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第十二話 ゴミ掃除

「それで天神組はどんなことをやっとるんじゃ?」


 道玄が厳しい顔をして海道の方を見る。


「火盗改で聞いて参ったところですと、盗み、火付け、辻斬り、殺し、勾引かし(かどわかし)、など一通りの悪行は日常茶飯事。しかし最近は阿片などにも手を出して居るとの由。いやはや……もう悪人の巣窟で御座る」


 勇次たちが出掛けている間に火盗改所に出向いた海道が聞いてきた情報を呆れたような顔をしながら話す。


「阿片ってぇと……クスリか。クズはどの世界にでも居るんだな……」


 覚醒剤などの麻薬は極道の世界でも扱うことを嫌う者は多かった。クスリ漬けにすれば手っ取り早く金は稼げるが、確実に廃人を作り出す。長い目で見れば誰一人得をせず、不幸の連鎖が続くだけである。麻薬の売買は鬼畜の所業だと勇次は人一倍それを嫌っていた。


「それだけの悪事に手を出して居るのであれば、火盗改や町奉行は一体何をして居る!」


 カン!と強めに煙管の灰を灰落しに叩きつけ、道玄は憮然としている。


「それが天神組の組長かしらの、橋爪権造はしずめごんぞうが、町奉行に金と女を与えて雁字搦がんじがらめにして居り、町奉行から『天神組は町奉行配下で取り締まる故、火盗改は一切手出し無用』と申し送りが来て居るそうで御座います」


 札之町ほどの大きな町には警察機構である火盗改以外にも、検察組織となる町奉行もあった。火盗改所は独立しているといっても、町奉行の管轄にあり上が駄目だと言えば、表立って行動することは難しかったのである。


 そうした事情を知るにつけ、勇次のイライラは募り、あぐらを掻いて座っている足が小刻みに揺れている。


「あー、もうそういう裏事情みたいなのは、どうでもいい。クスリ売ってるって判っただけでもう充分だ」


 ――それに、長谷山さんにお願いされたしなァ、なんとかしねぇと……。


「まぁ、落ち着け勇次。それで天神組の場所と、配下の者はどれ程じゃ?」


 自分の焦燥を棚に上げて勇次を宥め、再び煙管を加える道玄。


「天神組は町外れに大きな屋敷を構えて居るとの事。手下の数は約百名程のようです」


「百はちと、多いねぇ……」


 天神組が太助のようなチンピラだらけだとしても、百人集まれば脅威となる。味方で戦えるのは三人。冷静に考えれば現実は厳しい。


「数は問題ない。わしと海道で殆ど抑え込むことが出来るじゃろう。勇次は組長の橋爪を仕留めることだけ考えればよい」


 道玄が敵の数を聞いても全く動じず、悠然と煙管を加えながら話すのを見た勇次は、そこに溢れ出る道玄の自信を見て不思議と安心する。


「じゃ、ゴミ掃除すっか――」


 勇次は立ち上がろうとしたが、部屋の隅で男どもの話を大人しく聞いていたかすみが目に入った。


「かすみは付いてくるなよ」


「いいえ、今回は付いて行きます。勇ちゃんが怪我したらかすみが治すのです!」


 いつもは勇次の言うことを素直に聞くかすみだったが、今回は珍しく抗った。


「そうじゃな。前回の式神どもと戦った時の如く、わしの傍に居って離れて見てればよいじゃろう」


 道玄がかすみに賛同したが、勇次は気に入らなかった。そこで小声で道玄に「……けどよ、じいさん、今回は人が死にまくる……。俺はそんなのかすみに見せたくねぇ」と耳打ちするように話す。


「……気持ちは判るがのぅ、勇次。じゃが恐らくそうはならん。それに討伐者と共に旅をするとは、こういう事だと判らせておく必要もある。かすみは存外強いぞ」


「……判った。じいさんがそう言うならそれでいい」


 勇次は道玄に大きな信用を寄せていた。――このじいさんがいいと言うのであれば、それは信用に値する――と思うようになっていたのだ。


「よし、かすみ、無理しねぇようにな」


 勇次は立ち上がってかすみの頭をぽんぽんと叩く。


「はいです!」と嬉しそうにかすみは返事をした。



 ――――――――――――



 夜更けの町を歩く勇次たち。

 都合が良いことに今はこの町は日が落ちた後の外出は禁じられているため、誰かに出会うこともなく、悠々と町外れにある天神組へ向かっていた。

 かすみと道玄が手を繋いで孫と祖父の様に先頭を歩き、少し遅れて勇次と海道が続く。


「……なぁ海道、どうしてじいさんは町のヤクザを潰すのにあんなに躍起になってんだい?」


「勇次殿、既にご存知でしょうが、道玄和尚は、従一位の陰陽師で在らせられます。品四しほん以上の位階の陰陽師は、この国の安寧と繁栄に尽力せねばならず、全ての民をあらゆる災厄から守る義務が御座います。この度の天神組の様に悪の所業を重居る者どもに、あらゆる権限を越えて天誅を加える権力を帝より下賜かしされて居るのです」


