第十話 道玄和尚
「ん? このスーツ、どうなってんだ? それに手も……」
デカい熊を何度も突き刺して仕留めた勇次は、散々浴びた返り血をどうするか悩んでいたが、手や顔、そして純白のスーツや靴に付いた血が何故か、スーッと消え去っていくのを目の当たりにした。
「勇ちゃんのお服、変わってますね。背中に開いてた熊さんの爪あとも全部元に戻ってます」
「え? そうなのか? なんだコレは……」
「その真っ白なお服は、観音菩薩様に貰ったのですか?」
「貰った? いやァ、俺はずっとこれを着てたんだけどなァ……」
「それならきっと討伐者様になった時、そのお服に元に戻るよう呪文が掛けられたのです」
「そういうもんなのか?」
「かすみはそうだと思います」
「ん……。まァいいか。しかし、かすみさっきの呪文凄かったな。俺はあっという間に元気になったぜ」
「はい! かすみは怪我を治す呪文が小さい頃から使えるのです」
「十兵衛さんもそう言ってた。骨折治してあげたんだって?」
「そうなのです。かすみはデキる女なのです!」
腰に両手を当てて、胸を張り、最大級のドヤ顔をしてかすみは自慢した。
「……ま、いいか。ありがとうな」勇次はかすみの頭を撫でる。
「えへへへ……」とかすみは嬉しそうに笑う。
「しかし、野生のクマってあんなに強いんもんなんか? 戦ったのは初めてだが……」
「かすみはよく知らないのです。クマさんも近くで見たのは初めてでした。大きくてびっくりしましたけど……。ところで勇ちゃんの背中をさっき見た時、キレイな絵が描かれてましたが、あれはなんですか?」
「背中の絵? アァ、そりゃ観音様だ」
「観音様の絵を背中に描いてあるのですか?」
「描いてある、というか彫り込んであるんだがな」
「彫る! 凄いです! 痛くなかったのですか?」
「そりゃすんげー痛かったぞ。でもそこで泣きを入れたら男が廃るからな。グッと我慢したぜ」
「すごいです! 討伐者様になるのは大変なんですね……」
「イヤ、討伐者とは関係ない……」
そんな会話をしながら大熊と格闘をした場所から歩き始めて程なく、点鉱寺がようやく見えてきた。
「あれが点鉱寺か……。もうすっかり辺りは暗くなっちまったな。急ぐぞ、かすみ」
「はい!」
点鉱山の中腹にある点鉱寺は、小さな寺だが歴史のありそうな古い建物だった。
柱が苔生した年季の入った山門を抜け、石で出来た急な勾配の階段を二十段ほど上がると見えてくるのが、切妻造 (きりつまづくり)で建てられた仁王門。
掲げられた扁額には深々と『点鉱寺』と刻み込まれており、その両脇の阿形と吽形の一対の像が山門を抜けるものを睨むようにして立っていた。
仁王門を抜けると正面に入母屋造 (いりもやづくり)の本堂が見え、左手に僧侶が居住する庫裏があった。
勇次とかすみは庫裏に向かい、開かれていた玄関の土間から奥に向かって声を掛けた。
「おーい、誰か居ねぇかい? おーい」
しばらく経っても返事がない。
「……留守なんかなァ……?」
「すみませーん、和尚様ぁー、いませんかぁー?」
かすみが可愛い声で一生懸命叫ぶ。
すると、奥から僧侶らしき老人が飛び出すように走って出てきた。
「今、可愛げな女子の声がしたぞ? したぞ?」
奥からやってきた老人が、かすみの目の前までピタッと止まり、急にニヤけた顔になって話しかけてくる。
「お、おぉ? これはまた随分と可愛い女子ではないか。どうしたのじゃ、こんな時間に一人っきりで」
「おぃ、じーさん。俺が目に入んねぇのか?」
「お主、名前はなんと申すのじゃ?」
「かすみです。それでこっちにいるのが――」
「かすみと申すか。可愛いのぅ、プリティ過ぎる。しかも乳がでかい。サイコー! 更に短い着物からスラッと伸びたその脚……。わしを殺す気か! いやいや、冗談だ。結婚してくれ! 頼む一生の願いじゃ。冥土の土産に結婚してくれ! 今直ぐ!」
「オイ、クソ坊主! 俺が見えねぇのか、って訊いてんだ!」
