第十三話 虚無僧姿の陰陽師
「あれはなんだい?」勇次が虚無僧を睨んだまま訊ねる。
「陰陽師のようじゃの……。しかもかなりの高位……」
道玄は後ろのかすみを気遣うように左手を背中の方に送り、右手は数珠を親指に挟み、残りの指を立て祈るかの如く顔の前に置いた。
「御主様が、道玄和尚ですね。拙僧は望然と申します。なにやらこの地に討伐者が現れたとか。一度御挨拶をと馳せ参じました」
白い小袖に袈裟を掛け、被った深編笠の中から聞こえる望然の声は、女声のようで中性的なものであったが、その声色は冷たく、刺さるようだった。
「如何にも拙僧が道玄じゃ。挨拶など無用。早々に立ち去られよ」
「何とも冷たき御言葉。拙僧如き下級陰陽師には挨拶さえもさせてもらえぬとは。悲しい事です」
「お主が下級陰陽師じゃと? この点鉱寺の結界を破り堂々と境内に踏み込んでくるなど、大初位上以下の理由が無かろう……。拙僧を謀るでない」
道玄は望然をじっと見据えたまま微動だにしない。勇次は二人のやり取りを聞いていて、懐のドスを握りしめたまま、ただならぬ相手の気配に身の毛がよだつ思いをしていた。
「流石は道玄和尚。御賢察通り拙僧は大初位上を賜りましたが、従一位で有らせられる御主様には遠く及ばぬ下級の陰陽師。それ故これまで影に隠れて居りましたが、討伐者が現れたとあっては、そうも行かず。拙僧の送りし黒鬼、大グマと立て続けに殺められてしまい、最早そのままと言う訳にも行かぬ故、不躾ながら突然お邪魔をする事と相成りました」
「へぇ、おめぇがあの変なのを操っていたのかい」
月灯の下、そこに立っていたのは『人刺しの勇次』だった。
「お主が討伐者殿か。何やら変わった衣を纏っておるな。そういえばこれまで拙僧が葬った討伐者たちも皆、変わった格好をしておったな」
「ほう……。あんたが今までの討伐者をねぇ」
勇次はドスを懐からゆっくりと取り出すと、鞘からスーッと短刀を抜き出す。
「討伐者どもは何故かこの地に現れる事が多くてな。拙僧もその度に駆り出され――いやはや疲れ申した」
「それはご苦労なこったな、虚無僧のおっさんよ」
「勇次、あやつはかなりの手練。迂闊に飛び込んではならんぞ」
「おうよ。それよりロリコン坊主、しっかりとかすみを守ってろや」
勇次の瞳の中の月灯が、カミソリの刃の如く鋭く細く輝いている。
ジリジリと望然との間を詰めていく勇次。
望然は勇次の正面に対峙し、懐に手を入れて人の形をした折り紙を取り出し、深編笠のメッシュ状になった口の前に指を当て小さな声で詠唱する。
「オン・カカカ・ビサンマエイ・ソワカ……」
そう言って人形の紙を投げると煙を吹き上げ、その中から体長三メートル程の赤黒い大きな鬼が突如現れ、いきなり勇次に襲いかかってきた。
「また式神ってのか、変なモンぽんぽんと出しやがって!」
鬼は大きく右手を振り上げて勇次に殴り掛かる。しかし、それを片手で軽々と受け止めると右手に持ったドスを鬼の左腿に突き立てる。
『ウオォォォォォ』
鬼の呻き声が響き渡る。
サッと引き抜いたドスを持ち替え、巨体の鬼を見上げた勇次はアッパーカットの様に下顎に向かってドスを突き上げた。
『ギャァォォォォォ』
ドスを突き刺された鬼は顎の下を押さえながらぶっ倒れ、ゴロゴロと転げ回る。
「ギャーギャー喚くんじゃねぇ、クソ鬼がァ!」
鬼の顎にドスを突き上げて浴びた返り血で真っ赤に染まった勇次は冷たい笑顔をしており、角さえ無いものの鬼神かと見間違えるほどだった。
転げ回る鬼の傷ついた左腿を狙ってガンガンと何度も蹴りを入れ、時には踏みつけたままグリグリと足を傷口に捩じ込む。
