第十一話 デート
「勇ちゃん、何処に行くのですか?」
繋いだ手を引っ張るようにして先へ先へと歩くかすみは、何時にも増して嬉しそうにしている。
「おいおい。何処にって訊きながら、随分と手を引っ張るじゃねぇか」
「いいのです。今日は勇ちゃんとデートなのです! それで何処に行くのですか?」
「かすみの服を買いに行くって約束しただろ」
「本当に連れてってくれるのですか! やったー! かすみは嬉しいです!」
札之町のメインストリートの『桜並木通り』は、この世界では珍しく石畳で、名前の通り桜並木が続き、その景観は絶景ともいえる壮観なものだった。道幅は十メートルもないが、車が走るわけでもないため通りは人で溢れていて、万年歩行者天国であった。満開の桜並木の下には幾つかの出店があって、そこで団子やお茶などを楽しみながら、誰彼と桜を見上げている微笑ましい光景が、桜吹雪の下、そこかしこで見られる。
桜並木の下を潜って、通りと反対側に出ると、飯屋、魚屋、米屋、両替商、酒屋などの様々な商店が立ち並んでいて、そこに目当ての呉服問屋『桃色幻想郷』があった。
――あそこか。長谷山さんが教えてくれた店は。しかし……酷ぇな……。
勇次がかすみにこれからの旅支度を整えさせようと連れてきた店は、今風に言えば原宿にあるギャル御用達のような、ケバいピンク色と黒色がメインカラーの呉服問屋だった。
――もう少し、普通の店紹介してくれよ、長谷山さん……。
桃色幻想郷の軒先には、如何にもかすみの好みそうな極短のカラフルな着物がずらりと並べられ、店内も似たような系統のアイテムで溢れかえっている。
「ここなのですか!? 勇ちゃんセンスいいです! かすみ、店の中見てきます!」
「あぁ、じっくり見てくればいい――」
勇次は店の前にあった、大きな日傘を掲げ赤い布を敷き詰めた長椅子に腰掛け、「すまねぇ、茶を一つ」と頼み、のんびりと満開の桜を見上げた。
出された緑茶を見ると、茶柱が一本立っている。良いことがありそうだなと思って湯呑を見続けていると桜の花びらが一枚飛び込んできて、小さな波紋を広げる。
――こういうのが幸せってもんなのかもしれねぇな。俺には縁がないと思ってたが……。
暫く桜を漫然と見ていると、「勇ちゃん、勇ちゃん! コレ見て下さい!」とかすみが店内から呼ぶ声がする。どれどれとケバい店内に入っていくと、かすみが見せてきたのは膝の上まである長い足袋だった。
「こんなのあるんだな。もっとおかしなモノ選ぶのかと思ってたら意外と……」
「こちらの商品は、ニーハイソックス足袋と言いまして、略してニー足袋。これは今年の当店人気アイテムランキングで一位を獲得してるのです。ずっと品切れしてましたが本日やっと入荷したところなのですよ、お客様!」
――そんな宣伝文句はどうでもいいが、これなら剥き出しの足を隠せていいかもしれねぇな……。
「このニー足袋と極短の着物を合わせると、そこに出来る『絶対領域』! これで殆どの殿方は悩殺間違いなしですわ!」
上から下までピンク色のアイテムや着物でコーディネートした、ケバい店員の女性がこれでもかと言わんばかりの笑顔でプッシュしまくってくる。
「絶対領域ってなんだ……? それに悩殺する必要もねぇが……まァいいか。……判った。暫く買い物は出来ないかもしれねぇし、案外丈夫で役に立ちそうだから、幾つか買えばいい。他には要らねぇのかい?」
「後はですね、これとこれとこれとこれと……」
かすみは後ろからどっさりと服やアイテムを出してきた。
「まァ……そうだろうなァ……」
――――――――――――
晴れ渡った青空と桜色に華やぐ町が、通りを闊歩する者の心を軽くしている。
勇次とかすみは購入した服などを泊まっている旅籠に送るように頼んで、そのまま町中をぶらつくことにした。
「勇ちゃん、勇ちゃん!」
「なんだ?」
「なんでもないのですぅー!」
かすみは勇次の周りをぐるぐると周りながら、やたらと楽しそうにはしゃいでいる。
「勇ちゃんと二人っきりで歩くのは、安曇野村を出てた後くらいで、久しぶりですね!」
「あぁ、そう言えばそうだな」
「パパとママと、爺や、元気にしてるかなぁ……」
かすみがふと心配そうな顔になる。
「ホームシックか。家に帰ぇりたくなったかい?」
「ううん! 全然! 勇ちゃんと一緒に居るほうがずっと楽しいのです! でも、時々元気かなって気になることはあります……」
少し口をへの字に曲げて、明後日の方を見る。
「スマホもネットもないしなァ……。手紙でも書いたらどうだ?」
「すまほ? ねっと? ん? それはかすみはちょっと判らないですけど、お手紙いいですね! 書いてみます。 あっ!」
突然かすみの動きが止まる。
「どうした?」
