第三話 道玄と珍念
かすみと珍念がいそいそと町へ出掛けていった後、残された勇次はキャンピング馬車の手入れをしていた。死ぬ前は車を弄るのが趣味だった勇次は馬車の下に潜り込んであちこち点検しながら観察をしていた。
「サスペンションにゴムと板バネを使ってんのか……。タイヤもしっかりゴムだしなァ。ここは昔の日本だと思ってんだが変な所で技術があるんだよなァ……」
ふと寝転んでいた自分の足元を見ると、道玄が立っている。勇次は馬車の下から抜け出して「どうかしたのかい? エロ坊主」と声を掛けた。
「いや、別にお前に何か用事があるわけではない。暇だったのでフラッと来てみただけじゃ」
道玄は馬車の横に付いているドアを開けて、乗降口に腰掛けて煙管を取り出し一服し始める。
勇次は油に塗れた手を雑巾でゴシゴシと拭き、そのまま地面に座って札之町で自分用に購入した煙管を取り出し、同じように火を点けた。
「その煙管ええのぅ。銀無垢か? 昇竜の彫り物がクールじゃな」
道玄は勇次の煙管を褒める。
「結構いい値段だったからな、これ。一生もんだと思って奮発したぜ」
褒められた勇次も満更ではなさそうだった。
春風が優しく境内を渡っていく。新緑に染まる樹々が風で揺れ、葉々を擦り合わせてさわさわと優しい音を奏でる。遠くで雲雀の鳴く声が聞こえる――平和でのどかな春の一日だった。
「なァ、道玄、アンタここに来てから何だかまともっつぅか、普通の人みてぇじゃねぇか。どうした?」
勇次は九州圏に来てからいつもと少し様子が違い、大人しく見える道玄を不自然に感じていた。
「そう見えるか? わしはのぅ、八人の点鉱寺和尚の中で、珍念だけがどうしても苦手でのぅ……」
そう応える道玄は、やはり何か思い通りに行動できない理由があるようだった。
「へぇ、アンタみたいにいつでもかすみをパンツの覗いてるロリコン坊主でも、苦手なことなんてあんのかい」
「……あやつ……、陰陽師になりたいと言ってわしの所に来てのぅ。あれは……まだ五歳じゃったかな。……珍念を育てたのはわしなんじゃ」
道玄は灰を落とし、再び煙管の小さな火皿に煙草を詰めて火を点けた。
「へぇ。じゃあんたは珍念の親代わりってことかい」
意外な真実を聞かされた勇次だが、それが原因で道玄がおとなしいことに合点がいき、少し笑顔になる。
「そんなとこじゃ。あやつわしのところに来た時から女っぽい所があってのぅ……。わしはそういうのは気にせんのでな、特段何かを言ったりすることはしなかった。修行さえちゃんとしておれば他は自由。それがわしのやり方じゃったからな。もしかするとそれが失敗じゃったかもしれぬが」
今のオカマ全開の珍念を見て、心做しか後悔しているところでもあるかのように、道玄は吐いた煙を春風にたなびかせた。
「でも、見た目や行動はあんなんでも、陰陽師の能力は高けぇんだろ?」
「うむ、かなりなものじゃ。幼き頃より、抜群の力を見せて居った。珍念の霊力は使う呪術に因っては、わしのそれを上回ることさえある」
「それはすげぇじゃねぇか。従一位のあんたより凄い力を持ってるなんて、半端ねぇな――。しかし、なるほどねェ……、子供の前では親として格好悪ぃところは見せられねぇってかい」
勇次はニヤリと笑って道玄を見る。
「煩いわ、腐れ外道……」明後日の方を向いたまま悪態を吐く。
「じゃ、海道は言ってみればあんたの孫ってことかい。あははははは。こりゃいいや」
勇次は気持ちの悪い家系図を想像し、手を叩いて笑った。
「出来が良いのやら悪いのやら……」
「親に似たんじゃねぇのかい?」
道玄はむすっとした顔をして勇次を見た後、両手を大きく上にあげてあくびをするようにする。
「あァァ、かすみが居らんとつまらんのぅ。あぁ、かすみのパンツが見たいのぉ! パンツが足りぬ、パンツぅぅぅぅ!」
勇次以外に誰も寺に居ないのを良いことに、大声でそう叫ぶ。
「かすみや珍念が居ないと思って本性晒しやがって……」
突然何かを思いついた道玄は、いたずらを企む子供のような顔になる。
「ハッ! そうじゃ! 今ならかすみの荷物の中にパンツがあるな……。二、三枚、追加で失敬させてもらうと――」
――パコーン!
勇次は手元にあった枯れ枝を道玄に投げつける。
「い、痛いであろう!」
「そんな事、俺が見逃すわけねぇだろう、エロ坊主が。珍念の褌でも顔に巻きつけてろや……って、ん? おい、エロ坊主、今変なこと言ってたよなァ?」
「変な事じゃと……?」少し口が滑ったことを後悔する道玄。
「あァ、二、三枚追加って言ってたよなァ……?」
勇次はゆっくりと立ち上がって、道玄のもとへ行く。
「あ……。さて、わしは久しぶりにこの寺の境内でも散策して来ようかのぅ――」
と言い出すや否や、馬車から飛び降りて駆け出そうとする道玄。勇次は、足をちょっとだけ出すと、それにまんまと引っかかった道玄は派手にすっ転んで大の字になり、装束がめくれあがって気持ちの悪い下半身が丸見えになった。
「痛いではないか! 何をするんじゃ!」
それを見た勇次は、変なことに気がついた。
「おい、じぃさん……。アンタいつも褌締めてるんじゃねぇのかい?」
「そ、そうじゃが、な、なんじゃ……。あ! お主! わしの下着見おったな! この変態めが――」
道玄は慌てて起き上がり、乱れた装束を直して汚れた部分を手でパンパンと叩いて何事もなかったようにしてた時、勇次が声を荒げた。
「テメぇ、それかすみのパンツだろ! 既に盗んでんじゃねぇか! その上穿いてるってどういう事だよ!」
「う、うるさい。ちょっと洗濯が間に合わなかったから、その……か、借りてるだけじゃ!」
道玄はオロオロして、完全に失敗したと、バツの悪い顔で禿頭を痒くもないのに掻く振りをする。
「へぇ、借りてるねェ……。じゃ、かすみは知ってんだな、その事をよ?」
そう言って近寄ろうとする勇次に、道玄はジャンプして土下座をする。
「頼む、勇次! 一生のお願いじゃ! この事だけは、この事だけはかすみに言わないでくれぇ!」
そう言って地面に禿げた頭を擦り付ける道玄。
――お願いだと……。こんな下らねぇことお願いしてきやがって……。くそぉ!……。はァ……。
「……。エロ坊主が……。判った……。黙っててやるから、ちゃんと洗ってバレねぇうちに戻しとけよ!」
「ほ、本当に黙っててくれるのか! 恩に着るぞ、討伐者殿!」
「こんな時に討伐者殿とか抜かしてんじゃねぇ、変態少女愛好家め。今度見つけたらかすみの目の前で、その装束めくってやるからな!」
――かすみには、仕方ねぇから黙っててやるが、知らせないでくれとはお願いされてねぇからな。絶対どっかでバラしてやるぜ、エロ坊主……。
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