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第十八話 九州圏へ

これで第二章は完結となります。

第三章も期待して頂けると嬉しいです。

 天狗を仕留めると、呼び出されていた鬼たちはそれと同時に消滅した。その後、野梅寺に行ってみるものの、そこはすっかり荒れ果てていて、何も白虎の手掛かりになるようなものはなかった。


「天狗が居るなんてなァ……。あんなもの初めて見たぜ」


 伝説の生き物だと思っていた勇次は、天狗を埋葬している道玄を見ながら不思議な感慨にふけっていた。


「天狗は暗黒面に堕ちた、元々は真面目な陰陽師の成れの果てじゃからな。山などに籠もって修行だけを一人で唯ひたすらやって居っても駄目だと言うこと。自分を律するのは高みに到達するためには必要なことじゃが、それ以外にも人と関わって情けや、痛み、優しさ、楽しさ、など人としての感情や気持ちなどに触れてこそ高位階に到達できるというもの。如何に高い霊力を手に入れても、その力は本来他人のために使うべきものなのじゃ。誰も居らぬ所で鬼を呼び出しても意味など無いであろう。天狗になるなぞ、唯の馬鹿者じゃ。そこまで修行をしたのであれば立派な陰陽師になれたであろうに――」


 道玄は墓に手を合わせてかすみや海道に言い聞かせるように話した。

 墓標もない墓で、かすみが供えた小さな花が春風に揺れていた。



「さて、点鉱寺に戻るとするかのぅ。次は九州圏か……。随分遠くまで行くことになるな」


 と、その時、近くの茂みがガサガサと揺れる。


「何だ!? まだ残りが居やがんのか?」と勇次が殺気立って懐に手を入れる。


 すると目の前を太った蛇のような、勇次が見たことのない生き物がひょっこりと姿を現した。


「なんだ、これは……? こんなの見たことねぇぞ。式神か?」


「勇次、これを知らんのか?」


 一瞬身構えていた道玄がその緊張の糸をほぐす。


「知らねぇな。何だこれは? 式神じゃねぇのかよ」


「勇ちゃん、これはツチノコっていうのです。食べても美味しくないですよ」


 かすみが可愛い笑顔を見せる。


「ツチノコだァ? 何でそんなのが居るんだよ! それに美味しくないって……食ったことあるのか?」


 勇次は自分の中で色々な感情が複雑に交差してしまい、この世界に馴染んできたと思っていた自分の甘さを後悔した。


「この辺りでは全く珍しくない生き物で御座る。拙僧はツチノコ鍋、ツチノコ丼は結構好きなのですが、かすみ殿はお嫌いなのですね」


 海道が尻尾の部分を揺らしながら走っていくツチノコを見ながら、少し残念そうにしながら目で追いかけている。


「そうじゃな。ツチノコは少し苦味があって大人の味。かすみにはまだ早かろうて。わしは蒲焼きが好きじゃがな。ホッホッホ」


「あ、でもかすみはツチノコの卵焼きは好きです! ママがよくお弁当に入れてくれたのです。懐かしいなぁ。今度勇ちゃんに作ってあげるのです。美味しいですよ!」


「全く、ここはどうなってんだよ――」



 ――――――――――――



「次は九州か……。また随分遠くへ、と言っても、あの変な仕掛けで直ぐに行けるのか。俺の時代にあったら運送屋や飛行機屋なんかは、全滅だなァ」


 飛行機屋が具体的に何を意味するのかは不明だが、勇次は戻ってきた点鉱寺で次の目的地の事を考えながら、一人でぼそっと呟いた。


「勇ちゃん、あの馬車はどうするのです?」


 かすみがそう言いながら部屋に入ってきて、勇次の隣にちょこんと座り、少し口をへの字にし、可愛い顔の眉間に皺を寄せて珍しく厳しい顔つきをして考え込んでいる様子だった。


「そういや、そうだなァ。あの馬車は異界通路の小さな部屋には入りそうにねェな。どうすんだろォな」


 勇次も馬車のことは考えていなかった。今回の旅で手に入れたあの立派なキャンピング馬車はこれからの旅路にはどうしても必要なものになっていた。


「道玄のじいさんにどうするか訊いてみたらいい。何か手があるかもしれねぇ」


「はい。判りました。そうしてみるのです」


 そう返事をしたかすみだったが、しばらく勇次の顔を見つめたあと、急に笑顔になる。


「どうした、かすみ。急にニコニコして。何か良いことでもあったのかい?」


「別になにもないのです。ただかすみの旦那様がこの人なんだなぁと思って。小さい頃からかすみはどんな人のお嫁さんになるのかなってずっと考えていたのです。それが勇ちゃんだったんだなって。何だか不思議な気持ちなのです」


「小さい頃からって、まだ小さいだろぉが……」と勇次は苦笑いする。


「小さくはないです! もう十二歳だし、既に……その、人妻だし……」


 かすみはまた胸の前で指を絡ませてモジモジと恥ずかしそうにしている。


「人妻ねェ……。まァそういう事になるのかも知れねぇが……」


 少し勇次は呆れた顔をしてかすみを見る。するとかすみは強くギュッと目を閉じ、恥ずかしそうに頬を赤らめて口を突き出している。恐らくキスをねだっているのだろうが、その顔がひょっとこに見えた勇次は思わず笑いそうになる。


