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第二話 ピンクファンタジスタ

 九州圏の点鉱寺は道玄が住職を務める東北圏の点鉱寺と同じく、然程大きな寺ではなかった。

 勇次たちが通されたのは八畳ほどの客間であった。そこから見える境内は、樹々の新緑が萌えて清々しかった。目の前の珍念のおぞましさがヒドければヒドいほど、新緑で心が洗われるようだったその気持は美しさを増していき、見る者の心を穏やかにしたのだった。


 客間で囲炉裏を囲むように、勇次らは座し、茶を啜っていた。囲炉裏には天井に渡してある太い梁から吊り下げられた鎖に鉄瓶が引っ掛けられていて、プスプスと湯が湧いている音がする。

 珍念は海道が持たせてくれたツチノコ弁当を一人でぺろりと平らげ、満足そうにしていた。


「――のぅ、珍念和尚。以前はその様に乳房が大きくなかったと思うのじゃが、それはどうした?」


 道玄が再会した時から訝しく思っていたことを訊ねる。


「あぁ、これはね、毎日毎日、胸が大きなれぇ、大きくなれぇって呪を掛けてたら、こんなに大きくなっちゃったの」


 珍念は自分の胸をむんずと揉みながら、嬉しそうに答える。


「どうしてそんなに大きくする必要があったのじゃ?」


「だってぇ、おっぱいが大きい方が殿方にウケがいいんですものぉ。今度エステでも開業しようかと思ってるの」


 珍念は巨乳化に成功したことをとても満足そうにしている。


 ――そりゃどこのバカマニアだよ、全く……。連れてこい。往生させてやる……。


 勇次は思いっきりさげすんだ目で珍念を見たが、当然そんな冷たい視線は刺さらない。


「そういえば、かすみちゃんもおっぱい大きいわねぇ。まだそんなに小さいのに……。あ、旦那さんにいっぱい揉んでもらったのね?」


「い、いえ……」かすみは困惑して俯いている。


「おい。カマ坊主。ゲスい事を子供に訊いてんじゃねぇ」


 勇次が眉間に皺を寄せて目を細めて珍念を見る。


「あら、ごめーんメンゴ。そんなに怖い顔して見ちゃやだ。でもその殺してやるって鋭い目つき、ステキねぇ。ワタシ胸がキュンってしちゃった」


「点鉱寺の住職ってのは、どいつもこいつも……」勇次は頭を抱えた。


「――そういう話はまた後とするとして、のぅ珍念、お主、白虎が九州圏に居るという話、聞いとらんか?」


 道玄が少し険しい顔付きになって訊ねる。


「うん、聞いた、聞いたわよぉ。三ヶ月ほど前にね、配下の陰陽師を連れて御岳山みたけさんの火口で動大仏どうだいぶつの儀をしたらしいわ」


 珍念は口の下に人差し指を当てて、明後日の方を見ながらとても可愛い仕草をする。


 ――うげ、吐きそうだ……。


「動大仏の儀じゃと!?」道玄が驚き眉間に皺を寄せて厳しい顔つきなる。


「そりゃなんだい?」


 珍念の話を聞いて驚いた様子の道玄に、勇次は不安を覚える。


「うむ……。動大仏の儀とはな、自分らで大仏を造りあげ、それを式神として操り動かすことが出来るように魂を仕込む儀式の事じゃ」


「なんでそんな事を……?」


「そりゃ簡単じゃ。勇次、お前を葬るためじゃよ」


 道玄は勇次を見ること無く囲炉裏の灰を鉄箸で小さく混ぜ返している。


「あァ……そうですかい」勇次も厳しい顔つきになる。


「しかし、三ヶ月前となると……もう儀式は終わっておるのぅ。厄介じゃな……」


「別に仏像だろうが大仏だろうが、向かってくるならぶっ壊しゃいいだろうが!」


 自分の膝をパンっと叩く勇次。


「動大仏の儀は陰陽師を数名、魂にして大仏に取り込むのじゃ。動き出した大仏はわしの呪術では止められぬ。それに鋼の如き身体には、恐らくお主の短刀も刺さるまいて」


「魂にするって……。殺すのかい?」道玄の話を聞いて驚く勇次。


