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第九話 火付盗賊改方

 海道が住職をしている点鉱寺を出発し、帰来の護符を使いつつ進み続けて三日目、ようやく札之町が見えるところまで勇次たちは辿り着いていた。


「あそこに見えるのが札之町かい?」勇次が海道に向かって訊ねる。


「左様です、勇次殿。拙僧も何度か山を降りて訪れたことが御座いまするが、なかなかに賑やかな町。何度訪れても飽きることはありませぬ」


「それだけに、町に入るモンは出入りを厳しく精査してるってかい」


「そのため――討伐者様の身分の証を立てるため、拙僧が随伴して居るのです。もっとも拙僧は勇次殿と一緒に旅が出来まして、何と言えばよいのか……、そのデート――」


 ――ドカっ!


 勇次が海道の尻を蹴り上げる。


「痛とぅ御座いますぅ。ご無体なァ」


 蹴られた尻を摩りながら海道は頬を朱に染めている。


「デカイ図体してる癖に、ケツを蹴られて喜んで赤くなってんじゃねぇよ、ホモ坊主」



 札之町はこの界隈では最も栄えた集落であった。町内には火付盗賊改方所ひつけとうぞくあらためかたしょという警察機構のような役所が存在していて、町に出入りする余所者を監視していた。


 ちなみに江戸時代には町奉行などの下で、火付盗賊改方長官という役職を持つ者が配下の者と共に悪人どもをとっ捕まえたりしていたが、決まった役所は存在していなかった。しかし、この世界の火付盗賊改方は、その名を冠した専用の役所があり、独立した一つの警察組織として運営されていた。


 勇次は今回、その札之町に入るために火盗改かとうあらためと馴染みである海道和尚を伴っていた。

 かすみはどうしても一緒に行きたいと駄々を捏ねたが、いつものファッショナブルな可愛い着物しか携帯していなかったため、また式神毒にやられても困るからと、連れて来なかった。


 もっとも札之町には旅支度が整えられる呉服問屋も数多くあることから、「町に入れば安全だから、その後はかすみを連れてくる」と言い聞かせて留守番をさせた。かすみが渋々納得して「判りました」と悄気げているのを見た道玄が、「それならわしもかすみと残るしかないのぅ、一人だと危ないし」としたり顔をしたが、実際かすみを一人で点鉱寺に残すわけにもいかず、勇次も普段はロリコンと罵るものの、本心では信頼していた道玄にかすみを預け、「変なことしやがったら、その目を潰す」と『人刺しの勇次』になって軽く凄んだ。すると、道玄はびっくりして小便を漏らし、出かける前にちょっとした騒ぎになったりしていた。



「――御勤め御苦労様で御座います。点鉱寺住職海道と連れの木崎勇次殿です。札之町に入所したく存じます」


 海道が札之町の入り口である小さな関所で、火盗改の役人に入所を申し出た。


「おぉ、海道和尚様。ようこそ札之町へいらっしゃいました。ささ、お入り下さいませ。――お供の方はなにやら変わった召し物ですなぁ」


「この御方は討伐者様なのです。この町に夜な夜な現れるという鬼も退治してくれましょうぞ」


「と、討伐者様ですと! それは真に御座いますか?」


 監視役の役人が目を丸くしている。


「勇次殿、あれを……」


「あれ? あぁ、ブラックカードか……」


 勇次は内ポケットから御神託書を取り出すと、「ほれ」と火盗改の役人に見せる。


 ――ははァ……


 門番が行き成り土下座を始めたものだから、詰所にいた他の二人の役人が何事かと飛び出してきて、勇次が差し出した御神託書を見て驚き同様に土下座する。


「……もう、そういうのいいんだけどなァ――」


 ――てか、この紙見せたら済むんだから、ホモ坊主は要らねぇと思うんだが……ま、いいか。


 勇次は海道の魂胆を見透かしていたが、かすみの件で大きな借りが出来たと思っていて、些細なことで目くじらを立てないようにしていた。



 ――――――――――――



 町で暴れている鬼についての話を聞くため、火付盗賊改方長官の長谷山はせやまの部屋に通されていた。


「――討伐者様という者の存在、拙者幼き頃より聞き及んで居りましたが、初めて御目に掛かることが出来申した。この様な出で立ちの御仁であったとは……」


 長谷山はアニメや漫画に出てくるような如何にも、武士です、サムライです、と言った風体でまげを結った頭に着物姿で羽織を重ね着していて、腰には脇差。見た目から推測する年齢は五十歳前後だろうか。細身で、身長は百七十五センチほど。筋肉質な体つきのようで、日々鍛錬をしているのが判る。


