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第十話 手掛かり

「お主、何者――」


 勇次の下に駆け寄ってきた道玄が厳しい顔を向ける。


「私かい? 私はついこの前そこの討伐者さんに振られた寂しい女さ」


 崖の突端に立つ女の短い丈で赤い派手な振り袖の裾が風ではためき、ストレートで漆黒の長い髪が揺れる。

 果たして勇次はその女性を見た記憶があった。


「あんた……さくらさんかい」


「おや、名前は覚えててくれたみたいだねぇ、勇次さん」


 咥えた長い花魁煙管で一服して黒い帯の後ろに差し込み、風で靡く髪の奥から覗く綺麗な顔を少し傾け、紅く縁取った小さな口の端を少し上げる。


「あぁ、いい女は忘れない事にしてるからな」


 勇次は漂う(ただ)ならぬ雰囲気の中、少し顔を下げ若干上目遣いに女を見ながら口角を上げ、これから始まるであろう『何か』を楽しむかのように目を細くする。


「嬉しいこと言ってくれるねぇ。それならあの夜、付き合ってくれたら良かったのにさァ」


「俺は嫁が居るから無理だって言ったぜ――?」


 息が詰まりそうなほどの激しい緊張感が支配する空気を怖がったかすみが勇次に近づいて手を握る。


「勇ちゃん……」


 この殺伐とした場に不似合いの可憐な少女を見た女が、一度大きく開けた目を細め――ニヤリと笑う。


「おや、嫁って、まさかその小娘とか言わないだろうねぇ?」


「私が勇ちゃんの嫁なのです!」かすみが目を強く閉じて精一杯の声を上げる。


「ハハハ! そういうことかい。勇次さん、ロリコンだったんだねェ。それじゃ私になんて興味ないか。ハハハ!」


 女が高笑いをする。


「そんな事はどうでもいいだろ。大体何でアンタがここにいるんだい?――ってか、さっき『私の玩具』って言ってたよなァ?」


 勇次はかすみを隠すように自分の後ろに送り、低く落ち着いた声で訊ねた。


「そうさ。あの大魔神は私が作った玩具さ――」


 女は冷たい笑顔を見せながら振り袖を左右に揺らしている。


「お主、もしや――!」道玄が目を大きくする。


「西白十月桜ってのは、本当の名前じゃないんだよ。私の本当の名前はねェ――」


「白虎……」勇次が色々な事情を悟ったかのように小刻みに何度か頷く。


「おや、私の名前知ってるなんて嬉しいねェ、勇次さん。そんな小便臭い小娘なんざほっといて、私といいコトしてればあの夜に先に昇天させてあげたのにねェ。アハハハ」


 再び高笑いをする白虎。


「白虎――」道玄は初めて見る四神の一人を観察するかのように、鋭い視線を白虎に向ける。


「白虎ちゃん、いい女だわね――。ワタシの一番キライなタイプだわ……」


 大魔神との戦闘で力を使い果たし、なんとか立っているだけの珍念が毒づく。


「私が誰かの前で正体を明かすなんて、いつぶりかしらねェ――」


 この張り詰めた緊張感で満たされた空間で白虎は世間話をするかのように顎の下に手を当てて明後日の方を見ている。


「――んな事ァ、どうでもいい。なァ白虎……、真・閻魔の事、教えてもらえっかい?」


 この世界に送り込まれた目的を果たせるきっかけをやっと掴んだ勇次が、ここぞとばかりに訊ねた。


「真・閻魔様の事? 何が知りたいのよ?」


「何処に居やがんだ? 俺はそいつを往生させてくれって観音様に頼まれたからさァ、面ァ拝みに行かねぇとならねぇんだ」


「私は白虎なのよ? 四神とも呼ばれてるの。なんでその私がそんなこと教えないといけないのかしら――。まァでもいいわ、勇次さんいい男だし、教えてあげる――と言いたいんだけど、私も真・閻魔様が何処で何をしてるのか知らないのよ。目的はこの腐りきった国を一度浄化して、新しく作り変える事なんだけどね。多分、何処かの山にでも籠もって念を溜めてると思うんだけど、其れ位のことしか知らないのよ、ごめんネ――」


