第七話 ぶらじゃー?
勇次たちは太宰町を出発して、十日ほど経っていた。その間キャンピング馬車の中で過ごすことが多くなったが、快適に過ごせる機能が充実していたため、特に不便を感じることはなく、むしろ何処かに遊びにでも行くかのような楽しげな雰囲気があった。
本来ならば今頃は梅雨の時期のはずだが、晴天ばかりが続いていて、それを不審に思った勇次が、「梅雨なのに雨が全然降らねぇな。今年は空梅雨かいい?」とかすみに訊くと「つゆってなんですか?」とかすみに訊き返され、道玄も珍念も梅雨なんて聞いたことがないと答えたことで、勇次はこの世界には梅雨がないことを知った。
――それはそれで悪くはねェか……ジメジメして鬱陶しいだけだし。
勇次はしとしとと雨が続く梅雨は嫌いだった。
――でも、雨に濡れた紫陽花は嫌いじゃなかったんだがなァ……。
と幾許か残念な心持ちの勇次だった。
「この馬車の本当にすっごく快適よねぇ。こんなのでいつも旅してるなんていいわねぇ、かすみちゃん」
珍念はキャンピング馬車が甚く気に入ったようで、おっさんらしく胡座を掻き、相も変わらず下品なパンツをチラチラ見せていた。そんな珍念の痴態は全員がすっかり慣れてしまっていて、最早誰も注意することなく、かすみでさえ何も言わなくなっていた。
「そうなのです、この馬車はとてもいいのです! かすみはお馬さんを操るのも得意なのです。海道和尚様に教えてもらいました」
「海道チャンね。あの子元気にしてるのかしらね? 陰陽師としては優秀だったんだけど、どうしてもおっぱいを膨らませるのが嫌だって言うもんだから、意見が合わなくてねぇ……」
――それが海道が言ってたことかよ……。くだらねェ……。
勇次は海道の青々とした髭剃り跡の顔を思い出し、少しげんなりとする。
「男の人はおっぱいは要らないと思うのですけど……」
かすみは複雑な方程式でも解くかのように、難しい顔つきになる。
「かすみちゃんはまだ若いから、色んな形の愛があるっていうのを理解するのは、もう少し時間がかかると思うわ」
珍念はどういう理由かドヤ顔になって、まだまだ子供なのねと言わんばかりにかすみを見た。
――こんなに愛って言葉が歪んで聞こえたのは初めてだぜ。ハァ……。
二人の下らないやり取りを聞いていて、勇次はため息を吐きながら窓の外を見ると、青々とした空が広がり、頬に当たる風が初夏を感じさせて、車内の歪んだ空気を拭い去ってくれるかのようで、心地良かった。
「そうなのですね。もっと大人になれば判るのですね。かすみ、もっと色々勉強していい女になるのです!」
「かすみ、変な勉強はしなくていい。そのまま真っすぐ大人になれば、お前は充分いい女になると思うぜ」
あまりにも純情過ぎるかすみの反応に思わず口を挟む勇次。
「そ、そうなのですか……。なんだかかすみはちょっと嬉しいです!」かすみは頬をほんのりと染める。
「あー暑い暑い。馬車の中が何だか暑いわ! 下乳が痒くなりそうよ!」
珍念はそう言いながらまたしても装束を脱ごうと片腕を服の中に引き込む。
「ギャー、止めて下さい!」慌ててかすみが両手で目を覆い隠す。
「あのな……。ちょっと男の俺が言うのもナンだが……、その……わざとブラジャーしてねぇのかい?」
珍念が訝しそうな顔をして勇次を見る。
「ブラ……? それってなんなの? 聞いたことないわ。かすみちゃん知ってる?」
「ぶらじゃーってなんですか? 勇ちゃん」
かすみもきょとんとした顔で勇次を見ている。
「この世界はブラジャーってもんがないのかい? 女性が着ける、胸用の下着の事だ」
「胸用の下着? そんなもの見たことないわよ。ねぇ、かすみちゃん?」
「はい。かすみも知らないです」
勇次自身も少し驚く。
「そうなのかい? なんてぇか……それは済まなかったな。俺はてっきりノーブラで嫌がらせをしてるのかと思ってたぜ」
「嫌がらせだなんて……。ウフ、判ってんだから。ホラホラ勇ちゃん、見てもいいのよ。ホラホラぁ――」