かすみが一点を見つめたまま動かない――この既視感のある行動……。勇次がかすみの視線を追うと、その先に見える『甘味処』の看板。
――フッ、団子か……。
「かすみ、ちょっと歩き疲れてないかい?」
「そ、そうですか……? かすみは、えっと、大丈夫なのですが……」
態度が余所余所しい。
「団子……」
「え?」かすみは驚いた表情に変わる。
「あそこになにやら、団子って書いた旗が見えるなァ……?」
少し意地の悪い質問をしてみる。
「あぁ……そ、そうですね」
視線は固定されたままで空返事をするかすみ。
「普段は好きなこと言うくせに、こういう時は無口になるねぇ」と頬を緩める。
「な、何のことですか……」あからさまにトボけた顔をするかすみを見て可笑しくて笑い出す。
勇次はかすみの頭を撫でながら「あはは。さっ、団子食いに行くぞ」と言うと、表情がパッと明るくなり「はい!」と勇次の手を引っ張るかすみだった。
「――ご馳走さん」
「ごちそう様でした」
甘味処を出た二人。祭りのように賑わっている通りに出て、再び歩き始めると前方の方で何やら騒がしい気配がしている。
「ん? なんだ?」
勇次がざわついている方を見ると、人混みが割れた先から、ガラの悪そうな数人の集団が歩いてくるのが見える。
――天神組よ……
――またあいつらね……
――昼間から酔っ払ってるわ……
――鬼にでも喰われたらいいのに……
周囲の者たちが口を揃えて噂を始めている。
『キャー! 止めてよ――』
『いいじゃねぇかよ、ケツくらい触っても減るもんじゃねぇだろぉが――』
――昨夜の奴らか……。今はかすみを連れているし、出来ればここで騒動は起こしたくねぇな……。
「かすみ、あっちへ行こう」
「え? あ。はい」
かすみの手を引いて、通りの反対側へ行こうとした時、聞き覚えのある声がする。
「あ、テメェは昨夜の――!」
太助だった。唯でさえ勇次の純白のスーツは遠くからでも目立つ。
――クソ、昨日のやつが居たか……。めんどくせぇな。
「かすみ、先に旅籠に帰ってろ……」
低い声で勇次が言うと、かすみは何かを察したようで「はい。判りました。気をつけて下さいね、勇ちゃん」と言って離れていった。
「おい、オッサン。昨夜はありがとうよ。お陰サンで甚五郎は診療所のベッドで寝てらぁ」
勇次が振り向くと、太助とその仲間がたちが五人、斜に構えてニヤつきながら立っている。
「そうかい。じゃ、見舞いに行かなくてもいいのかい?」
「相変わらず口が達者だねぇ。見舞いだァ? そうだな……オッサンの見舞いになら行ってやってもいいぜ――」と、言いながら太助が殴りかかってきた。
勇次はポケットに手を入れたままで身体を捻ってパンチを躱し、右足をちょんと出す。太助はその足に引っかかって派手にすっ転んだ。
「テメェ、ふざけやがっ――」
太助が言い終わる前にぐぐっとその顔を踏みつける。
「うがあぁ――」
そのまま石畳にめり込みそうなほどグイグイと足を捻る――。そのうち歯が折れたのか顎が砕けたのか口から血を出し始めるが、勇次は表情一つ変えず、ポケットに手を入れたまま踏み続ける――視線は、他の奴らを睨みつけたままだ。
「テメェ、太助から足をどけろや! ぶっ殺すぞ!」
派手な黄色い着物の着たチンピラが刀を抜いて勇次を脅す。そいつに合わせて他の者たちも抜刀する。
――フフフ……。そっか、この時代の奴らは刀使うんだな。時代劇みてぇだ……。
勇次は少し笑った。
「おい、笑ってんじゃねぇぞ!」
――ピピーッ!
何やら笛の音が遠くから聞こえてくる。
――火盗改よ
――火盗改が来たっ!
誰かが通報したらしく、火盗改の役人がやって来たようだった。
「おい、ずらかるぞ! 太助を起こせ!」
「テメェ、覚えてろよ!」
チンピラの一人が勇次の足元に顔中血まみれで転がっている太助を起こして立ち去ろうとしたが、そいつの襟首をグイっと掴み、無理やり振り向かせて自分の額を思いっきり眉間に叩きつける。
「グハっ……」
「おい、チンピラ。おめぇら天神組とか言うんだろ? 近けぇうちに挨拶に行くからよォ、組長さんによろしく伝えておいてくれ」
そう凄んで手を離すと、チンピラは眉間から血を流しながら太助を連れて逃げるように去って行った。
「これは、木崎殿……。お怪我は、無い様ですな」
やって来たのは長谷山長官たちだった。
「あぁ、長谷山さんかい。俺は大丈夫だ。ちょっと目障りなゴミを片付けてただけだ」
「左様でしたか。御無事で何よりです」と言った後、声を低くして続ける。
「……海道和尚が先程みえまして、天神組の事を……」
「あぁ、知ってる」
「御面倒をお掛けしませぬか?」
「いいってことよ。でも後始末は頼む事になるかもしれねぇぜ」
「畏まりました。御存分に――」
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