第十六話 遠くの目
――ガタンゴトン……、ガタンゴトン……
勇次たちは途中で立ち寄った村で、荷物を運搬するために使っていた馬車を手に入れ、快適な旅になっていた。
手に入れた馬車は二頭立てで、内装は豪華。そしてこれから長く使うことを考えて立派で丈夫な造りとなっていた。こんな立派な馬車にするつもりはなかったのだが、納期を早めるために御神託書をチラッと見せると、職人たちが勝手に豪華仕様にしてしまったのだ。そしてまた代金の受け渡しで一悶着あったが、きっちりニコニコ現金払いで気持ちよく旅路を進んでいた。
「この馬車はいいのぅ。厠まで完備されておるし、火鉢もあるし、小さなキッチンもある。二階建てでロフトの部分は寝所になってるなど、完全に移動する家ではないか。これで風呂があれば、わしはここでかすみと一生暮らしてもよいな」
道玄は馬車の車窓からのんびりと外を眺めながら、煙管を咥えて呟く。
「勝手に一人で暮らしてろ」勇次は反対側の窓に腕を乗せ、同じように景色を眺めていた。
馬車を御しているのは、海道とかすみだった。かすみは馬を操ることに興味を示し、海道は馬を操るのが案外上手であった。
札之町を出て既に十日程経っていた。その間かすみの陰陽師としての資質を計ったり、馬車の制作などで予定より遅れていたと思われたが、馬車を使って旅を始めたことによって移動速度が早くなり、当初の予定通り額叡山の麓が見える所まで来ていた。
「勇ちゃん、山が見えてきましたよ!」
かすみが御者席から荷台を振り向いて声を掛ける。どれどれと勇次が御者席の方へ出ていくと、見渡す限りずっと続いている草原地帯の向こうに小高い丘があり、その更に奥に悠々と聳える額叡山が見える。
「あれか……。結構高い山だな」勇次が額に手を当てて庇のようにして遠くを見る。
「山の頂まで行けば、可成りの高さになり申すが、拙僧どもは登山が目的では御座らぬ。中腹まで行けば充分です故、存外早く野梅寺に到着するかと思われます」と海道が馬を操りながら応える。
「あ、あれ……」かすみが前方の小高い丘の上で小さく砂塵を巻き上がるのを見留た。
「あれは……どうやら式神の様ですな」海道が前方を見据えたまま少し眉間に皺を寄せる。
砂煙が治まると、その場所に鬼が五匹、金棒を片手に現れ、どうやら馬車の方に向かって来てるようだった。
「でも、数は多くないなァ……」
「そうですね。でも見慣れない金色の鬼が居ます。かすみ初めて見ました」
五匹の鬼の中に一際異彩を放つ金色の鬼。しかも一つ目の様で、大きさは他の鬼より小さい。
「アレは金色鬼ですな。他の鬼と違って強力な呪術を使って来よります」
海道は馬を一旦停めて、どのように対峙するのかと勇次の顔を見た。
「そうだなァ、突っ込んでいってぶちのめしてもいいが……。なァ、どうするよ、ロリコン坊主?」
勇次が荷台に向かって言うと、道玄は「かすみにやらせてみたら良い」と煙管を咥えて寝転がったまま答える。
「悠長だねェ……」勇次は道玄を見て答えたが、その仕草をみて明らかな余裕を見て取れた事から、道玄には勝算があるのだと理解する。
「勇ちゃん、かすみ、鬼さんをやっつけてきます!」
道玄の言い草を聞いて御者席から飛び降りたかすみは、スターライトシューティングスターを片手に、一人で「わぁぁぁぁ!」と気合の入った声を出しながら鬼の群れに向かって突っ込んでいく。
「おいおい、大丈夫なのかァ? 心配だなァ……。俺も着いてくぜ」と勇次もかすみの後を追う。
「任せておけばよいものを……。あいつはなんのかんの言って面倒見が良いからのぅ……」
道玄は御者席にゆっくりと顔を出して海道の隣に座り、煙管に火を点けた。
「拙僧もそう思いまする。そこに惹かれたのやも知れませぬ」
海道が少し頬を赤らめる。
「お主は男なら誰でも良いのかと思って居ったがな。ホホホ……」
「断じて違います!」
蠢く鬼の群れの前に立つかすみ。
気合を入れて、手にしたスターライトシューティングスターを高く掲げて詠唱する。
「行きますよ――! 爆裂旋風刃!」
するとスターライトシューティングスターは緑色のオーラに包まれ、先端の星の部分から発したオーラが無数の鎌の形に変形し矢継ぎ早に発射される。
――シュバババババババ!