その度に鬼は断末魔のような呻き声を上げ、離れて見ていたかすみはすっかり怯え顔を両手で隠してうずくまった。
虫の息になった鬼に飛び乗ると、勇次はドスを両手で持って大きく振り上げた。
「往生せいやぁぁぁぁぁぁぁ!」
鬼の左胸辺りに力の限りドスを突き立て、グリっと捻りを効かせると鬼はカッと両目を見開いて消滅し、人形の紙に戻った。
その場でスクっと立ち上がった勇次は、ダルそうに小首を傾げて次の標的である望然を殺意丸出しの目で冷たく見つめた。
「き、貴様……」
望然はその殺意に畏れ慄き、一歩二歩と後退りする。
勇次は手にしたドスを月灯に反射させながら、ゆっくりと望然に近づいていく。
「つまんねぇ玩具出してんじゃねぇぞ、コラァ!」
勇次が怒気を孕んだ声で凄む。
「き、貴様など、蟷螂の斧。拙僧の力、見せて進ぜようぞォ」
「フッ、面白ぇ……。見せてみろや!」
望然が両手で杖を持ち、それを頭上に掲げる。
「これでも喰らえっ――連爆炎弾!」
望然の頭上に真紅に染まった燃え盛る巨大な火球が幾つも現れ、勇次に向かって降り注ぐように墜ちて来る。
勇次はその火球を払ったり殴ったりする様にして、次々と跳ね除ける。
「オイオイ、それと似たようなの、この前会ったオメーんとこの舎弟が使ってたぜ。芸がねェな」
「式神は拙僧の舎弟などではないわ!」
「はぁ……そうですかい」勇次はニヤリと笑う。
「貴様ァァァァ、焼け死ねェェェェ!」
望然が杖を下ろして金輪をシャリーン、シャリーンと二度三度と鳴らし、片方の手を深編笠の前に持ってきて祈るように詠唱する。
「――我は望然。字は炎豪。この地に揺蕩う全ての御霊よ。須らく我渇求を知り憤怒の火山から溢れ出る溶岩が如き燃ゆる大河となりて我が一念を通せ――」
突然、望然の身体が赤いオーラに包まれ、そのオーラが溶け出した溶岩のように变化して、周囲の物を全て焼き払いながら勇次を巻き込んで炎上した。
――グォォォォォォォォ――ッ!
勇次の周辺は巻き上がる炎と熱風に包まれ、辺りはドロドロに溶けた溶岩となり、燃え盛る地獄の業火のような黒く真紅の炎が、暴れまわる龍の如くのた打ちまわった。
「フフフ……。アハハハハハハ! それ見た事か。何が討伐者じゃ。口ほどにもない。焼け死んでしまえ!」
「勇次――ッ!」
「勇ちゃん!!」
しばらく燃え続けた業火に因って、辺り一帯は何かが焼焦げる匂いと、もうもうとした煙に包まれ、何も見えなくなる――。
突然、辺りに充満した煙が横に引き裂かれるように口を開けると、勇次がニヤリと笑いながらギラつくドスを片手に飛び出してきた。
「――! な、!?」
――ザクッ!
望然が驚愕する間も無く近づいた勇次が、深編笠を下から斬り上げると、虚無僧は飛び跳ねるように後ろに飛び、切られた深編笠を投げ捨てて畏れ慄き震えた。
「き、貴様……拙僧の呪術が効かんのか……」
深編笠の下の顔は、長く白い髪と肌の端正な顔立ちをした男性だった。
「さぁな。もう一回試してみるかい?」
「これまでの討伐者は……拙僧の呪術で皆焼け死んだのだぞ? それなのに、それなのにぃぃぃ!」
望然がヒステリックに叫ぶ。
勇次は腰を低くしてドスを両手で持ち、屈んだ姿勢になって望然を凍てつくような笑顔で見つめる。
そして、「往生しな――」と低い声で呟くと、一気に詰め寄り虚無僧の白い小袖に掛かった袈裟越しにドスを突き刺した。
「ぐはッ――」
望然は血を吐き出し、怨念の塊の様な目で討伐者を睨みつけた。しかし、勇次はそれ以上に恐ろしく怒りと殺意に満ちた目で望然を見ていた。
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