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人刺しの勇次

「往生せいやぁぁぁぁぁぁぁ!」


 勇次は鞘から引き抜いた鈍く光る愛用のドスを敵対する飛鳥組組長、桐生権次きりゅうごんじの腹に深々と突き立てぐっと捻りを利かせた。


「グハッ……。テ、テメーは……松永組の……人刺しの勇次か……ブハッ……」


 桐生組長は口から大量の血を吐き出し、程なくして絶命した。


 勇次は桐生の腹に左足を押し当て蹴飛ばすようにして突き刺したドスを引き抜くと、血飛沫が舞い散ってトレードマークの純白のスーツをカッと紅く染める。


「悪ィな、組長さん。成仏しろよ――」


 片手で念仏を上げる仕草をし、手にしたドスをブンブンと振って血を飛ばす。


 ――木崎勇次きざきゆうじは、松永組の所謂金バッチを付けた幹部で、今時では珍しい義理と人情に熱い本物の極道だった。

 敵対する組織の飛鳥組組長を始末してくれと松永組長に『お願いされた』ため、単独で桐生組長のタマを取るべく、殴り込み(カチコミ)をかけたのだ。


『俺は拳銃ハジキは嫌ぇなんだよ』

 それが口癖で、常にドスと言われる短刀を使うことから『人刺しの勇次』と呼ばれ、その筋の者から恐れられていた。


 極道になって約十年――その間の逮捕歴は数え切れないが、殺人などの重罪で捕まったことは一度もない。

 ただし、あやめた人間は数知れず、勇次自身も今まで何人殺してきたのか正確には覚えていないほどであった。



「――テメー組長オヤジをヤりやがったな!」


 飛鳥組のチンピラが四、五人、組長部屋に乗り込んできて、血溜まりの中で突っ伏して動かなくなっている組長を見て激昂する。


「チンピラが……。そこを退け!」と勇次が一喝する。


 ――ヒッ!


 勇次が組長部屋まで辿り着くために仕留めたチンピラたちは二十人を超えていた。

 乗り込んできた時に純白だった勇次のスーツは、中に着ている真っ赤なシャツ同様に返り血で紅く染まっており、その端正な顔も返り血を浴び地獄の鬼のような形相だった。

 その顔と姿で怒鳴られると普段は粋がっているチンピラたちでさえ、ちびりそうになるほど震え上がった。


「……ウ、ウルセー! 死ねや!」

 チンピラの一人が勇次に向けて震える手で拳銃をぶっ放した。


 ――パン!


 乾いた音が組長部屋に響く。

 だが、悪鬼のような勇次の雰囲気にすっかり飲み込まれているチンピラが放つ弾丸たまなど当たるはずもない。

 勇次は弾丸を避ける仕草すらせずに、組長の机の上にあったバカラ製の重いガラスの灰皿をチンピラに向かって全力で投げつける。

 灰皿はチンピラの額に命中し、グボっと鈍い音を出してボトりと落ちる。

 その直後、噴水のように頭から血飛沫が吹き出してぶっ倒れ、口から泡を吹き身体をピクピクと痙攣させた後、絶命した。


 ――う、うわぁぁぁぁぁぁ!


 仲間が目の前で撲殺されるのを見て逃げ出すチンピラたち。

 勇次はそいつらを追いかける事もせず、ゆっくりとドスを鞘にしまいながら部屋を出ようとした時、足元に広がる血溜まりで足を滑らせ、机に手をついた。


 ――おっと……。


 ――パン!

 ――パン!


 急に勇次は自分の胸が焼け付くように熱くなるのを感じる。


「……グハッ……」


 声を出そうとしたが、口から出たのは血の塊だった。


 ――お……おぉぉ……?


 勇次がゆっくりと顔を上げると、部屋の入口に拳銃を構えた一人のチンピラが立っていて、その手にした銃口からゆらりと硝煙が立ち上っていた。


「や、やった! やったぞ! 組長の仇を取ったぞォ――!」


 ――そうか、俺はやられたのか……。まぁイイ……。切った張ったの極道稼業もコレで終わる……。


 勇次の意識はブラックアウトした。



 ――――――――――――



「――あなたには、やっていただきたいことがあるのです。早く目覚めて私の話を聞いて下さい……」


 勇次は混濁した意識の中を彷徨っていた。


 ――誰だか知らねぇが、俺は死んだはずだ……。ってぇ事は、ここは地獄だろ。もう休ませろや……。


「だめです。目覚めて下さい。あなたのように他人のために力を尽くせる人を探していたのです……」


 ――なに勝手なこと言ってんだ。止めてくれ。俺のことはもうほっといてくれ……。


「だめだってば! 起きて起きて! あなた『お願い』されたら断れないでしょー? 知ってるんだからー。義理と人情に熱いヤクザなんて今時いないんだから。こんな貴重な人材をほっとく理由がないでしょ。起きて起きてー!」


