第六話 いい女
太宰町の繁華街――この町のメインストリートは夜になると、その道端の両側にずらりと屋台が並び、遠目から見ると列をなして並ぶように見える赤提灯が、宛ら都会の夜で客待ちをするタクシーのテールランプのようだった。それがこの町の名物となっていて、遠方からこの屋台の様々な料理を楽しむために太宰町へ観光に来る旅人も多く、夜になるほど町は活気づき、多くの人出で賑わいをみせていた。
勇次たちは数日前に太宰町に来ていて、大魔神の情報収集をしていた。この夜も勇次は何か情報を仕入れてくると言い残し、一人で夜の街に繰り出していた。
勇次は道端にある長椅子に腰掛けて煙管を取り出し、火を付ける。
フゥ――
勇次の吐き出す煙が揺れて提灯の赤色を映し出す。
――賑やかなモンだねェ……。銀座を思い出すなァ。今はどうなってんだろうな、あの辺りは……。
勇次はヤクザだったが、曲がったことが嫌いで義理と人情に厚く他人の面倒見が良かったため人望があり、見た目の渋さもあって何処へ行っても男女問わず人気があった。
『勇次にさされた女は出世する』
それは『人刺しの勇次』と二つ名で呼ばれていたことに引っ掛けた単なる流言だったが、そんな都市伝説のような噂が広がるほど水商売界隈では名前が知れ渡っていて、それを信じた女性たちからの人気が特に高かった。勇次は女遊びはしなかったため、尚の事彼に抱かれることが女性たちの間では最高のステイタスになった。勇次はその噂を知ってから気になる女性が現れても、他の女性に気を遣って迂闊に手を出せなくなり、その結果、特定の女性と付き合うことはなくなってしまっていた――。
――あいつら、どうしてんのかねェ……。
勇次はそんな元居た頃の暮らしを思い出し、セピア色になりつつある記憶を懐かしむように肩をすくめて少しはにかむ。
「――ねぇ、兄さん、ちょいと火を貸してくれないかい?」
そう声を掛けられて勇次が顔を上げると、黒くて長いストレートの髪を片手で耳の上まで支え上げ、勇次の顔を覗き込むように小首を傾げたほっそりとした色白の綺麗な顔の女性――年の頃は三十代半ばに見える――が微笑えんでいた。
「火かい? あァいいぜ。使ってくれ」
勇次は携帯用の種火の炭が入った火種箱を取り出した。
――火種箱は五センチ四方の立方体の小箱で、中に入れた種火の炭が直ぐに消えないように小箱の側面が格子状に細工されていて、空気が小箱の中に滞りなく流れ込む作りになっていた。どういう仕組みなのか不明だが小箱自体が炭で燃えたり溶けたりすることもなかった。もちろんそんなものは現在も過去も、存在していない。火種箱は勇次が送られた世界でのみ存在するオリジナルアイテムのようだった。
「すまないねぇ、隣に座らせてもらうよ」
その女性は勇次の隣に腰掛けて、火種箱に咥えた煙管を差し込んでスーッと息を吸い込むと、小さな箱の中がふわりと赤くなって、整った綺麗な顔をほんのりと照らす。身に付けているやや短めの丈の着物は、桜の枝から花びらが舞い落ちる情景を描いた淡い桃色の生地で出来ていて品があり、濃紺の帯とのバランスが完璧だった。組んだ生足から発するフェロモンは尋常ではない色気を醸し出し、通りを歩いている男性たちの殆どが、その女性と仲良さそうにしている勇次を羨望の眼差しで見ながら通り過ぎていく。
――随分色っぽいネェちゃんだな。かすみも大人になったらこんなになるのかねェ……。
「兄さん、見慣れない格好してるね。それどこで設えたんだい?」
「このスーツか? そうだな……なんて言えばいいのかねェ……」
「靴もキレイに光ってるし、その首に付けてるキラキラしたのも、カッコいいじゃないかい。兄さんこの辺りの人じゃないね?」
「あぁ、数日前にこの町に来たばかりだ」
フゥーっと煙を吐き出した女性は、長椅子の縁に煙管とコンと当て、灰を落とす。
