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第五話 気持ち悪いやつら

 海道和尚が住職を務める点鉱寺から目的の札之町までは約五十キロ程ある。点鉱寺を午前中に出発した勇次、かすみ、道玄は点鉱山の中腹辺りを歩いていた。


「勇ちゃん、勇ちゃん」


「なんだ?」


「道玄和尚様、大丈夫ですか?」


 寺を出発して、かすみは山桜を見ながら、まるで遠足気分のように歩いていて、勇次はいつものようにダルそうに肩で風を切りながら歩いていた。しかし、道玄は勇次たちより少し遅れてトボトボと歩いていた。左足に添え木をしていて、杖をついて歩いていたためで、傍目にも酷い怪我をしているのは一目瞭然だった。


「おい、エロ坊主。何やってんだ、さっさと歩けって。日が暮れちまうぞ」


「……うるさいわ、腐れ外道が。こんなにボコボコにしやがって。痛くて歩けんだけじゃ……」


「あ? 何か言ったか、エロ坊主」


「勇ちゃん、道玄和尚様、やっぱり治してあげたほうがいいと思うのです」


「ったく、しょうがねぇ。かすみ、やってくれるか?」


「はい。判ったのです!」



 昨夜、勇次が寝ている時に、誰かが布団にごそごそと潜り込んでくる気配で目が覚めた。またかすみが潜り込んできたのかと思い、勇次は気づかぬふりをして寝ていたが、息遣いが荒く、どうも様子が違うのでおかしいと感じ、掛けてあった布団を跳ね上げて飛び起きた。

 すると、そこには行灯の灯りに照らし出された、ふんどし一丁の海道が居た。


「お、お、おっさん! 何やってんだ?」


「あぁ、討伐者殿、拙僧はどうしてこの様な所に居るのやら……。はてさて、寝ぼけてしまったのかも知れませぬ」


 そう言いながら勇次を見上げる海道の目は潤んでいて、顔は上気しており、そこだけピンク色のスポットライトでも当たってるかの如く、かなり気持ち悪い雰囲気を醸し出していた。


「寝ぼけただァ? じゃどうして褌一丁なんだよ! そんな寝ぼけ方があるか! てめぇ……ホモだな!」


 海道は布団をさっと引き寄せ、身体を包んで、そっと顔だけ出しつぶらな瞳で勇次を見る。


「やだっ! 見ないで!」


「この、変態坊主が!」


 勇次が海道に蹴りを入れようとした時、


 ――キャァ!


 と、隣の部屋で寝ているかすみの悲鳴が聞こえてきた。


「どうした、かすみ!」


 慌てて隣の部屋とを仕切ってある襖を力任せに開き、かすみの寝所に行くと、そこには布団に包まって部屋の隅にいるかすみと、暗闇の中で奇妙な動きをしている小男らしき影が見える。


 ――式神か!


 勇次は部屋に飛び込んだ勢いのまま、正体不明の小男を全力で蹴り上げて、かすみの元に駆け寄る。


「かすみ、怪我はないか?」


「はい。大丈夫なのです。でも、あれはなんですか……?」


「判らねぇ。式神かもな。でも、さっきの蹴りの手応えはあった。結構ダメージを与えたはずだ。かすみ、部屋の灯りを点けてくれ」


「はい――」


 かすみが近くにあった行灯に火を入れると、そこに浮かび上がったのは、褌一丁で気を失って倒れている道玄だった。


「道玄和尚様?」


「このエロ坊主、かすみが寝てる間にちょっかい出そうとしやがったんだな……」


「そうなのですか? あれ? 勇ちゃんの部屋に居るのは……?」


「あぁ、あっちはホモ坊主だ。全くどーしようもねぇな、こいつらは」


 勇次は海道の元へ行き、布団を取り上げると、寝間着代わりにしていた浴衣の帯を解いて海道の手足を縛り上げる。


「ちょ、ちょっと何をするのです。あれぇぇご無体なァ……」


「気色の悪い声を出すな、ホモ坊主!」


 勇次は縛り上げた海道を担ぎ上げて境内に放り投げると、気絶している道玄の元へ行き、同じように縛り上げて海道の横に投げ捨てた。


「お前ら、そのまま朝までそこで反省してろ――!」



 かすみが道玄の治療をしている間、その様子を見ながら勇次は考えていた。


 ――今夜からはかすみと一緒に寝てやらねぇとかなぁ……。それとも変態坊主どもを縛り上げてから寝るか……。やれやれだぜ。


 今日のかすみの着物は薄いピンク色の生地に大きな桜の花が織り込まれた柄で、ツインテールにした髪の根本を紺色の布でリボンのようにして縛り付けてあり、同じ色の帯を締めていた。胸元が窮屈らしく、少し大きめに開いて居て、そこから少女らしからぬ立派な谷間が見えており、相変わらず丈は極短で、道玄は「目眩がしそうじゃのぅ」と大喜びしていた。

