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第六話 討伐者の能力

 丘を下った先に群がる鬼どもを注視すると、その中に野生のクマや野犬、狼などの動物も赤い目をして涎を垂れ流しながらウロウロをしてるのが見える。バケモノどもが固まっている辺りは砂埃が舞い上がり騒然としていて、小さな地獄の様相を呈している。


「なんだか怖いです……」


 かすみは怯え、先程まではしゃいでた様子が一変している。


「数が多いが、どうしてあいつら向かって来ないんだ?」


 勇次が懐に手を突っ込みながらも、訝しげにしている。


「あの式神どもがうごめいて居る辺りが結界になって居るのじゃろう。回避できればそれに越したことはないが、あそこを突破せんと先には進めんのぅ」


 道玄は目を細め、様子を伺っている。


「鬼さん、いっぱい居ますね」


「かすみはここから動くなよ、いいな」


「はい」


「勇次、ちょっと手を出してみろ」と急に道玄が勇次に向かって言う。


「なんだい、こんな時に」イライラしてぶっきらぼうに応える勇次。


「いいから、早うせい!」


 道玄のいつもと違う物言いに少し驚き、勇次が言われるがままに右手を差し出す。


 ――パシッ


 行き成り勇次の手を叩く道玄。


「イテ。イてぇだろ、エロ坊主」


「……なるほどな」と納得したように頷く道玄。


「何だよ、昨夜の仕返しか?」


「この石、壊してみろ」


 道玄は足元に転がっていた拳大の石を拾い上げて、勇次に手渡す。


「なんだってぇんだ」


「いいから、さっさとやってみろ」


 勇次は受け取った石を手にして、やれやれと言わんばかりの顔をクッと引き締め、眉間に皺を寄せて右手で殴りつけると、石は木っ端微塵に粉砕される。


「思った通りよのぅ」


「どういう事だ?」


「お主、ワシに手を叩かれた程度で痛がるくせに、同じ手で何事もなかったように石を砕く。その手足にかけられた呪は、自分の意志で防御する力をそのまま攻撃にも転用出来るようじゃ。――要は硬い盾でぶん殴るのと同じじゃのぅ」


「なるほど。そういう事かい」勇次は道玄の話に得心する。


「しかし聞いた所に因ると、手足のみしか呪の効果はないのじゃろう? となると、敵に取り囲まれるとまずい。あの数……お主が単独で突っ込んでいくと、危ういのぅ」


 グルグルと同じ場所を周り続けているバケモノのどもの中に飛び込んでいこうとしていた勇次は、道玄の話を聞き矛を収めるかのように腕を組む。


「じゃ、どうするよ?」


「焦るな、向こうからは攻めて来ぬ。あの程度の式神は呪術で消し飛ばす事が出来るが、あの辺りが幽鬼結界じゃと、わしの呪術の威力は半減する。要するに強い奴だけが残る……。どの程度残るのか、一度試しに呪を掛けてみる。見ておれ」


「判った、頼むぜ、道玄」


「――我は道玄。あざな昇竜しょうりゅう。この地に揺蕩たゆたう全ての御霊みたまよ。すべからく我渇求かっきゅうを知り魑魅ちみは山、魍魎もうりょうは川へいざな雲散霧消うんさんむしょうせし我が一念を通せ――」


 道玄の身体から発した白いオーラが天に向かって伸びると、式神が跳梁跋扈ちょうりょうばっこしている真上に収束して巨大な球となり、それが弾けると豪雨の様に白いオーラが化物どもに降り注ぐ。


 ――ギャォォオォ……。


 鬼や式神に乗っ取られた野犬や狼などが、断末魔を上げ次々と消滅していく。

 呪術の効果が無くなった後に残ったのは、巨大な鬼と大グマなど、数体だけとなった。


「道玄和尚様、すごいです!」かすみが驚嘆の声をあげる。


「在ら方消えちまったが、やっぱりデカイのは残ってるな……」


「幽鬼結界内の恩恵もあるじゃろうが、残ったのは呪術防御の呪が掛けられて居るんじゃろう。従一位の力の限界がここなのじゃ、討伐者よ」


「判った。後は俺が始末してくる」


 勇次は魑魅魍魎が跋扈していた幽鬼結界へ突っ込んでいく。

 残っている鬼や大グマの数は五体。囲まれると危険なのは判っているため、手前から確実に仕留めて行こうと正面にいた赤い大鬼に向かう。


 赤い大鬼は振り上げた鋲を打ち込んだ鉄棒をブーンと振り下ろすと、勇次はそれを片手で受け止め、力の限り大鬼の鳩尾を狙って拳を叩き込む。

 討伐者の渾身の一撃を喰らった大鬼はその場で引き裂かれるように消滅する。


 ――ヨシ、イケる。残り四つ!


