素直に思った。

 私の反論に対して石野さんは契約書を探す手を止めないまま、顔だけちらっとあげた。


「あーそこは大丈夫!安心して!そもそもうちの事務所はスカウト後にオーディションというか、ほぼ完全スカウト性だから、僕がスカウトしたってことで問題ないよ!」


 これまた満面の笑みでかわされてしまった。更に石野さんは、「利央も僕がスカウトしてきたしね~」とへらへら笑っている。こっちは緊急事態なのだから、頼むからへらへらしないでほしいと本気で思ってしまうほどに心に余裕がない。


「と、いうわけで契約書にサインしてくれるかな?印鑑持ってたら押印もお願い~」


 いつの間にか横に立っていた石野さんはそういいながら私に契約書を差し出してきた。私が手を差し出さずにいると、受け取らないと悟り私の目の前に契約書とボールペンを置いた。

 さすがの石野さんでもサインの強要はできないのか、契約書を私の前に置いてからは何も言ってこない。梨奈ちゃんは先ほどと変わらずキラキラとした目で私を見続けている。その視線はまるで、「女は度胸よ」と言っているようだった。さっき「女に二言はないよね?」と聞いてきた梨奈ちゃんなら言いかねない言葉だと思う。


 先ほどまでとは打って変わって、エアコンのコーッという稼働音だけが聞こえる静かな部屋になってしまった。向かいの会議室は会議が終わったのだろう。部屋からぞろぞろと人が出てきて、私たちの部屋よりも廊下の方が騒がしかった。

 私が固まっている間に、梨奈ちゃんと石野さんは契約書の確認をしていた。利央には契約自体は説明済みなため、サインは代筆でよいと本人了承済みらしい。それに納得すると梨奈ちゃんは紙に”新田利央”と少し大きめな文字で記入した。きっと利央の癖の真似をしたのだろう。

 さて、どうしたものか。目の前に置かれた契約書を呆然と眺める。

 そして、私が転生する前に若干雑だった神様が言っていた言葉をふっと思い出した。


”私、世界を新しく作る専門の神様なのね、だから完全に同じ世界にすることができなくって、あなたの希望通りにはいかないかもしれないの!”

”無機物に生命をもたせるのは高難易度だから、そのSugarってのに近しい人間でもいいかな?”


 この1つ目の言葉は、推しカプが結ばれない可能性もあるって話かと思っていたし、2つ目の言葉は、それこそ梨奈ちゃんの友達とか、ビスケットミュージックの社員とかになるのかなーと解釈していた。

でも神様がこの言葉を口にした真意は違ったということなのだろう。

 この世界は新しく作られている。

 私は、転生するならSugarの合宿所の壁とかで。と希望した。壁は難しいといわれたので、Sugarに近しい人間で手を打った。しかしよく考えると、壁レベルでSugarに近しい人間ともなると、本来ならば梨奈ちゃんに転生するべきところ。それを私は却下しているのだ。


(もしかして、そのせいで私がSugarの一員になるとかいうトンデモ展開が訪れてるとしたら...?)


 そういうことなら頷ける。そもそも梨奈ちゃんと私が専門学校の友達である辺りから変といえば変なのだ。物語の中では専門学校は本当に一瞬しかでてこないし、作中の梨奈ちゃんの相談相手は決まってマネージャーの石野さんか、ヘアメイクの夏木さんという女性だった。


 だとしたら、この状況を受け入れるしか手立てはないのだろう。”近しい人間”というポジションを望んだのはほかでもない私自身なのだから。

 開き直ってしまえば、推しカプをここまで近い立場で眺められるのだ。梨奈ちゃんを海人と千早と雄太が仲良くしているところも間近で見られるわけだし、推しカプをくっつけるための誘導も必要であればできるというわけだ(できる限りやりたくはないが)。


「わかりました。契約させていただきます」


 契約書をざっと読んだが、特に変なことは書かれていなく、契約は2年更新らしい。ゲームの中で梨奈ちゃんが利央として活動するのは2か月だ。利央が戻ってきたとしても私は2年やらなければいけないわけだが、それはまあ仕方がない。決意を固めボールペンを手にして、契約書に”文月澪”とサインをした。しかも、今日は運悪く印鑑をもっていた為、一点の不備もなくしっかりと契約を結んでしまった。

 もう後戻りはできない。推しカプのためにアイドルになるしかない。


「澪、これからもよろしくね!」

「文月澪ね~やっぱりいい名前だ!これから共にトップアイドルの道を登って行こう!」


 こっちは一世一代の決意をしたというのに2人はとても楽観的だ。石野さんはニコニコ顔で契約書をカバンの中にしまって、梨央ちゃんも先ほど以上にご機嫌だ。先が大分思いやられる。