 白虎は案外素直に知ってると思われることを話したようだったが、明確な情報を手にすることは残念ながら出来なかった。


「何処かの山ねェ……」


「あァ、でも探しには行けないわよ?」


「なんでだい?」


「そりゃそうでしょう。あんたら全員ここで死ぬのだから――」


 それまでの緩やかな表情が一変して白虎の目が鋭く光り、今度はしっかりと笑顔を浮かべた――それは極寒地獄の永久凍土のような凍てつく笑み。


「なるほどねェ……」


 勇次はこの状況で血が騒ぎ、今から始まる命のやり取りに心が震えた。


「勇次! 心してかかれよ! あやつは白虎! 一筋縄では――」


 今にも飛び出しそうな勇次を見て、道玄が活を入れると、白虎の表情が一瞬変化し、その整った綺麗な顔の眉間に刹那、皺を寄せる。


「あら、そこの小さいお爺さん、よく見たら道玄和尚じゃないの。へぇ、あんたが討伐者と一緒に組んでるのね。気が付かなかったら足元掬われるところだったわね」


 白虎の話を聞いた勇次は、道玄を見ること無く茶化すように口を挟む。


「エロ坊主、あんた有名人なんだな」


 道玄も徒ならぬ緊張感を纏ったまま白虎を見据え、微塵の隙もない。


「伊達に長生きしとらんでな。ちと、修行をし過ぎたかもしれぬがの」


「じゃ、折角作った大魔神と、北海道圏で遊んでもらった天狗の仇でも討たせてもらおうかしらね。あんまりそういうの私の好みじゃないんだけど」


 道玄が血気溢れる勇次を見て、冷静に戦うように諭すべく話しかける。


「勇次、白虎クラスになると呪術の詠唱なく、行き成り呪を仕掛けてくる。しかもどんな呪術を使うか判らん。用心せよ」


「そうそう、勇次さん、ちゃんと用心しないとだめよ。ま、用心してもしなくても関係ないんだけどねぇ。アハハハ」


 崖下から巻き上げる風で白虎の黒髪が逆立ち、赤い派手な着物の裾も捲くり上げ、華奢で綺麗な脚が露わになる。

 勇次は懐からゆっくりとドスを引き抜いて腰を落とし、白虎を睨んで低く構えて冷めた笑顔を見せた。


「じゃ()り合うとすっかい――」


 勇次が地面を蹴って駆け出す。

 白虎は振り袖を左右に広げて笑いながら、さも楽しいことでも始めるかのように言う。


火炎煉獄(かえんれんごく)!」


 白虎の回りから地獄の業火が吹き出し、辺り一帯を燃え盛る炎に包み込んで爆発するように炎上する。凄まじい高温で周囲の草木の水分は瞬時に蒸発し枯れて燃え尽き、地面も焼け爛れ溶岩のようにドロドロになる。

 周囲は白虎の呪術のせいでゆらゆらと陽炎が揺らめき、その熱気で目を開けていることすら出来ない。


「あらぁ、勇ちゃん、燃えちゃったかな?」


 白虎が少し残念そうにする――が、その刹那、業火の海を突き破って勇次が飛び出してくる!


「往生しろや!」


 勇次がドスを突き出しながら切迫すると、腰から花魁煙管を取り出した白虎はその切っ先を弾いて躱し、後方へ飛ぶ。


「俺のドスを煙管で弾くなんざ、アンタやるねぇ……。でもねぇさん、もう後がネェよ?」


 崖の先まで追い詰めた白虎に対して、人刺しの勇次は殺意剥き出しの視線を送りながら再びドスを低く構える。


「あら、本当だわ。こんなところから落ちたらこの白虎様でもちょっとタダでは済まないわねぇ――」


 白虎は後ろを振り向き、崖下の景色を見て悩ましそうにする。


「今度こそ、往生しろやぁぁぁぁぁぁぁ!」


 勇次は白虎の心臓を目掛けドスを突き出す――が、白虎は目の前で高く飛翔して勇次を飛び越し、その位置を入れ替えながら宙で呪を仕掛ける。


波動爆雷(はどうばくらい)!」


 突然、勇次の目の前に凄まじい落雷が何度も何度も繰り返して降り注ぎ、地面を激しく叩く。その衝撃で地面はひび割れ勇次が立っていた崖を切り崩し始めた。


 ――うわッ!!


 崖の突端にいた勇次はバランスを崩して、崩壊していく岩石と共にその姿を消してしまった。

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