第十一話 白虎
目の前に先程まで居た勇次は、土煙の彼方に消えてしまった。崖下までは相当の距離があるため、落ちてしまえば即死は免れない。
かすみは唖然とした顔のままだったが、道玄はすぐさま呪術を詠唱をする。
「――我は道玄。字は昇竜。この地に揺蕩う全ての御霊よ。須らく我渇求を知り彼の者と我を繋ぐ鎖となりて手繰り寄せたき我が一念を通せ――」
道玄の身体から発した白いオーラが崖下まで伸びていき、崩落する岩石と共に落ちていく勇次を捕え、その身体を一気に手元まで引き上げた。
「勇ちゃん!」
かすみが引き戻された勇次に駆け寄る。
「大丈夫だ、かすみ。――すまねぇ、助かったぜ、道玄」
勇次は肩で大きく息を一つ吐く。
「じゃから油断するなと言うたであろう、戯け者め」
道玄は白虎を見据えたまま勇次を叱咤した。
「道玄和尚、邪魔しないでおくれよ。時間が掛かって面倒なんだよ」
引き戻された勇次を見た白虎が鬱陶しそうに綺麗な黒髪を揺らして首を振る。
「すまぬのぅ。勇次が倒されるとかすみが泣くのでな。この腐れ外道はどうなってもいいのじゃが、かすみを泣かせるわけにはいかぬ」
「その小娘、大人気じゃないかい。なんだか妬けちゃうねぇ」
つまらないものを見るかのような目で白虎はかすみを一瞥する。
「どうなってもいいとは、ひでぇ事言ってくれるじゃねェか、エロ坊主」
勇次は立ち上がり、純白のスーツについた砂埃をパンパンと手で叩くと背筋を一度すっと伸ばして真っ赤な襟を整える。
「いいか勇次、くれぐれも用心するのじゃ」
「あァ、よっく判ったぜ――」
少し腰を落とし低く構える勇次。
「んじゃ、今度はエロ坊主に言われた通り、気をつけて慎重にいくとすっ――」と言いながら地面を全力で蹴る――勇次は自分の脚に掛けられた無敵呪術を無意識に足に集中させ、あり得ない速度を出して白虎に突撃し「――かねェ……」と言い終わった時に、勇次の渾身の右拳は白虎の左頬を完璧に捉えていた。
――ウッハッ!
白虎は勇次の拳をまともに受けて数歩後ろに下がり、その早さに驚きつつ、自分が殴られたことに激昂する。
「アンタ! 今、この私に綺麗な顔を殴ったの? ねっ! 私の顔を殴ったのかい! このクズ野郎がっ!」
「あァ……すまねェ。俺は女に手を挙げたのは初めてなんだけどさァ、ついやっちまった」
しかし、今の勇次の一撃を見て最も驚いたのは誰でもない、道玄だった。
「勇次に殴られて、無傷じゃと!? うーむ……白虎のやつ物理防御呪術を己の身に仕掛けておるな……。それにしても……強いのぅ――」
「アァァァ! もう絶対に許さないわ! お前ら全員今直ぐ死ねぇ!」
怒り狂ったように白虎が両手を拡げて天に向かって叫ぶ。
「超重地場ァァッ!」
白虎が呪術を唱えると、突然、道玄たちは自分の体重が際限なく増加していく感覚に囚われた。それは回りにいる者たちも同様で足一つ、指一つすら満足に動かせなくなった。余りの重力に耐えきれず膝を付き両手で身体を支えても、際限なく地面に引かれてしまい、あっという間に身体が張り付いてしまう。空を飛んでいた鳥すら地面に張り付きピヨピヨと力なく鳴き声をあげるだけであった。
白虎の仕掛けた呪術は重力を操り周囲のものを全て地面に縛り付けて動けなくしてしまったのだ。
「これで誰も動けなくなったでしょ。全く手間掛けさせないでよねぇ。特に勇次さんには、私のこの綺麗な顔に遠慮なく触ったお返しをしないとね」
そう言いながら再び冷徹な笑みをその美しい顔に浮かべ、ゆっくりと地面に突っ伏してる勇次に近づく白虎は、懐から一枚の札を取り出して振るとそれが一本の刀に変化した。
「この刀ね、送冥府刀って言うの。これで斬りつけるとね、掠っただけでも即、冥府行き。いいでしょ。どんな防御呪術を掛けてても全く関係ないの。でも残念な事があってね――斬られた相手が苦しむ間もなく消えちゃうから、苦痛に歪んだ顔を見て楽しむことができないの。つまんないの。仕方ないんだけどね。じゃ、さようなら討伐者の勇次さん。後からお仲間も直ぐに送るからあっちで待っててね」
倒れている勇次に楽しげに歪んだ笑顔を向け、刀を振り上げる白虎。
――グサッ!
