第十四話 異界通路
これで第一章終わりとなります。
昨夜の惨劇が嘘のように、静かな朝。
勇次は点鉱寺の庭で顔を洗っていた。空は青く澄渡り穏やかに吹く風は初夏のそれを思い起こさせる。
――そういや、今は何月なんだ?
勇次が飛鳥組にカチコミを掛けた時は一月で冬本番の寒い季節だった。
しかし、この世界に来てからは寒さを感じたことがない。
――この感じだと五月から六月ってとこか。
「勇ちゃーん、お顔、ちゃんと洗って歯も磨きましたか?」
「おうよ。それよりかすみ、昨夜はちゃんと眠れたのかい?」
「はい。ぐっすりです。やっと勇ちゃんと一緒に眠れて、かすみは幸せでした」
かすみは胸の前で両手を重ねてモジモジしながら、ほんのりと頬を染めている。
「おいおい、そういう他の誰かが聞いたら誤解するような言い方はよせ、大体俺は――」
「おいおいおいおいおいお――い! 勇次、お主とうとう、わしの、わしの未来の嫁であるかすみに手を出しやがったな! 地獄へ落ちろ!」
道玄が何処からともなく駆け寄ってきて、勇次に中指を立てて罵倒する。
「なんもしてねぇよ、ロリコン坊主。それに未来の嫁ってなんだよ? あとどれだけ生きるつもりなんだ。じいさん百歳超えてるって聞いたぞ」
「年の差なんて気にする年頃はとっくに過ぎたのじゃ。それに、話をすり替えてわしを謀ろうとしても、そうはいかの金玉じゃ!」
「どうしてそういう中途半端に古い言葉を知ってんだよ? とにかく、俺はなんもしてねぇ。変な勘違いすんな」
「ほ、本当に何もしてないのか? かすみよ」
「いいえ。かすみと勇ちゃんは、昨夜ちゃんと一緒に……寝たのです。もう……すっかり夫婦です!」
かすみは顔を手で隠し、きゃーと言いながら明後日の方へ駆けていった。
「おい、勇次! なんじゃ今のは? あ? かすみは、その……い、一緒にね、寝たと言って居ったではないか! 嘘つきめが!」
「だからァ、一緒に寝た、と言うか、かすみが俺の寝てる布団に勝手に潜り込んで寝てただけだ。俺は昨夜の件で疲れて爆睡してたんだから、何もしらねぇよ」
「でも、かすみは、一緒に寝たと言って居ったじゃないかぁぁぁ」
道玄は駄々っ子様に地団駄を踏んでいる。
「そうだな、結果的には一緒に寝たな。それだけのことだ。あんなガキに逆上せあげてるじじぃの方が、よっぽどおかしいぜ」
「……真か? ま、そういうことなら致し方ないかもしれぬが……。一先ずお主の言うことを信じるとするか……」
仕方ないといった風の道玄は縁側に腰掛けて、足をぶらんぶらんと揺らしながら、何やらブツブツと独り言を呟いていた。
勇次は呆れた顔をしたまま道玄に尋ねる。
「――で、これからどうすんだ?」
「そうじゃの。今は皐月で季節もよいし、北海道圏へ行ってみんか。桜も見頃じゃぞ」
「さつき? あぁ、今は五月なのか――判った。ロリコン坊主がそう言うならそれでいい」
「……しかしのぅ、勇次。昨夜襲ってきた望然じゃが、今までの討伐者を屠ったと宣っておったの」
「あァ、言ってたな。討伐者が全員ここに転生して、その全部がやられたとは思えねぇが、結構な数殺られたんだろうな」
「ここ十年程、討伐者がこの地に現れることが多いようじゃ。恐らくはかすみを守らせるためじゃろう」
「ん……。じぃさんは他の討伐者に会ったことはねぇのかい?」
「うむ、お主が初めてじゃ。ただし、他の点鉱寺の和尚から討伐者に会ったという話は聞いたことがある」
「やっぱり他の所にも現れてるんだな。話が聞ければ何かの役には立つかも知れねぇなァ……」