 勇次は危険な旅なんだから、もう少し露出を抑えろと言ったのだが、道玄は猛烈に反対した。今時(?)の女の子らしく、かすみは道玄を味方につけ、自分のファッションを頑なに変えなかった。


 ――道玄はロリコンで、海道はホモと来てる……。どうなってんだよ、点鉱寺の僧侶ってぇのは。


 勇次は頭を抱えた。



「――勇ちゃん、終わったのです」


「お、そうかい。ご苦労さんだったな」とかすみの頭を撫でる。


「えへへ」と嬉しそうな顔のかすみ。


「おい、ロリコン。おめぇ、少しは反省してんのか?」


「反省じゃと? 年寄りのちょっとしたサプライズにそんなに目くじらを立てんでもよかろぉに……。のぅ、かすみ」


「ちょっとしたァ……? サプライズだァ?」


 勇次が目を細めて道玄を見る。


「おい、勇次。その怖い目をしてわしを見るな。小便が漏れたら替えの褌はもってないんじゃぞ」


「道玄様がかすみと一緒に寝たいと言うのでしたら、夫の勇ちゃんにお許しを貰ってからにしてくださればいいのです。かすみはおじいちゃんが居ないので、おじいちゃんみたいな道玄様と一緒に寝るのは大丈夫なのです」


「おぉ! かすみ! よい娘じゃのぅ! では早速今晩から寝所を共にしよう」


「おい、じじぃ。かすみの言うこと聞いてなかったのか?」


「わしと一緒に寝たいと言っておったが?」


「懲りねぇじいさんだな、全く……」


 勇次はやれやれと言った顔をして立ち上がり、今夜からは縛り付けて置くことにしようと決めた。



 何事もなく点鉱山を下りると、暫くは平坦な道が続いていた。ひばりが鳴いていて、辺り一帯に蓮華が咲き乱れ、春風にその小さな花弁を揺らしている。実にのどかな日本の原風景といったところだろう。

 五月で桜が咲いている北海道圏と言うのは、常識として知っているあの北海道と同じ辺りにあるらしい。吹いている春風は温く感じるものの、時折その中に小さな棘のような冷気を未だ含んでいた。


 かすみは道玄の手を取り「早く行きますよぉ」と勇次の少し手前を歩いていた。その姿を後ろから見ると、微笑ましく、正に孫が祖父を連れて歩いているように見える。しかし、時折道玄がかすみの方を見るその視線は気持ちが悪い。


 ――あんなんで従一位の陰陽師って本当なのか? 確か十万人に一人なれるかなれないか、とか言ってたが……。怪しいねぇ……。


 勇次は武術などの達人は、常に自分の周りに注意を払っており、怪しげな動きが少しでもあれば、それを察知する能力にとても長けていると何処かで聞いたことがあった。


 ――ちょっと試してみっか。


 勇次は足元にあった石ころを拾いあげて、道玄向かって投げつける。


 ――ビュン


 すると、道玄は後ろを振り向くこと無く、すっと頭だけを反らして投石をかわし、何事もなかったようにかすみと話をしている。


 ――おぉ、やるねぇ。そういうスゲー能力があるんだから、ガキのケツなんて追いかけなきゃいいのに……。


 突然、前を歩く道玄とかすみの足が止まった。そこは小高い丘になっていて、そこから先に続いている道は勇次からは見えない。


「ん、どうした?」と勇次が二人に声をかける。


「お出迎えのようじゃ」道玄の声色が変わる。


 勇次が小走りに二人の元へ駆けつけると、眼下に見える草原におよそ三十体、大きさと色がそれぞれ違う鬼や獣が群れを成して待ち構えていた。

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