 ――しかし、ここで笑うとかすみは傷つくなァ……。弱ったなこりャ……。


「勇次殿、ここでしたか!」と、そこにタイミングよく海道がやってきた。


 かすみは慌てて何も無かったような顔になり「では、ちょっと道玄様に訊いてきます――」と頬を赤くしたまま部屋を飛び出していった。


「おや、かすみ殿……。もしやお邪魔でしたかな……」


 海道が少し申し訳無さそうにする。


「なに言ってんだ。むしろ助かったぜ」と勇次はフッと小さな息を吐いた。「それで何か用かい?」


「それなら良いのですが……。実はあの馬車なのですが、九州圏に送る事が出来るように手配したので、その事をお伝えしようと」


「それは有り難いな。でもどうやって?」


「異界通路専用の小部屋を大きく改築する様にと、道玄和尚が全国の点鉱寺に御触れを出したのです。ですので改築が終わり次第、あの馬車ごと何処にでも行けるように成りまする」


「あのロリコン坊主は本当にそういうことをさせる権力ちからがあるんだなァ。大したもんだ。それで、その改築はいつ頃終わるんだい?」


「恐らく一両日中には完了するかと存じまする」


「そっか。じゃ、それまではここでのんびりするかな」


「今暫く勇次殿と一緒に居られると思うと、拙僧は胸の高鳴りが治まりませぬ」


 海道も胸の前で指を絡めて、髭の剃り跡が青々としている顔を赤らめてモジモジとしている。


「気持ち顔をして、気持ち悪いこと言うな。ってか、今暫くってどういう意味だい?」


「はい。拙僧は北海道圏の点鉱寺の住職ですので、ここを空けて共に九州圏に行くことは出来ませぬ。ですので、勇次殿たちが旅立たれるまでのお付き合いという事に成りまする」


 海道は残念そうな顔をしている。


「そうなのかい? でも道玄のじいさんは俺たちと一緒に来てるぜ?」


「道玄和尚は別格で御座います故」


「なるほど。それはちょいと寂しくなるねぇ。折角仲良くなれたのに」


 勇次がそう言うと、海道はぱっと明るい顔になる。


「勇次殿にそう申して頂けますと、共に旅ができたことを嬉しく存じまする。では、最後に――」


 そう言いながら目をとして口を突き出す海道。


 ――パコーン!


 勇次は海道の禿頭を引っ叩いた。


「い、痛いで御座るが……、ちょっと嬉しいです……」


 ――パコーン!


 嬉しそうに頬を更に赤らめる海道を見て、再び禿頭を叩く。


「あぁ、嬉しい……」


「海道と言い、道玄と言い……。変態坊主の巣窟だな、点鉱寺は。九州の坊主はまさかそんな事はねぇだろうなぁ……」


 勇次は一抹の不安を覚える。


「九州圏の点鉱寺住職は、拙僧の恩師なので御座いますが、どうも最後まであの方のお考えには賛同できない所が御座いました……」


 海道は頭を摩りながら何かを思い出したようにちょっと難しい顔になる。


「へぇ、そうなのかい。でも()()()なら何でもいいぜ」


「拙僧の口からは何も申せませぬ。拙僧はここを空ける事は出来ませぬが、来て頂ければいつでも御会い出来ますので」


「あぁ、また来るぜ。あんたはいい人だしな。ホモじゃなけりゃもっといいんだが……」



 ――――――――――



 勇次たちは馬車を引いて、大きく改築された異界通路専用の部屋の前に揃っていた。


「海道和尚、世話になったな。そんなに遠くない時期に再び会うことになるとは思うがな」


「道玄和尚。それはどういった理由で……?」


「わしらは、遊びで旅をしとるのではないのでな。真・閻魔と対峙する時は、お主の力も必要になるじゃろう」


「判り申した――。そうそう、勇次殿。拙僧、旅のお供にと思いまして、お弁当をこしらえたのです」


「弁当だァ? それに旅と言っても直ぐにあっちに着いちまうぜ?」


「そうなのですが、是非これをお持ち下され」


 海道は三段重ねの重箱を勇次に手渡す。


「結構豪勢な感じだな。何だか悪りなァ。ちなみに中身は?」


「拙僧が腕によりを掛けて作った、ツチノコ弁当で御座る」


「グエ。ツチノコ……。それは……。まァ、ありがとうよ……」


 勇次は先日見たグロテスクなツチノコを思い出して、どうしても美味しそうだとは思えなかった。


「いえいえ。どういたしまして。では再びまみえるま日で、皆様御達者でお過ごしくださいませ」


 海道は満面の笑みを浮かべた。


「ありがとうな、海道よ」弁当箱を片手に、手を上げる勇次。


「また遊んで下さいね、海道和尚様」かすみは手を振って挨拶をする。


「ではまたのぅ、海道和尚」


「はい」両手を合わせて深々と頭を下げる海道。



 勇次たちは白虎の足取りを追って、九州圏の点鉱寺へ向けて旅立った。

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