「ごめんなさい、お坊さん。私はもう……人妻なのです」
「なんじゃとぉ! そ、そんな……。こんなヒドイ話聞いたことがない……。現世はいつの間に地獄と化した……? 神も仏もいないのか……。うっうっっ……」
和尚はガクッと膝から崩れ落ち、本気で泣いている様子だった。
「……おい、かすみ。帰るぞ。話にならねぇ」
「だめですよ、勇ちゃん。ここのお坊さんに訊かないとイケナイことたくさんあるのでしょ?」
「しかし、このクソ坊主はお前としか話したくねぇみたいだぞ」
「そんなことはないのです。ちょっと調子が悪いだけなのです」
「調子だァ? そんなわけねぇだろ」
「お坊さん、お坊さん。そんなに泣かないで私と勇ちゃんの話を聞いてください」
「……うっうっ……話じゃと? この傷心真っ只中の老人に何を訊きたいのじゃ……?」
「私と勇ちゃんは、真・閻魔を倒すために新婚旅行を始めたのです。でもまだ何もわからなくて……。道玄和尚様はどちらですか?」
「し、新婚旅行じゃと!」
「かすみ、話をややこしくしてるぞ」
「そうなのです? えっと……。私と勇ちゃんは、真・閻魔を倒すために――」
「し、真・閻魔じゃと……?」
「何か知ってんのか、クソ坊主?」
「お主、この点鉱寺の道玄に向かってクソ坊主とは何者じゃ?」
「お、やっと俺と話をする気になったのか。――ってあんたが道玄なのか!?」
「そうじゃ。それにこの寺にはわししかおらん」
「お坊さん、勇ちゃんは討伐者なのです!」
「討伐者だと? それなら御神託書を持っとるのか?」
勇次は呆れながら御神託書を取り出して、道玄の目と鼻の先に「ほれ」と突き出した。
「こ、これは正しく御神託書……。ではお主は紛れもなく討伐者……」
「かすみがそう言っただろ。耳も遠いのかクソ坊主」
「うーむ……。討伐者なら確かに点鉱山を登ってくることも出来るか……。お主ら途中でデカいクマに襲われなんだか?」
「あぁ、そういや片目の潰れたヤバそうなのに襲われたぞ」
「おお、そうじゃ。そいつは式神に体を乗っ取られたクマでのぅ。あやつがこの点鉱山に現れるようになってから、誰もこの寺まで来ることが出来んようになっておったのじゃ」
「式神に乗っ取られただァ? 道理でやたらとタフだったな……」
「あのクマを倒すとはさすが討伐者、というとこかの」
「勇ちゃんは強いのです」
かすみはドヤ顔で道玄を見た。
「なるほどのぅ……。それでこんな可愛い女子を嫁にすることが出来たと言うわけか。権力を笠に着て、勝手放題好き放題。正に極悪非道の所業、地獄に堕ちるぞ」
「俺がいつどんな権力を……。もういい。話もだが、俺は疲れたんだ。おいクソ坊主、今夜はここに泊めろ」
勇次は道玄の顔の前にわざとらしく、再び「ほれほれ」と御神託書をちらつかせた。
「くっ……。本来ならお主みたいは訳の判らないやつは追い返すのじゃが、討伐者とあっては仕方あるまい。好きなだけ泊っていくがよい」
「良かったです」かすみがニッコリと微笑む。
「お前はかすみ、という名前なのじゃな。わしは最近ちょっと肩コリが酷くてのぅ。スマンがあとでわしの部屋に着て肩を揉んでくれ」
「はい、わかりました」
「おい、クソ坊主。かすみをお前みたいなロリコンの部屋になんか行かせるわけねぇだろ」
「ろ、ロリコンじゃとぉ! だ、誰がそんな大ボラを!」
「国中の人間が言ってるみたいぜ?」
「祟ってやる、祟ってやるぞぉぉぉ!」
「坊さんがそういう事言っていいのかい?」
「うっさい、ばーかばーか。ロリコンはお主じゃろ。こんなでかい乳で、華奢な脚をしてて、純情そうな生娘を嫁にしてるようなリア充にごちゃごちゃ言われたくないわい。死ね、愚か者めが」
道玄は勇次に罵詈雑言を浴びせながらも、かすみを上から下まで舐め回すようにジロジロと見ていた。
――このじいさん、ホンモノじゃねぇか……。
勇次は激しい脱力感に見舞われていた。
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