第十二話 鈴の音
「――それはともかくとしてじゃ、この国の八つの圏は、陰陽道の八卦と密接に関わっておっての、それぞれの圏は……」
「あー、そんな面倒な説明はいい。どうせ聞いても俺は覚えられねぇし、ロリコン坊主も一緒に行くんだろ? じじぃが判ってたらそれでいい」
「いや、ここの世界の成り立ちとか仕組みなどを知っといた方が――」
「だからそういうのはいいって。話聞くのもダルい。これから何処へ行って何をするかは、じぃさんが決めろ。俺はその通りにすっから」
勇次は投げやりにそう言うと、境内に降り立ち月を見上げる。
――月は、ここも同じなんだが、全然違う世界に俺は来ちまったんだなァ……。
そこへ、寝ぼけ眼のかすみが、目を擦りながらやって来た。
「勇ちゃん、まだ寝ないのですか?」
かすみが寝間着代わりにしている浴衣は大きく着崩れていて、少女のものとは思えぬたわわな胸が零れ落ちそうになっていた。
「かすみ、そういうだらしない格好でウロウロするんじゃねぇ。ただでさえ、ここにはマジモンの――」
「おうおう! かすみではないか! どうしたのじゃ、どうしたのじゃ? 眠れんのか? よしよし、わしが一緒に寝てやるぞ」
道玄がかすみに飛びつこうとする。
――ドス!
道玄の股間に勇次が投げたドスが突き刺さる。
「ひぇぇぇ……。危ないだろ、この腐れ外道! 殺す気か?」
「そうだな。一瞬ここで仕留めてもいいかなって思ったぜ」
「全く、油断も隙ありゃせん……。しかしこの乳は国宝級じゃな……。おぉ!?」
道玄は何かを見つけて驚いた顔になり、かすみの元へ近付く。
「おい、クソ坊主、懲りねぇな。マジでやっちまうぞ?」
勇次がドスの利いた声を発したが、道玄は耳を貸さず、かすみに近付く。
「……和尚様、なんですかぁ?」
かすみはまだ半分寝ぼけている。道玄はかすみに近づき、胸元をじーっと見つめる。
「和尚様ぁ……あんまりかすみの胸をジロジロ見るのは止めて下さい。恥ずかしいです……」
かすみが胸を隠すようにしてモジモジとするが、道玄がその手を掴んで更に食い入るように胸の谷間を覗き込む。
「こ、これは!」
「おい、エロ坊主、何度言ったら――」
「おい、勇次! これを見てみぃ」
「なんで俺がかすみの乳をそんなにガン見しなきゃならねぇんだ。エロ坊主と一緒にするんじゃねぇよ」
「たわけ! そんな事ではない! これを見るのじゃ」
そう言って道玄がかすみの胸元に視線を集める。勇次も道玄の剣幕に押されて、渋々とそこを見ると小さな五角形の星印がある。
「これは、五芒星の印じゃ。この娘、正一位陰陽師に成るやもしれん……。わしも随分長おう生きてきたが、初めて見たぞ」
「なんだ、その正一位陰陽師って?」
「この国の帝は世襲制じゃが、唯一それに割って入ることが出来る高貴な存在として位置するのが正一位陰陽師じゃ。その証として身体の何処かに五芒星の印が刻まれて、この世に生を受けると言われておる。その証がないものは如何な修行を行い艱難辛苦を乗り越えたとしても正一位には成れん。その下の位である従一位にさえ殆どの陰陽師は辿り着けんというのに、正一位は更にその上。十万人の陰陽師が居たとして従一位に成れる者は一人居るか居ないかじゃからな。正一位は正しく神の領域」
「へぇ……そうなのかい」
「うむ、じゃから、この娘が真・閻魔の手のものに渡れば厄介なことになるぞ」
「厄介なこと?」
「正一位陰陽師として公に出ていけば、誰もかすみを次の帝になることに異を唱えることは出来んからじゃ。思いのままこの国を操ることが出来るようになる」
「そいつは……スゲーってか、ヤバいな――」
道玄が何かをハッと思いついたように顔を上げて勇次を見る。
「勇次、お主、観音菩薩様に嵌められたかもしれんのぅ」
「嵌められた?」訝しげな顔をする勇次。
「うむ、お主は確かに観音菩薩様に呪を掛けられて、真・閻魔打倒のため無敵の防御力などを手に入れておるが、それと同時にこの娘を守る役割を任じられたのではないか」