 ――何だかギャンギャンとうるさいネーチャンが喚いてるなァ……。


 勇次はゆっくりと目を開けると、何もない空間に一人の女性らしき人物が見える。

 果たしてその姿は何度も目にしたことがあった。


「ぼ、菩薩様!? あんた観音菩薩様か――!?」


 勇次がはっきりと目を開けてみると、後光が差し足元には蓮の花が咲き乱れ、霞のような衣を纏った女性と思わしき人物が地団駄を踏んでいる。

 衣が薄く中のおっぱいが揺れているのまでくっきりと見える。


「やっと目覚めましたね。そうです、私は観音菩薩です。――あなたの背中にカッコよく描かれている者です。よく知ってるでしょ?」


「え? いやちょっと待ってくれ。俺は死んだろ? チンピラに弾丸たま喰らって死んだはずだ。ってことはここは地獄なんじゃないんですかい……?」


「そうですね。本来ならあなたは地獄行きです。まっしぐらです。疑う余地もありません。ですが、私はあなたをずっと見ていて思ったのです。あなたなら私の力になってくれる、願いをきいてくれる、と」


「――ち、ちなみに、その願いってなんです?」


 勇次は死んでまで面倒なことをお願いされるのかと言わんばかりの、悲しげな、訝しげな顔をして尋ねた。


「よくぞ言ってくれました! 実はとある世界で『真・閻魔(しん・えんま)』を名乗る者が復活をしようとしているのです。其奴が復活した暁には、今その世界を平和に治めている現在の閻魔を駆逐して、その世界を全てまるっと全部地獄化してしまおうと企んでいるのです。そうなると……もう地獄です!」


「はぁ……まぁそうでしょうね」


「何を呑気なこと言ってるんですか! そうなったら沢山の人が、もう大変なことに!」


 ――この菩薩様は、ボキャブラリーがないのかな……。


「うるさい! ボキャブラリーとか言わない! 今は私もまだ修行中の身なのですぅー! ばーかばーか!」


「あぁ、俺の心が読めるんですね」


「そうです。菩薩ですから。何でもお見通しです」


 観音菩薩はちょっとドヤ顔になる。


「でも、その真・閻魔とやらが復活するのを止めたいのなら、今も閻魔がいるのでしょう? そいつにやらせたらどーなんです?」


「現閻魔を含め、その世界に我々は直接手を出すことは出来ないのです。ですから今まで何人かをこうして召喚し、真・閻魔復活を阻止してもらおうとしたのですが……。そこに辿り着く前に皆やられてしまいました」


「やられたって、死んだってことですかい?」


「そうです。一度死んでいるのですが、もう一度死ぬと完全に消滅してしまいます。サラリーマン、ニート、学生……何人も何人も消えてしまいました……南無阿弥陀仏」


 観音菩薩は手を合わせて深々と経を唱えた。


「あのー、もう少し強そうな人を呼んだほうが良かったんじゃないんですかい?」


「そうです! だからあなたを呼んだのです、木崎勇次」


「はぁ……そうですかい」


「あなたは病床に伏せた自分の組の組長から、敵対する組の組長を殺してきてくれと涙ながらにお願いされて、自分も死ぬかもと思いながらも頼みを断れない、本当にば、いえ、本当に他人思いの人。そして強い。もうあなたしかこの世界を救える人はいないのです!」


「今、俺のことバカって言おうとしませんでした?」


「そんなことはありません! 断じてないのです!」


「はぁ……そうですかい」


「どうか、世界を、人々を、助けるために力を貸して下さい! お願いします」


 面倒なことをお願いされたな、と勇次は肩を落とした。


「観音菩薩様の願い事を断るわけにもいかねぇですが……。俺はただのヤクザもんです。何も出来ませんよ?」


「大丈夫です。あなたは現世で一度死んだので既に反社会勢力の者――ヤクザではありません。寧ろこれからは警察って言うか……、うーん何だろ? ま、何でもいいか! とりあえずあなたには特別な力を授けます。それさえあれば、どんな敵だろうと、どんと来いです!」


「はぁ……そうですかい」


「あなたがこれから行く世界は、刀と呪術を使って争いが行われる地。あなたには、それに対抗できるように――」


 観音菩薩がそこまで言いかけた時、突然足元がひび割れて地面が大きく口を開け、勇次はその裂け目にに落ち込んだ。


 ――うわ、何じゃこりゃぁ……!


「――あぁ、時間切れちゃった……。ごめんごめん。えっとね、あなたの特別な力はね、敵の攻撃が……」


 真っ逆さまに転落し、裂け目の上から勇次に向かって何かを怒鳴っている観音菩薩の声は、徐々にフェードアウトして遠くなっていった。


 ――菩薩様! 俺のその力ってなんです――? 菩薩さまぁぁぁぁぁ!

新連載始めました!


楽しんでもらえるよう出来るだけ毎日更新をしていくつもりですので、ブックマークや感想などよろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
[良い点] テンポがよくて、ゆるっとした菩薩様とガラの悪い主人公の掛け合いが面白かったです。
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