「まぁ、これから旅が始まるんじゃ。焦らず確実に真・閻魔に近づいていけばよい」
「そうだな。じゃ朝飯食って出発の準備でもすっか」
朝食と旅支度を終えた勇次らは道玄と共に本堂の中にいた。
道玄が住職として管理している点鉱寺の入母屋造の本堂は、然程大きな建物ではなく、格子状の古びた木枠が飾りのように施された扉の閂を引いて開けると、本堂の中は二十畳程の板張りの空間だった。その奥にキラキラと金色に輝く観音菩薩像が祀られていて、入堂する者を優しい笑顔で出迎えていた。
――観音菩薩様かァ……。意地の悪い神さんだよなァ……。
勇次は観音菩薩像に手を合わせながら、ぼそっと呟く。
「この観音菩薩像の裏に、異界通路の入り口があるのじゃ。付いて参れ」
勇次たちが観音菩薩像の裏側へ進むと、そこに梵字が記された扉があり、道玄がその梵字に手を当てて小声で詠唱する。
「オン・アロリキャ・ソワカ……」
すると、扉の梵字が青白く発光し、その光が勇次たちを包み込むと、瞬時に見知らぬ部屋に移動していた。
そこは六畳程の広さの小部屋で窓も何もなく、板張りの床の真ん中に五芒星が書かれた大きな魔法陣だけがある。
「いつの間に……すごいです! かすみは何が起きたのか判らなかったです!」
「そうじゃろ、そうじゃろ。かすみには後でゆっくりと説明してやらねばならんな。後でわしの所へ来なさい」
――パーン!
「行かせるわけねぇだろ、ロリコン坊主が」
勇次が道玄の綺麗な禿頭を叩く。
「痛いわ! 言っとくがな、わしはこう見えてもそこそこ偉いんじゃぞ? 出る所に出れば大勢の者共がペコペコ頭を下げて――」
道玄が頭を擦りながら勇次を睨みつける。
「そんなの関係ねぇ。俺にはただのロリコン坊主にしか見えん」
「勇ちゃん! お年寄りは大切にしないといけないのです。道玄様にはもっと優しくして下さい」
「そうじゃそうじゃ。あーあー、かすみに怒られてやんの。格好悪いのぅ」
「かすみ、いいか。よく聞け。このじじぃは病気なんだ。その病気が悪化しないように俺は気を遣ってるだけだ」
「そうなのですか? かすみはちょっと心配します。道玄様大丈夫ですか……?」
「かすみは優しいのぅ。さっさとそんな腐れ外道と離縁して、わしの元へ来い」
道玄が両手を拡げてかすみに抱きつこうとするのを見た勇次が懐に手を入れる。それを目の端に見留た道玄が何もしてなかったかのように、
「――さて、この眼の前にある五芒星魔法陣じゃが、この魔法陣の中に立ち何処に行きたいかを念じ詠唱すれば、そこに瞬時に移動することが出来るのじゃ」と早口で捲し立てた。
「そうなのかい。じゃ早速移動しようぜ。な? エロ坊主」
勇次が道玄の胸元を掴んでぐっと引き寄せ、鼻が当たりそうなほど顔を近づけて意地の悪そうな笑顔を見せる。
「こら、離せ。離さんか、勇次!」
「だめですよ! 勇ちゃん。道玄様が病気なら、もっと労ってあげないとです!」
「かすみや、わしは病気ではないぞ」
「立派な病気だ。自覚しやがれ」
「もう二人とも、いい加減にして下さい! かすみは早く行きたいのですっ」
かすみにそう急かされ、三人が魔法陣の真ん中に立つと、道玄が詠唱を始めた。
「じゃ、行くぞ。――我は点鉱寺僧侶道玄也。陣に起立し三つの魂、点鉱寺僧侶海道が元へ移すこと切に願わん。オン・アロリキャ・ソワカ――」
すると五芒星魔法陣が白く輝き始め、その光が勇次たちを包み込むと光の粒子が雪のように降り始め、次の瞬間三人の姿はその部屋から消失した。
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