「えっと、長谷山さん。そのさァ、なんてぇか、堅苦しい喋り方はどうにかならないもんですかい? どうも時代劇の中に居るような気がして、落ち着かないってか、別の国のモンと話してるみたいで、どうも慣れねぇ」


「この話し方……で御座るか。確かにこの国の者は、任務中、業務中と、プライベートでは話し方を分けて居りまするな。公私の区別は厳然とせねばならぬと幼き頃より寺子屋や両親から躾けられます故。しかし、木崎殿が話し難いとおっしゃるのであれば、普段の口調にすることも出来まする」


「そうなのかい? じゃ、海道もかい?」


 勇次が少し驚いて海道を見る。


「否。拙僧は仏に仕える身であり、また陰陽道に地歩(ちほ)()めんとする者で御座います。そのため公私別け隔てなく常に修行中の身であり、千篇一律(せんぺんいちりつ)な物言いと成ります事、平に御容赦下され」


 海道は両手を合わせて勇次に軽く頭を下げる。その取って付けたかの様な仕草に、海道は長谷山の前だから格好付けてると読んだ勇次は、そっと海道の尻を撫でた。


「イヤぁん……。ハッ!」


「か、海道和尚!?」長谷山がぎょっとした顔をする。


「ハハハハハ……」勇次が声を出して笑う。


「勇次殿、酷いで御座る! 拙僧、かわやをお借りする!」と言って、海道は部屋から飛び出していった。


「木崎殿も御人が悪いですな、ははは」


 長谷山も慌てて部屋を出ていった海道の様子を見て口角を上げる。


「まァ、そういうわけだから、普通の話し方をしてもらえるとありがてぇ」


「判りました。では討伐者殿とは、今後プライベートな話し方にしましょう」


「そりゃ助かる――」


 ――だけど、プライベートって、英語だろ。かすみも時々使うが、なんにしても違和感がすげぇな、この世界は……。



 ――――――――――――



 その後、海道が戻ってきて、夜な夜な現れる鬼についての情報を長谷山から聞くと、矢張り式神が暴れているようだった。しかし、町民に対して日が落ちてからの外出を禁止してからは、姿を現しておらず、現状では落ち着いているとの事だった。


「……ただ、夜に外出禁止となってから、商売をしている者たちは儲けが減ってしまって暮らしが厳しいと苦情がかなり来ているのです。盗人などの犯罪が激減したことは良いのですが、何とも痛し痒しでして……」


「まァそうだろうな。特に飲み屋なんてさっぱりだろうなァ……。俺が何とか退治してみる。そのためにこの世界に来たんだしな」


「おぉ、それは有り難い! ではよろしく()()()()()()!」


 長谷山は立ち上がって深々と頭を下げた。


 ――こんな所で、お願い、だと……。全くこの世界の人間はどうなってんだよ。どいつもこいつも気軽にお願いして来やがる……。まァ今回は元々鬼をぶっ飛ばすつもりだったが……。


「は? 何か言いましたか?」


「いいから、気にしないでくれ。じゃ、俺と海道は一度点鉱寺に戻って、また後で来る」


「一度戻るんですか? 点鉱寺までは馬を使っても二日は掛かるかと……?」


 長谷山が怪訝な顔をしている。


「大丈夫だ、な? 海道」勇次がニヤリと笑う。


「はい。長谷山様は何も気にされることは御座いませぬ」


「はぁ、そうですか……。海道和尚がそう言われるのなら、そうなんでしょう。それではお任せ致します」


 判ったと立ち上がって、部屋から出ていこうとした時、勇次が思い出したかのように口を開いた。


「あ、そうだ。長谷山さんに一つ聞きたいことがあるんだが」


 勇次が少し申し訳無さそうにして訊ねる。


「なんでしょう?」


「この町で、一番可愛い服を売ってる店ってどこにあるんだい?」

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