「そうなんだね。兄さん名前なんて言うんだい?」
「俺か? 俺は木崎勇次だ」
「私はねぇ、西白十月桜ってんだ。十月桜と書いてさくらって読むのさ。だから、さくらって呼んどくれ」
勇次は綺麗なさくらの顔をちらりと見て、煙管に煙草を詰めて火を点け、ゆらりと煙を吐き出す。
「さくらさんか……。アンタ、キレイだな」
「フフフ。嬉しいこと言ってくれるねぇ、勇次さん――」
さくらは少し恥ずかしそうに微笑み、朱色を纏った小さめの口の端を僅かに上げる。
通りには多くの人が行き交いざわついているが、次第にその喧騒が消えていき、かすみと勇次の間では決して流れることのない落ち着いた大人の空間が揺らめき始める。
――こりャ……ちょいとヤバいな……。
「……な、さくらさん。大魔神ってぇのがこの町に向かってきてるって聞いたんだけど、知ってるかい?」
勇次は危険な雰囲気を察して、話題を変える。
「大魔神? あァ、そう言えばそんな話、耳にしたねぇ……。なんでもかんでも踏み潰しちまって、そいつの通った後はぺんぺん草も生えないとかって聞いたねぇ……」
「そいつは怖えぇな……」
「大魔神は固くて弓も刀も効かないんだとさ。陰陽師が呪術を使おうにも、それを効かなくする呪が掛けられてて、もう誰にも止めることができないって話だよ」
「そんなのがここに来たらどうなるんだ」
「そうだねぇ、町は壊されちまうだろうね」
「ネェさんは怖くないのかい? 逃げたりしようと思わねぇのかい?」
「私はねぇ、そんな先のことなんてどうだっていいのさ。今が楽しければ」
「先って、あと一月もしたらここに来るって聞いたぜ?」
「その時はその時さ――」
さくらはそう言いながら、再び煙管に火を点け、いい雰囲気だったのを取り戻そうとするかのように無口になった。
――大魔神の情報っても、実際に見たり戦ったりした奴からじゃねぇとまともなのは手に入りそうにねぇか……。それにこのねぇさんじゃ尚の事だな。
勇次はさくらの内心を察し、少々申し訳ない気持ちになる。
「――ところで、さくらさんよ、こんなところに座って俺なんかとくっちゃべってると、旦那がどこかで待ちくたびれてるんじゃねぇのかい」
「勇次さん。私は独り身さ。そういうアンタはどうなんだい」
「俺は……どういうわけだか、いつの間にか嫁が居る」
「へぇそうなのかい? どんな綺麗な嫁なんだい? 兄さんみたいないい男を捕まえたんだから、小股の切れ上がった、さぞいい女なんだろうねぇ」
――小股の切れ上がったいい女? かすみは……
「なんてぇか……。そのうち小股が切れ上がりそうな感じがする女ってとこだな」
「ハハハ! そのうちかい! 勇次さん面白い事言うねぇ。ねぇ……、今晩付き合っておくれよ。一晩くらい良いだろう?」
さくらはそう言いながら足を組み替え、勇次に品垂れかかりながら大きく開いた着物の胸元を見せるようにして迫った。
――大人の女はやっぱいいもんだな。この匂うような色気……。女ってぇのはこうじゃねぇと。とは言ってもな……
「――さくらさんよォ。俺は言ったはずだぜ? 嫁が居るんだ。だから折角の誘いだけど受けるわけにはいかねぇ」
勇次がそう言うと、さくらは突然立ち上がり綺麗な顔が般若のような顔つき変貌する。
「はぁ? 私が下手に出てりゃいい気になるんじゃないよ、ドサンピン! このさくらさんの誘いを断るなんざ、十年早いんだ。この事をいつか後悔させてやるからね! ふざけるんじゃないよ!」
さくらはそう言い捨てると人混みの中に消えていった。
――あぁ、惜しいことしたなァ……。いい女だったけど、嫁持ちになっちまったからなァ。悪いねェさくらさん。
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