「要するに、なんだァ……。悪いことをする奴らを見かけたら退治しなきゃならねぇって事かい」


「左様です。しかも、勇次殿の仰っしゃり様で申せば、『悪い奴らなら何人ぶっ殺そうが全く罪には問われねぇ』という事ですな。ははは」


 海道が勇次の口真似をして笑う。


「似てないぞ、ホモ坊主。……しかし、そっか。判った――」


「因みにで御座いますが……、勇次殿は討伐者で在らせられるので、我々陰陽師とは異なり、例え善人を殺めても一切咎とがを受けませぬ。序列で申せば、討伐者は帝と同位に御座る。ですので、努々(ゆめゆめ)その事はお忘れなき様……」


 海道が若干神妙な顔つきになって勇次を見る。


 討伐者というものの存在――今まで事ある毎に道玄が自分のことを理解していないと憤ることがあったが、自分がそういう存在だったと知り驚きを隠せなかった。


「帝と同じだってぇ? マジかい? 俺みてぇなただのヤクザ者がねぇ……。そりゃまたとんでもねぇなァ……」


 ――道理でどいつもこいつもあの紙きれ見せただけでへいこらする訳だ……。


「けどよ、それなら討伐者がここに居るって判った時点で、どいつもこいつも大人しくなるんじゃねぇのかい?」


 腕を組み、ふと気になった事を訊ねてみる。


「勇次殿が討伐者である事を知った者は、その事を本人の面前以外の場所で他言する事を固く禁じられて居りまする。その事が公に成りますと、見えている悪が雲散霧消うんさんむしょうしてしまいます故」


「そういう事か。まだまだ俺も知らねぇ事だらけだな、こっちのことは」


「旅を続けていけば、追々知っていくことかと存じます――」


 ――この旅は何処まで続くんだろうな……。まァ先のことは気にしても仕方ねぇか……。


「ところで、海道は、その……位階ってのは何番目なんだい?」


「拙僧は若輩者故、四品しほんには未だ届かず、従四位上じゅしいのじょうで御座います」


「そうかい。よく判らねぇが、ホモが治ったらもっと偉く成れると思うぜ?」



 ――――――――――――



 勇次たちは町外れにある天神組の屋敷に着いていた。

 屋敷は石垣の上に漆喰が塗られた高い壁が四方を囲んでいて、さながら江戸時代の大名の武家屋敷の如き立派な大邸宅だった。高い壁越しに屋敷の中は見ることは出来ず、更に壁に沿った内側には大きく育った松の木が何本も植樹されていて、防犯対策の面では殆ど完璧に近い状態であった。


「ここが天神組かい……。で、どうするよ?」


 思った以上に大きな屋敷だったため、勇次は何から始めたらいいのか逡巡する。


「勇次殿。ここは拙僧にお任せあれ」


 海道が屋敷の大きな門の前に立ち、両手を合わせて詠唱する。


「――我は海道。あざな天蓋てんがい。この地に揺蕩たゆたう全ての御霊みたまよ。すべからく我渇求かっきゅうを知り面前に在りし卑賤ひせんの家門に集いし者共を夢現ゆめうつつの幻へ誘いたき我が一念を通せ――」


 海道の身体が紫色のオーラに包まれたと思った次の瞬間、霧の様に変化したそのオーラが屋敷の門の上下など、あらゆる全ての隙間からどんどんと建物の中に入り込んでいく。


「――で、どうなったんだい?」


 しばらくして海道の呪術の効果が見えなくなり、勇次が誰ともなく訊ねた。


「屋敷の中に居る者共は、全て深い眠りに付いておるはずじゃ」と道玄。


「やるねぇ、ホモ坊主。後で尻撫でてやらァ」


 勇次が関心して、茶化すように海道に言う。


「ホモは余計で御座います。尻の方は……その……少しばかり嬉しゅう御座いますが……」


 海道は少し頬を赤らめ俯いてモジモジとする。


「ド変態が。少しは隠せよ、そういうの。かすみの前で恥ずかしくねぇのかい?」


 二人のやりとりを聞いていたかすみが割り込んでくる。


「お尻を触りたいのでしたら、あの……かすみので良ければ、いつ触ってもいいですよ……」と海道と同じように下を向いてモジモジとする。


「モジモジするな! そういう意味じゃ――」呆れ顔の勇次。


「ま、真か!」と三人の会話を聞いてた道玄が目を輝かせ、ロリコン坊主の本領を発揮し始める。


「じじぃに言ってねぇだろ」


「ちぇ、詰まらんのぅ。一緒に旅して居る仲間なんじゃから、尻触ったり乳を愛でたりしてもよかろうに……」


 ゲスい顔をして喜んでいた道玄が残念そうにする。


「良いわけねぇだろ! ササッと行くぞ変態坊主ども! ったくどーしよーもねぇ奴らだな」

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