「じゃあ契約書の確認も終わったし、早速合宿所へ向かおうか!今日は新メンバーのお披露目ってことで3人ともオフだから存分に仲を深めるんだよ!」


 石野さんに続いて会議室を出た。さっきはこの廊下をルンルン気分で歩いていたのに、今は変な汗をかいているし、Sugarとの対面のことを考えるとキリキリと胃が痛い。その一方で、梨央ちゃんはニコニコ笑顔で廊下を歩いてる。面白いぐらいに正反対のリアクションをしているなと思った。


 先ほどのエレベーターで地下1階へと降りると、そこは駐車場になっていた。いろんな形をした車がズラリと十数台ならんでいる。さすが大手芸能プロダクションだ。その中の1台の銀色のハイエースへと乗り込んだ。もちろん、運転手は石野さんだ。

 車の中には紙袋が用意されていて、中身を見るとウィッグと服が入っていた。梨奈ちゃんの男装用のものだったらしく、石野さんに言われて梨奈ちゃんはいそいそと着替えはじめた。

 スチル以外の男装梨奈ちゃんが見れると思うと嬉しさで涙が出てきそうだ。私はもともとショートヘアで、今日はたまたまズボンを履いていた為、メイクを落として男装終了となった。はたして男装がこれでいいのかは私も疑問ポイントではある。


 ビスケットミュージック本社を出発してから1時間ほど経ったころ、ついにSugarの合宿所に到着した。梨奈ちゃんの男装はもちろん完璧に仕上がっているが、スチルよりも実物の方が2倍くらい可愛さが引き立っている。出会った瞬間メンバーにばれてしまうのではないかとヒヤヒヤしてしまう。

 ハイエースのドアが開き、ついに私はSugarの合宿所に降り立ってしまった。

 ゲームの物語はほぼここで進展していくといっても過言でもない合宿所。正直、ここの間取りは完璧に説明できるくらいにはゲームをやりこんでいる。地上3階建の建物だが、実際には地下1階、地上2階というような構造だ。玄関を入ってすぐに階段があり、上って右手側のドアを開けるとそこは全員の共有スペースとなっているリビングがある。

 1階は防音設備がしっかりと行われたスタジオがあるが、玄関直通ではなく一旦リビングを通らないといけないという若干の不便利仕様なのだが、そのお陰で、何度仲直りして、何度愛が育まれたことか...感謝してもしきれない不便利ポイントだ。

 2階は主に共用スペースとなっていて、リビング、ダイニング、キッチンがある。ちなみにテラスもあるので、BBQイベントなんかもルートによっては発生したりする。

 3階は各々の部屋がある。それぞれの部屋の中にトイレとお風呂があるので、ラッキースケベ的なのはなく、梨奈ちゃん的にも入れ替わりがばれる可能性が格段に減る重要ポイントだ。今回に限っては私にとってもありがたいポイントであることは間違いない。


「澪?何ぼーっと突っ立ってるんだ?利央(・・)も。早くいくぞ~」


 石野さんに声をかけられて気づく。今から梨奈ちゃんは利央として生活することになるのだ。感慨深い。感慨深すぎる。ついに始まるのだ。「君に捧げるSweetmusic」が!

 私はさっきまでの胃が痛いお通夜モードから、ハッピーなオタクモードへと完全復活を遂げた。しかし、梨奈ちゃんはゲームのストーリー通り、決意を新たに気を引き締めているところのようだ。うんうん、その調子で出会いイベントも頑張ってね。

 2階のテラスを利用して作られた駐車スペースから少し歩くとすぐに玄関があった。石野さんはドアの鍵を開錠すると、なんの躊躇もなくガチャリとドアを開けて、靴を脱いでずんずんとリビングへと向かって階段を上っている。梨奈ちゃんを私も急いでドアの内側へと入ると、ゆっくりと閉まってきていたドアがガチャリと音を立てた。そして鍵のつまみが勝手に回って自動でロックがかかった。もう戻れない。


 ゆっくりと、しっかりとした足取りで階段を上っていく梨奈ちゃんの背中に感動を隠せない。涙が出てきそうだ。内心不安いっぱいの梨奈ちゃんが石野さんに続いて入るリビングには森川海人、安堂千早、野島雄太の3人が待ち構えているのだ。


「へー!その子が新入り?華奢だね~!」

「確かに、その細い体じゃすぐに倒れてしまいそうだ」

「すぐに、音を上げてやめていきそうだな」


 歓迎する気0。第一印象最悪の3人が。

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