 道玄の推察通り、勇次の手足は物理攻撃を完全防御するために観音菩薩から特別な(スキル)を付与されていたが、その力を攻撃に転用することが出来た。


 大鬼を粉砕した勇次は、周囲をざっと見回し次に近くにいた大グマに狙いを付けて飛び出す。ガッガッと土を蹴り上げて駆け寄り、その手前三メートル辺りから飛び蹴りを繰り出す。ピカピカに光る白いエナメル靴を履いた右足が、突き刺さるように大グマの胸元に吸い込まれると、そのデカイ図体に大砲を撃ち込んだような衝撃を与えて数メートル後方に吹っ飛ばす。そのまま剥き出しの岩に打ち付けられた大グマは「ウォォォォー」と断末魔を上げて口から泡を吹き絶命する。


 ――次はどいつだ!


 身体中から殺気を漲らせている勇次が次に狙いを付けたのは、片目の巨大な黒い大鬼。飛び蹴りをして着地した場所から立ち上がる勢いのまま疾風のように駆け出し、「うおりゃ!!」と怒鳴りながら大きく振り上げた右拳に全体重を乗せて突き出した。しかし、拳が届く寸前に身体を横にして攻撃を躱した黒い大鬼は、勇次の両脇に腕を差し込んで羽交い締めにする。


「調子に乗るなよ、ゴミ虫がぁぁぁぁぁ!」


 軽々と勇次を持ち上げた大鬼が、地獄まで届きそうな咆哮の如き大声で喚く。


「クソがァ! 離せや、こらァ!」


 抱え上げられた勇次が両足を揃えて踵で大鬼の腹を蹴り込むと、「グフッ!」と声を漏らし勇次を落とす。自由になった勇次は懐からサッとドスを抜き出すと、大鬼の左足の甲に短刀を突き立てる。


「ぐぉぉぉおお……」絶叫する大鬼。


 そのままドスを引き抜くと腹をめがけて突き刺す!


「往生せいやぁぁぁぁぁぁぁ!」


 ブシュっと音がしたと同時に大鬼は消滅した。


「ハァハァ……後、二匹か……」


 周りを見回すと、デカイ赤と青の色をした鬼が前後にいる。勇次は少し肩で息をしていて、どちらから攻めるか逡巡する。


 一時、穏やかな春風が吹き抜け、赤い開襟シャツの襟を踊らせて、静寂が訪れる――。


「――氷結塊ひょうけっかい!」


 突然、目の前にいた青鬼がその静寂を引き裂いて詠唱すると、大きな氷の塊が辺り一帯に降り注ぎ始め、驚いた勇次は両手で頭を抱えた。


「――っ! あやつ、自分の脳力がまだ判っておらんのか!」


 道玄が勇次の有様を見て、苦々しく言い放つ。


 降りしきる氷の塊を防御している勇次に後ろから赤鬼が鉄棒振り上げ襲いかかる。


「勇次! 後ろじゃぁぁ!」


 道玄の声が届く前に、赤鬼の振り下ろした大きな鋲が打ち込まれた鉄棒が勇次の背中に直撃した。


「グハッ――!」


 勇次は大鬼の攻撃をまともに喰らって数メートル吹き飛ばされ、地面に顔を擦り付けながらもんどり打ってゴロゴロと転がった後、力なくうつ伏せに倒れた。純白のスーツは引き裂かれ、背中の観音様が見えなくなる程の深い裂傷を負っていた。


「勇次っ!」

「勇ちゃん――!」


 かすみが駆け出そうとするのを道玄が押し止める。


「道玄様、勇ちゃんが……勇ちゃんがぁぁ!」


「判って居る。まだ死んでは居らん」


 道玄はかすみにそう言うと、詠唱を始めた。


「――我は道玄。あざな昇竜しょうりゅう。この地に揺蕩たゆたう全ての御霊みたまよ。すべからく我渇求かっきゅうを知り彼の者と我を繋ぐ鎖となりて手繰り寄せたき我が一念を通せ――」


 すると、道玄の身体から吹き出すように発せられた白いオーラが勇次を包み込み、道玄たちの元に引っ張るように連れ戻した。


「さ、かすみ、勇次を治してやれ」


「は、はい!」


 かすみが呪術を詠唱すると、勇次の怪我はみるみる治療され、瞬く間に元の姿に戻った。


「大丈夫ですか、勇ちゃん!」かすみが心配そうに訊ねる。


「あぁ、ありがとうな、かすみ」とすっかり元に戻った勇次がかすみの頭を撫でる。


「勇次、迂闊じゃぞ。お主まだ自分の脳力が判って居らんようじゃな」


「俺の能力ってぇなんだい?」


「お前、あの呪術攻撃を防御したじゃろ。お前は呪術無効の呪を掛けられておることを決して忘れるな。火の玉だろうが、氷の塊だろうが、お主には全く効果がないのじゃ。避けたりする必要は一切ないんじゃぞ!」


「そうなのかい?」


「どアホめ。己の力を知ってこそ敵に勝てると言うものじゃ。今後その事、努々(ゆめゆめ)忘るるな!」


「あァ、判ったぜ。じいさん、恩に着る」


 勇次は道玄にそう告げると、再び眼下の鬼どもの元へ駆け出した。

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