「そうじゃ。真に恐ろしい御業よのぅ……」


 じっとして座ったまま話を聞いているかすみも、事の重大さが判ったようで下を向き、着物の裾を指でなぞりながら小さく息を吐く。


「ロリコン坊主の呪文も効かねぇ、俺のドスも刺さらねぇじゃ、どうすんだよ?」


「何か方策は考えねばならぬな。三位一体の呪を仕掛けれられればよいのじゃが……」


 札之町で大鬼を葬った、陰陽師三人による合同呪術の三位一体。全ての物を闇に飲み込む陰陽師究極技の一つだが、欠点があった。


「おぉ、あの三人でやったやつか。あれ凄かったじゃねぇか。それでいいんじゃねぇのかい?」


 勇次の表情が一瞬パッと明るくなる。


「あの技は一度使うと、六月むつきの間、使えんのじゃ」道玄が腕を組んで考え込む。


「そんな決まりがあるのかい……」落胆する勇次。


「決まりというかな、御霊を呼んでもこちらの問いかけに応えてくれなくなるのじゃ。……まぁよい。何かしら方策を練るとしよう」


 四人は無口になり、その場を神妙な空気が支配する。

 境内を渡る新緑の香りをまとった春風が、客間に吹き込んできて、鉄瓶から立ち上る湯気を揺した――。



 急に珍念がかすみの方を見て、気持ちの悪い笑顔を見せながら訊ねた。


「――ところで、かすみちゃん。その服はもしかして、桃色幻想郷ピンクファンタジーのやつ?」


 珍念がかすみの極短で派手な着物を見て気になっていたらしい。


「は、はい。そうですけど……」かすみがふと顔を上げる。


「あなたも『ピンクファンタジスタ』なのね! ワタシも好きなのぉ、桃色幻想郷! ねぇねぇ、今から一緒にお店行かない? 今ね、丁度安売り期間中なの! ワタシ、会員になってるから安く買えるのよ! 白銀プラチナ会員だから、何でも更に三割り引きになるわ」


 ――桃色桃源郷。それはかすみを虜にする魅惑の呉服問屋だった。そのブランドでコーディネートを決めている女性のことは、ピンクファンタジスタと呼ばれ、一部の熱狂的なファンが全国にいた。


 ちなみに今かすみが大好きなものは、勇次と団子と桃色桃源郷の服である。北海道圏の桃色桃源郷で服などを買い揃えた際、自宅から持ってきていた高価で質の良い持ち物は全て海道の点鉱寺に置き去りにしてきた。


「え? 本当ですか! はい、行きたいです! 勇ちゃん……あの……」


 かすみがおねだりをするように、上目遣いになって勇次の顔を見る。


「あぁ、行って来い、行って来い。そいつは痩せても枯れても本物の陰陽師だろうしな、何かあっても、ちゃんとおめぇを守ってくれるだろ。な? カマ坊主」


「当然のことよ。任せなさいな。そうそう、お店の近くに美味しい甘味処もあるのよ。かすみちゃん、お団子好き?」


「はい! はい! 大好きです!」


 かすみは団子と服の事で頭が一杯になり、目をランランと輝かせた。


「けどよ、買い物に行くって、大きな町か村でも近くにあるのかい?」


「ううん、とても遠いわ。距離で言うと……三百キロ位かなぁ。でも帰来の護符置いてあるから直ぐに行けちゃうの。うふ」


「おい、珍念。帰来の護符はそういう使い方をするものではないぞ」


 灰を掻き混ぜていた鉄箸の手を止めて、道玄はジロっと珍念を睨む。


「固いこと言わないの、道玄ちゃん。お買い物は乙女のストレス発散に持ってこいなんだからぁ。ね? かすみちゃん」


「はい! そうなのです! かすみも発散するのです!」


 当初気絶するほど避けていた珍念和尚と服の好みが同じというだけで、すっかり意気投合してしまったかすみは、如何にも女の子らしい心変わりの早さをみせた。


 ――はァ……女ってぇのは、年に関係なく何考えてるのか全然判らねぇや……。

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