珍念が自慢の巨乳を片手でグッと鷲掴みにして、ボロンとかぼちゃのような脂肪の塊を取り出した。
「――おい、カマ坊主! これ何だか知ってるか?」
勇次は珍念にはっきりと見えるように懐からドスを取り出す。
「勇ちゃん! そんなにおっぱいが見たいのなら、かすみのを見て下さい!」
何を勘違いしたのか、突然かすみが着物の胸元を両手で掴んで左右に力一杯引っ張ると、朝採りした桃のような綺麗な二つの膨らみがこぼれ出て、その先の薄いピンク色をした桜桃まで顕になった。
「こら、かすみ! 何やってんだァ!」
勇次が慌てて隠そうとかすみの着物をグッと引き寄せようとした時――。
「かすみちゃぁん!!」
突然そこに馬を操っていた道玄が飛び込んできた。
「道玄! テメェは変な所に首突っ込んで来るんじゃねェ! エロ坊主は馬転がしてりゃ良いんだよ!」
「黙れ、腐れ外道! 珍念の前だから泣く泣く我慢して居るが、かすみが生乳放り出してる時に馬のケツなんか見てられるか! 文句あるのかぁ!」
道玄は今まで珍念の前で必死で押さえていたロリコン魂に火が付いてしまったらしく、相当鼻息が荒い。
「エロ坊主め、とうとう馬脚を現しやがったな! おい、珍念! これが道玄の本性だぞ! 見たか!?」
勇次が変態少女愛好家に成り果てている道玄を指差しながら珍念を見て言う。
「勇ちゃん、そんなの昔から知ってたわよ。道玄和尚様がロリコンだって知らない者が居ないわけないじゃないの」
珍念は道玄の変態ぶりを見ても驚くこともなく、さもありなんといった風で何一つ動じることはなかったが、逆に珍念の態度を見て驚いたのは道玄だった。
「ブッハー! 珍念、わしを謀りよったな! 弟子であるお主は素直な良い陰陽師になってもらおうと、あんなに頑張ってアレコレ我慢して居ったというのに! 何も知らない振りなんぞしおって!」
「煩い! 坊主同士で喧嘩するな! あと珍念はその汚い乳をさっさとしまいやがれ! かすみもだ!」
「はい……」かすみは恥ずかしい思いをしながらも、精一杯勇次にサービスしたつもりだったのに、怒られてちょっと悄気げたが、それに輪をかけて残念そうにしたのは道玄だった。
「オウ……、折角の国宝が……」
「道玄様、ワタシのおっぱいってやっぱり国宝ものなのね。ウフ」
「……ったくよォ、どいつもこいつも……。俺は頭が痛てェ――」
――グラングラン……グラングラン……
突然、馬車が上下に激しく揺れた。
「勇ちゃん、地震です!」
「あァ、そうみてぇだな……。ちゃんとその辺りにしっかり掴まって――って俺にかよ。まァいい、しっかり掴まっとけ」
かすみはすっかり怯えて勇次にしがみついた。
――グラングラン……グラングラン……
「でも、なぁに、この地震……全然揺れが収まらないないじゃないのぉ。おっぱいが揺れて痛いじゃないのぉ」
――グラングラン……グラングラン……
「うむ、しかし、ちと変じゃの、この揺れ方は……。もしや!」
道玄が馬車の外に飛び出すと、勇次らもそれに続いた。
馬車は山道の途中に停まっていて、正面を見ると遠くに九州圏の山々が悠然と横たわっていた。左手はゴツゴツとした岩場の隙間に背丈の高い草が生い茂って岩山を形成しており、右手側は断崖絶壁になっていて、下までは数百メートルはありそうだった。
その遥か下の街道をドシンドシンと重い足取りで走っている、錆びた青銅色をした巨大な大仏が目に映る。
先程から起きている地震の原因は、大魔神が駆けているせいだった。
「あれが大魔神かい……。歩いてると聞いたが、走ってるな」
「あの早さでこの距離だと、程なく――、そうじゃな――後一時間ほどで相見えるのぅ」
道玄が忌々しいものを見るかのような鋭い目をして大魔神を睨みつけていた。
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