発射された鎌は鬼たちが居る一帯に襲いかかり、切れ味の鋭いカミソリの如く、その手足、胴体、首と次々と切り刻み屍の山を作る。
「おォ……かすみ、すげーなその技」勇次が感心する。
「はい! 道玄和尚様が、このステッキに呪を掛けてくれたのです。かすみの力を、ぞうふく? して攻撃出来るようにしてくれました!」
かすみは嬉しそうにスターライトシューティングスターを抱きしめている。
「残りはあいつだけだな……」勇次は残った無傷の金色鬼を鋭い目で睨む。
「あの金色の鬼さんにはかすみの攻撃は効かないようです」少し残念そうにして、かすみが悄気げる。
「そうみてぇだな……。俺のドスが効かねぇのも居るんだから、他の鬼を倒しただけで充分だ、かすみ。後は任せろ」
勇次はかすみの頭をぽんぽんと叩くと、残った鬼に向かって突っ込んでいく。
「お前が討伐者か。どれ程の技量か見させてもらうぞォ――!」
金色鬼は向かってくる勇次に向かって足元にあった大岩をぐぐっと持ち上げて投げつける。
勇次は厳しい顔つきでその大岩に拳をぶつけると、岩は木っ端微塵になる。そして飛び散った小石を蹴散らし更に突き進む。
「そんなもんが効くわけねェだろ、ドさんピンがァ!」
「ほほぅ、ではコレはどうだ。電撃蓬莱玉!」
金色鬼が掌を天に向けて広げると、周囲が一瞬の後に暗くなり上空から直径五メートル程の玉が、凄まじい放電を周囲に撒き散らしながら現れ、勇次に向かって墜ちて来る。
――バリバリバリバリィィ!
だが、勇次はその攻撃に対し少しも躊躇すること無く、寧ろその攻撃に向かうように突撃する。
「バカめ、死ね!」金色鬼はニヤリと歪んだ笑顔を見せる。
電撃蓬莱玉が直撃する――。勇次が居た周囲は玉が放電したエネルギーが炸裂し、一帯の草花や土砂を巻き上げて爆発した!
――ズワァァァァン!
巻き上がった砂塵が地面に降り注ぐ。薄っすらと砂埃の中が透けて見えてくると、その中からキラリと光る何かが飛び出した。
「グハッ……。なんだ、と……。呪術が効かぬのか……」
金色鬼の顔が今度は苦痛に歪む。自分の腹を見ると短刀が鳩尾に突き刺さっていた。信じられないと言った表情で顔を上げた時、目の前にはダルそうに小首を傾げ、殺気に満ち溢れた恐ろしい目をして、歪んだ笑顔を見せる討伐者が立っていた。
「往生せいやぁぁぁぁぁぁぁ!」
勇次は投げて突き刺したドスを両手で握ると、更にグッと押し込んだ後、最後にクッと捻りを加える。
――ウギャァァァァァァァ――!
鬼は断末魔を上げて消滅した。
「クソ雑魚が……」
「勇ちゃん、大丈夫ですか? 怪我はしてませんか?」とかすみが駆け寄ってくる。
「あぁ、問題ねェ。ありがとうな――」かすみを見て微笑む。
今の金色鬼との戦いを額叡山の中から見ている人影があった。
「――あれが討伐者か……。成程。面白いのぅ。しかし、あの小娘、少々気になるのぅ……」
それから程なくして勇次たちを乗せた馬車は額叡山の麓に到着した。
「さて、ここからは歩きになるが、今日は日も傾き始めておる故、一度点鉱寺へ戻って明日山登りをするとしよう」
道玄が馬車を降りて目印になる大きな松の木に帰来の護符を押し付けて、詠唱をする。
「――我は点鉱寺僧侶道玄也。護符に定めし此の地より帰来の護符にて点鉱寺僧侶海道が元へ移すこと切に願わん。オン・アロリキャ・ソワカ――」
しかし、何故かいつものように護符が木に吸い込まれていかない。
「成程のぅ……。ここの呪者は、わしらを帰してはくれんらしい」
「道玄和尚……」海道がやや不安げな顔をする。
「うむ、ここはどうやら其奴の結界の中の様じゃ。帰来の護符を止める程となると……ちと面倒な相手じゃのぅ。心して掛からねばならぬぞ」
勇次たちは目の前に聳える額叡山を見上げた。
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