白虎が綺麗な顔をゆがめる――その腹には勇次のドスが深々と突き刺さっていた。
「どうして……あんた……動けるんだ……い。まさか……呪術完全無効化の……呪……かい……。呪に……掛かった振りなんかしやがって……。それにその短剣……。私の呪を破った……」
振り上げていた刀を落として腹を抑え後退る白虎。その赤い振り袖が次第にどす黒く血で染まっていく。
「あァ、呪術とかは俺に一切効かねェ。それにこのドスはエロ坊主が呪とやらを掛けてくれてなァ、何でもぶっ刺さるようにしてくれたみてぇだ」
「クッ――道玄め、余計なことを……」
勇次はそのまま再びドスを構えると一気に白虎に突っ込み、腹や胸に何度もドスを突き刺す――その度にブシュっと鮮血が飛び散り、勇次の純白のスーツを赤く染めていく。
白虎は勇次にされるがまま身体をしならせ、口から血を吐き出して力なく頭を下げて後退りしながら、みるみる自分の血で染まっていく着物を哀しい目で見ていた。
「悪ィなさくらさん……。往生してくれや」
勇次はドスに付いた血をブンと振って飛ばし、全身から血を吹き出して血まみれになった白虎を見て冷めたい目をする。
しかし、白虎は突然笑い出した。
「アハハハ! この程度の傷で白虎様がヤラれるとお思いかい? アハハハ……! 完全治癒っ!」
白虎がそう叫ぶと今までダラダラと流れ出ていた血がピタリと止まる。
それからゆっくりと顔を上げ、更に顎も上げて、そこから見下すように目を細めて歪んだ笑顔を見せる。
「さっきは騙されからねェ……私もヤラれた振りをしてみたんだけど、どうだい? アハハハ……」
両手を大きく拡げ、天に向かって勝ち誇るように白虎は高笑いをする。
「白虎のやつ……。あれでは勇次が幾らドスを突き刺しても倒せんぞ……。流石に四神と言うところか……」
地面に伏したままの道玄は、手立てがないと言わんばかりに絶望的な目をして白虎を見つめる。かすみも珍念も身動きができないまま二人の戦いをただ見てるだけであった。
「勇ちゃん……頑張ってください……。かすみは……動けないのです……」
祈るような目で勇次を見るかすみ。しかしそんな悲痛な思いも白虎の圧倒的な強さの前では何の役にも立ちそうになかった。
「さくらさん……。アンタ強ぇな。不死身かい?」
勇次もやれるだけの事はやったつもりだった。
――もうどうしようもねぇじゃねぇか……。俺はここでやられちまうのか……?
白虎は笑いながらゆっくりと、呆然としてる勇次に近寄る。
「勇次さん、じゃ今度は油断せずにヤラせてもらうとするか――ね……」
――ザクッ!
「え――」
「さくらさん、アンタ油断せずに俺を殺るんじゃなかったのかい?」
再び白虎は戦慄を覚えた――。
目の前に立っている討伐者の手には、先程落とした送冥府刀が握られていた。
「き、貴様ァ――! な、何を……し、た……」
勇次に袈裟斬りにされた白虎の着物が裂け、締めていた帯と花魁煙管が落ちる。
「ちょいとこれ借りたぜ。本当にあの世行きなのかい?」
勇次が刀を見ながら訊くと、白虎の美しかった顔が酷く歪み、絶望に満ち溢れた目で同じように送冥府刀を見る。
「……お――の――れぇ……討伐しゃ……口惜しや――」
白虎は霧が晴れるかのように、勇次の目の前でパァッと消滅した。
そしてそれと同じく手にした送冥府刀も跡形なく消えてなくなってしまった。
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