「かすみを守るためだァ?」
「そのために、この地に転生させられたと考えるのが自然じゃろう。五芒星の印を持って生まれる者なぞ、千年に一度あるかないかの事なんじゃぞ」
「なるほどな……。そう言う事かい」
「かすみの事を決して真・閻魔に渡してはならんぞ。死んでも守り抜け。この国のために力を貸してくれ、わしからの願いじゃ、頼む」
神妙な顔つきの道玄が、眉間に皺を寄せ、手を合わせて目を閉じる。
――お願いかァ……。まァ、かすみのことは、お願いされるまでもねぇが。
「そりゃ頼まれなくても、こんな幼い女の子なんだ、共に旅をしてる限りきっちり守るつもりだが、帝に成るには、まずその正一位陰陽師ってのに成らないとだめなんじゃねぇのかい?」
「うむ。そうじゃ。本来それには幾つかの厳しい試練を乗り越えねばならんが、五芒星の印を持つだけで陰陽師としての修行は必要ない能力を生まれながらに有しておるはず。それ故この若さでお主の治癒を行うことも出来たのであろう」
「なるほど、そういうことかい。でも、かすみが帝に成りたくないって言えばどうなるんだ?」
勇次はまだ半分眠っているようなかすみの頭を撫でながら、乱れた浴衣を直すように言う。
「その場合は、かすみの意思が尊重される。無理強いはできん。修行も厳しいでの」
「そうかい。かすみはどうしたいんだ?」
「……なんですかぁ? かすみはよくお話の意味が判らないのです……」
今のかすみは起きているというより、立ったまま寝ているといったほうが正しい。
「まだかすみは幼い故、これから旅をしていく中、自分で判断するじゃろう」
「ま、そうだな。で、そういう事が判ったんだから、これからは新しい帝になるかもしれねぇかすみを、エロ目線で見るなんて罰当たりなことはできねぇな?」とニヤニヤしながら道玄を見る。
「な、なに訳の判らん事を言っておる。わしはこれから帝になるやも知れぬ娘を、ただ大切に想っているだけの事。それは最早純粋な愛な・ん・じゃ!」
道玄が地団駄を踏むように足をバタつかせる。
「じじぃの愛は歪んでるって事に気づけや! もしかすみが二十歳超えてたらどうすんだ?」更に勇次が意地悪そうな顔をする。
「そんな熟女には興味ないのぅ」ぷいっと横を向く道玄。
「エロ坊主、かすみだって後十年もすれば、その立派な熟女になるんだぜ? それでも愛せるのかい?」
「――! そ、その頃には恐れ多くもかすみは、手の届かぬ高貴な存在になっておるから、わしは綺麗サッパリ身を引くのじゃ」
――コツン!
勇次がドスの鞘で道玄の頭を小突いた。
「痛い、痛い! それ角じゃ、角!」
「ったく、ロリコン坊主が――」
頭を抱えて痛い痛いと喚いていた道玄の動きがピタリと止まり、頭を抱えた姿のまま動かなくなった。
「どうした、じいさん。そんなに痛かっ――」
「かすみ! わしの後ろに来い。勇次はいつでも飛び出せるように身構えろ」
道玄が低い声でそう言うと、かすみは言われるがままに動き、勇次は道玄を見て何かを察したように少し腰を屈め辺りを伺い始める。
かすみが後ろに着いた事を確認すると道玄は詠唱を始めた。
「――我は道玄。字は昇竜。この地に揺蕩う全ての御霊よ。須らく我渇求を知り我に付従う者を鋼の如き殻となりてその身を守れ――」
道玄の身体から発した白いオーラがかすみと道玄包み込む。
「いいか、勇次。ここは点鉱寺。この国でも最高の結界で守られておる最強の場所じゃ。この寺に式神程度の魔物や物怪が踏み込む事などできん。じゃが、入って来寄ったモノがおる……。心してかかれよ。強いぞ……」
仁王門の方から、チャリーン、チャリーンと鈴の音のような音が聞こえてくる。
音のする方を見ると、手にする杖の先に付いた金輪を揺らしながら、虚無僧が一人、ゆらりゆらりと歩みを進めてくるのが見えた。
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