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第八話 珍念の力

「――ここではどの道、何もできんのぅ。もう少し見晴らしの良い場所に移動するぞ――」


 道玄の指示で全員馬車に乗り込み、しばらく走ると草原が広がる開けた場所に出た。そこで馬車を降りた勇次らは、突き出した崖の突端まで行き眼下を見下ろすと、先程まで走っていた大魔神が立ち止まり、遥か崖の上の勇次たちを見上げていた。


「大魔神のやつ立ち止まったぜ」


「そうじゃな、わしらの事が判ったみたいじゃな。こっちを見上げとる」


 大魔神は、およそ三百メートル離れた崖下に立ち、勇次たちを見上げたまま微動だにしない。これだけの距離があるにも関わらず、大魔神の眼光は目の前にあるかの如く圧倒的な威圧感を示していた。


「勇ちゃん、あの大仏さん、何だか怖いです!」


 かすみは勇次にしがみついて怯えている。


「あそこからここまで来るんじゃァ、まだかなり遠回りしないとだろ。時間が掛かるんじゃ――」


 勇次がそう言いかけた時、あろうことか大魔神はその青銅が錆びついたような色をした手を交互に突き刺しながら、断崖絶壁を登り始めた。


「やだ! 大魔神、崖を登ってくる!」


「あやつ……。勇次、来るぞ。崖っぷちで戦うのは危うい。大魔神がここに上がってくるまでにもっと広い場所に移動して迎え撃つぞ」


 勇次たちは一旦馬車に乗り込んで崖から離れ、平坦な場所に移動をして急いで作戦準備を整えることにした。


「で、どうやってあんなデカいのと戦うんだよ、道玄?」


「うむ、動大仏の儀で作られた大仏は、その身体の何処かに呪を封じ込めた御札が貼られてるはずなのじゃ――」


 道玄が腕を組み、難しい顔をしながら応える。


「御札――それがどうしたんだ?」


「それを剥がすか、使い物にならなくしてしまえば、大魔神と言えども唯の木偶でくの坊になる。じゃから勇次は厳しいかもしれんが、あやつに出来るだけ近づいて御札を探してくれ。わしらは呪術で援護する」


「呪術は効かないって聞いたぜ?」


「呪術にも色々ある。わしとかすみは勇次を守るために呪術を仕掛ける。珍念は――」


「ワタシは大魔神と戦うわ」


 珍念はいつもナヨっとした感じが消え去り、その身体が紫色のオーラに包まれ、陰陽師らしい風格を漂わせ始めている。


「戦うって、どうやって?」


「それは見てれば判る。じゃから、勇次は珍念と大魔神が戦っている隙を突いて御札を探してくれ」


「何だか判んねぇが、やれるだけのことはやってみるぜ――」


 勇次が馬車を出ようとすると、道玄がそれを引き止める。


「ちょっと待て勇次、いつもの短刀を出せ」


「ん? あぁ、判った――」


 勇次は懐からドスを取り出すと、道玄に手渡す。


「この短刀に呪を掛けて、強度を増す。あの大魔神に突き刺すくらいの事は出来よう。じゃが致命傷は――難しいかもしれんがな」


「それでも助かるぜ、道玄」


 道玄は鞘から短刀を抜き出して片手に持ち、呪術を詠唱する。


「――我は道玄。(あざな)昇竜(しょうりゅう)。このこの地に揺蕩(たゆた)う全ての御霊(みたま)よ。(すべか)らく(わが)渇求(かっきゅう)を知り眼前の(はがね)を鋼鉄をも貫く不壊金剛(ふえこんごう)な刃と成りて汎ゆる物を突き通せし我が一念を通せ――」


 勇次のドスが道玄の白いオーラに包まれ、その刃紋に梵字が刻み込まれていく。


「――よし、これで良いじゃろう。この短刀に掛けた呪は未来永劫効果を発揮し続ける故、これからも役に立つじゃろう」


「俺のドスがすげぇモンになったな」


「では、行くか――」


 勇次たちは馬車から飛び出し、先程までいた崖っぷちをまんじりともせず見つめる。崖下からは、大魔神が岩に手を突き刺すガスッ、ガスッという音が次第に大きくなり、その巨体が近づいて来るのが判る。


「勇ちゃん……」


 かすみは不安そうに勇次の手を掴む。その手を一度しっかりと握り返してから、そっと離し「かすみは、道玄と一緒に離れて居ろよ」と落ち着いた声で話す。


「はい……」


 しばらくすると、崖の縁に青銅色の手がヌッと現れてその角を掴み、その巨体を引き上げると、怒りに満ち溢れたような大魔神の顔が崖下から現れた。


「来やがったな、大魔神め……」


 勇次は腰を低くしていつでも飛び出せる態勢を取る。


「では勇次、珍念、頼んだぞ。わしとかすみは何かあったときに援護に回るでな」


「任せて、道玄様!」


 珍念は両手を目の前で合わせ目を閉じて呪術の詠唱を始める。


「――我は珍念。(あざな)動山どうざん。この地に揺蕩(たゆた)う全ての御霊(みたま)よ。(すべか)らく(わが)渇求(かっきゅう)を知り、我に(まと)いし(あまね)く波動を十重二十重(とえはたえ)としこの身を亭亭(ていてい)たらせし我が一念を通せ――」


 珍念の身体が海道と同じく紫色のオーラを強く発し始めると、その色がどんどん深く濃くなっていき、仕舞には爆発するかのように膨れ上がって、みるみる巨大化していく。


「ありゃ……なんだい?」


「あれが珍念特有の呪術じゃ。わしには使うこと出来ぬ呪よ。自身の体を巨大化させる――」


 気がつくと目の前に超巨大化した珍念が立ちはだかっていた。その大きさは大魔神とほぼ互角だった。


「珍念和尚様……すっごく、おっきいです――」


 かすみが巨大化した珍念を見て唖然としている。


「いいか勇次、珍念と大魔神との戦いに巻き込まれぬようにするのじゃ。あやつは呪術は使えんはず。とにかくあの大きさで圧倒する戦い方じゃろう。踏み潰されたりせんようにな」


「おうよ!」


 巨大化した珍念はゆっくりと大魔神ににじり寄り、至近距離まで近づくと左足をザッと踏み出し、曲げた左手を引きながら右ストレートを放つ。


 ――ブオッ! ズバーン!


 その動きだけで地面が震える。

 巨大珍念のパンチは大魔神の左顔面を捉え、殴りつけられた大魔神は顔を凹ませ、後退りさせる。そこへ間髪入れず右脇腹へのレバーブローを叩き込む。


 ――ブオン! グワッシャ!


 本来ボディブローやレバーブロー相手の鳩尾辺りに叩き込んで息を止める効果があるのだが、大魔神は息をしていない――生物ではないので、その効果はなかったが、その部分にダメージを与えて、身にまとっている甲冑を破壊することに成功する。


 ――ったく、何だこれは……。俺は怪獣映画にでも出てんのか?

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